第十五話 おじいちゃんと魔物②
森の奥から、低い唸り声が聞こえてくる。
ガレスは右手を上げ、一行をその場に止めた。
「前方、ゴブリン二体」
先頭の騎士が小声で報告する。
木々の隙間から覗く二つの緑色の影。
一体は錆びた剣を持ち、もう一体は木の棍棒を握っている。
どちらも周囲を警戒するように歩いていた。
ガレスは悠真と美咲へ向き直る。
「今度は皆さんにも戦っていただきます」
二人の表情が引き締まる。
「ですが、一人で倒そうとは考えないでください」
ガレスは若い騎士を一人呼び寄せた。
「ロイド、お二人の援護を」
「はっ!」
「私と他の騎士は周囲を警戒します」
悠真は深く息を吸う。
訓練では何度も木剣を振った。
模擬戦も経験した。
だが、本物の魔物を相手にするのは初めてだ。
「身体強化を維持してください」
ガレスの声に合わせ、悠真と美咲は魔力を巡らせる。
脚が軽くなる。
視界が少し鮮明になる。
心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえた。
剣一郎は少し後方に立ち、静かに三人の様子を見守っている。
◇
ロイドが静かに前へ出た。
「まず一体を引きつけます」
二人は頷いた。
ロイドが落ち葉を踏む。
音に気付いたゴブリンが振り向いた。
「ギャッ!」
二体が一斉に駆け出してくる。
「一体は私が抑えます!」
ロイドが剣を抜き、一体の前へ飛び出した。
金属音が森へ響く。
もう一体は悠真へ向かって走ってきた。
「来る!」
悠真は剣を構える。
訓練で教わった通り、武器だけでなく相手の身体全体を見る。
肩が動く。
腰が回る。
棍棒が振り下ろされる。
悠真は半歩だけ横へ動いた。
棍棒が目の前をかすめる。
「今です!」
ガレスの声が飛ぶ。
悠真は身体強化を脚へ集中させ、一歩踏み込んだ。
剣を横へ払う。
しかし、焦りから狙いがぶれた。
刃はゴブリンの腕を浅くかすめるだけだった。
「ギャッ!」
傷を負ったゴブリンは怒りの声を上げ、再び襲い掛かる。
悠真は慌てて距離を取る。
呼吸が乱れる。
(落ち着け……)
その時だった。
「悠真君!」
美咲の声が響く。
ゴブリンが悠真だけを見ている隙に、美咲は杖を前へ突き出していた。
「風よ!」
初級風魔法。
小さな風の塊がゴブリンの顔へぶつかる。
「ギャッ!」
威力は弱い。
だが、一瞬だけ動きが止まる。
「今です!」
ロイドが叫ぶ。
悠真は迷わなかった。
身体強化で踏み込み、剣を振り下ろす。
ゴブリンは受け損ね、そのまま地面へ倒れ込んだ。
しばらく身体を震わせたあと、動かなくなる。
悠真はその場で立ち尽くした。
「倒した……」
初めて、自分の手で魔物を倒した。
嬉しさではない。
安堵と緊張が入り混じった複雑な感情だった。
◇
一方、ロイドももう一体を危なげなく討ち取っていた。
ガレスが歩み寄る。
「よくできました」
悠真は俯いたまま言う。
「もっと上手くできると思っていました」
「その気持ちを忘れないでください」
ガレスは静かに頷く。
「実戦では思い通りにならないことの方が多いのです」
美咲も胸をなで下ろした。
「私の魔法……少しは役に立ちましたか?」
「十分です」
ガレスは微笑む。
「美咲殿は敵を倒すのではなく、味方を助けることを意識してください」
悠真も笑顔を向けた。
「風魔法のおかげで助かったよ」
美咲はほっとしたように笑った。
◇
少し離れた場所では、剣一郎が倒れたゴブリンを静かに見つめていた。
「どう思われますか、神崎殿」
ガレスが尋ねる。
剣一郎は悠真と美咲へ視線を向ける。
「二人とも、よう踏ん張った」
穏やかな声だった。
「じゃが、まだ周りを見る余裕がない」
「目の前だけに気を取られると、別の敵に気付けん」
ガレスも頷く。
「その通りです」
悠真は祖父の言葉を胸に刻む。
初めての実戦は終わった。
だが、それは勇者として歩む道の、ようやく最初の一歩に過ぎなかった。




