第十四話 おじいちゃんと魔物①
湿った土を踏む音が、静かな森に続いていた。
王都を出発して一時間ほど。
悠真たちはガレスとエルド、数名の騎士に護衛されながら、王都近郊の森を進んでいた。
一見すれば穏やかな場所だ。
木漏れ日が地面を照らし、小鳥のさえずりも聞こえてくる。
しかし、騎士たちに油断した様子はない。
「ここからは魔物の生息域です」
先頭を歩くガレスが振り返った。
「悠真殿、美咲殿、念のためにいつでも身体強化できる準備をしてください」
「はい」
二人は体内の魔力を巡らせる。
悠真は全身へ。
美咲は特に脚を意識する。
これまでの訓練で、身体強化を維持しながら動くことにも少しずつ慣れていた。
「今日は、すぐに戦っていただくわけではありません」
ガレスは続ける。
「まずは我々が戦います。魔物がどのように動き、騎士がどう対処するのか。その目で見てください」
悠真は少しだけ肩の力を抜いた。
「まず見学ってことですね」
「ええ。訓練場とは違います。相手は手加減してくれませんから」
美咲の表情が引き締まる。
剣一郎は何も言わず、森の奥へ視線を向けていた。
◇
しばらく進んだところで、先頭の騎士が突然右手を上げた。
全員の足が止まる。
「前方に一体」
声が低くなる。
ガレスが悠真たちを手で制した。
「ここで見ていてください」
茂みの向こうで何かが動いた。
やがて現れたのは、子どもほどの背丈をした人型の生物だった。
緑色の肌。
尖った耳。
黄色く濁った目。
手には粗末な棍棒を持っている。
「……あれが」
悠真が息を呑む。
「ゴブリンです」
ガレスが答えた。
「比較的弱い魔物ですが、油断すれば大人でも命を落とします」
美咲は杖を握り締める。
「本当に……いるんですね、魔物が」
今まで言葉でしか知らなかった魔物。
それが目の前で息をしている。
ゴブリンはまだこちらに気付いていない。
「ロイド」
「はい」
一人の若い騎士が前へ出た。
腰の剣を抜く。
ガレスは悠真たちへ視線を向ける。
「よく見ていてください」
ロイドがゆっくりと近付く。
落ち葉が鳴った。
「ギャッ!」
ゴブリンが振り返る。
次の瞬間、ゴブリンんが棍棒を振り上げて走り出した。
悠真は思わず身体を強張らせた。
「……!」
訓練とは違う実戦の圧迫感。
小柄な身体を激しく揺らしながら、ゴブリンは一直線にロイドへ迫る。
だがロイドは動かない。
ぎりぎりまで引きつける。
棍棒が振り下ろされた。
その瞬間。
ロイドが半歩だけ横へ動いた。
棍棒が空を切る。
同時に剣が走った。
「ギャッ――!」
短い悲鳴。
ゴブリンが地面へ倒れる。
それきり動かなかった。
「……。」
悠真は言葉を失った。
美咲も黙って倒れたゴブリンを見つめている。
訓練ではない。
本当に命が失われた。
その事実が、二人へ重くのしかかる。
ロイドは剣についた血を拭い、鞘へ戻した。
ガレスが静かに尋ねる。
「今の戦いを見て、何か気付きましたか?」
悠真は少し考えた。
「ロイドさんはほとんど動いていませんでした」
「その通りです」
ガレスは頷く。
「必要以上に動けば疲労し、隙も増えます」
剣一郎も口を開く。
「相手をよく見ておった」
ロイドが振り返る。
「棍棒だけではなく、魔物の目と全身を見ておるな」
一瞬、ロイドの目が見開かれた。
「……はい」
ガレスも剣一郎を見る。
「武器だけを見ていては反応が遅れます。身体の動きから攻撃を読むのが基本です」
悠真は先ほどの光景を思い返す。
訓練で何度も言われたことだった。
相手の武器だけを見るな。
足を見る。
身体全体を見る。
それが実戦では生死を分ける。
◇
ロイドは倒したゴブリンの胸元へ手を伸ばした。
短刀を使ってしばらく作業すると、小さな石を取り出す。
「魔石です」
ガレスが説明した。
悠真は王都の素材店で見た品を思い出した。
「これが、あの店に並んでいた……」
「ええ。魔物から得られる代表的な素材です」
牙や骨、皮など、利用できる部分もある。
魔物を倒すことは危険を取り除くだけでなく、人々の生活を支える資源を得ることにもつながっている。
美咲は倒れたゴブリンを見つめたまま呟いた。
「分かっていたつもりでしたけど……」
言葉が途切れる。
エルドが静かに二人を見る。
「知識として知ることと、実際に目にすることは違います」
だからこそ、今日はここへ来たのだ。
◇
一行は再び森を進み始めた。
先ほどまで聞こえていた鳥の声が、どこか遠く感じられる。
悠真は黙ったまま歩いていた。
怖い。
それは確かだった。
だが同時に、目を背けてはいけないとも思う。
やがて先頭の騎士が再び足を止めた。
「団長」
「どうした。」
「前方に魔物です」
騎士が目を凝らす。
「今度は……二体」
ガレスの表情が引き締まる。
悠真は腰の剣へ手を添えた。
美咲も杖を握り直す。
ガレスは二人を見た。
「先ほどの戦いを覚えていますね?」
「……はい」
悠真が答える。
「では次は、我々と共に対処してみましょう」
森の奥から、甲高い鳴き声が聞こえてくる。
悠真は深く息を吸った。
今度は見るだけではない。
自分たちが、本物の魔物と向き合う番だった。




