第十三話 おじいちゃんと孫の成長
武器を用いた訓練が始まってから、二週間が過ぎた。
毎朝、訓練場には木剣が風を切る音が響く。
勇者・神崎悠真は木剣を振り、聖女・朝倉美咲は木杖を操る。
そして神崎剣一郎は、誰よりも早く訓練場へ姿を現し、異世界へ召喚されてからも欠かすことなく千回の素振りを続けていた。
それは日本にいた頃から六十年間続けてきた日課であり、異世界へ来ても変わることはない。
ガレスはその姿を横目に見ながら、小さく頷いた。
「皆さん、集まってください」
三人はガレスの前へ並ぶ。
「本日は、これまでの成果を確認します」
悠真が木剣を握り直した。
「模擬戦ですか?」
「はい、ただし勝敗を競うものではありません」
ガレスは訓練場の端に控える若い騎士を手で招く。
「実際に武器を交え、自分の身体が思い通りに動くかを確かめる訓練です」
騎士は二十代半ばほどの青年だった。
「未熟者ですが、お相手いたします」
礼儀正しく頭を下げる。
ガレスは続けた。
「もう一つ、本日から身体強化も組み込みます」
悠真が目を瞬かせた。
「もう身体強化を使用しても大丈夫なんですか?」
「基本が身についていない状態で身体強化を使えば、自分の身体を制御できません」
ガレスは悠真の肩へ手を置く。
「これまでの訓練で基礎は身についたはずです」
剣一郎も静かに口を開いた。
「日々の鍛錬の成果じゃな」
悠真は苦笑しながら頷いた。
◇
最初は悠真だった。
木剣を構える。
身体の内側へ魔力を巡らせる。
脚へ。
腰へ。
腕へ。
身体が軽くなる。
「始め!」
ガレスの合図と同時に踏み込んだ。
一気に距離が縮まる。
以前とは比べ物にならない速さだった。
しかし、騎士が半歩だけ横へ避けると悠真は勢いを殺しきれず、大きく踏み込み過ぎて体勢を崩した。
すぐに木剣が肩へ軽く当てられ、
「一本」
悠真は悔しそうに息を吐く。
「速くなったのに……」
「身体強化に振り回されてはいけません」
ガレスが静かに言う。
「もう一度」
悠真は深呼吸した。
今度は焦らない。
身体強化も少し抑える。
昨日まで繰り返した足運びを思い出す。
一歩。
二歩。
間合いへ入る。
騎士が木剣を振る。
悠真は受け流し、横へ回る。
そのまま木剣を振り抜いた。
コンッ。
木剣同士がぶつかる。
騎士は驚いたように笑った。
「今の一太刀は良かったですよ」
悠真は思わず笑顔になる。
ガレスも満足そうに頷いた。
「上手く力を制御できましたね」
◇
続いて美咲だった。
木杖を静かに構える。
「美咲殿は近付かれないことが大切です」
ガレスが説明する。
「身体強化は腕よりも脚を意識してください」
美咲は頷き、魔力を脚へ集中させた。
開始と同時に騎士が踏み込む。
美咲は一歩下がる。
速い。
身体強化によって滑るように距離を取る。
杖を前へ突き出す。
騎士は踏み込みを止めざるを得ない。
「その距離です」
ガレスの声が飛ぶ。
美咲はさらに横へ回り込む。
杖で牽制しながら間合いを保つ。
「十分です」
ガレスが手を上げた。
「美咲殿は敵を倒すことより、自分が安全な距離を保つことを覚えてください」
「はい」
美咲は静かに頷いた。
◇
二人の訓練が終わる頃には汗が額を伝っていた。
騎士たちも感心したように話している。
「たった二週間であそこまで動けるとは」
「お二人とも飲み込みが早い。」
その一方で、訓練場の隅からは変わらぬ音が響いていた。
ヒュン。
ヒュン。
ヒュン。
剣一郎が黙々と木剣を振っている。
悠真が近付いた。
「おじいちゃん」
剣一郎は振る手を止めない。
「何じゃ」
「身体強化のコツが少し掴めたかも」
「そうか、わしには使えん」
答えは簡潔だった。
「魔力とやらがないからの」
悠真は少し申し訳なさそうな顔をする。
しかし剣一郎は穏やかに笑った。
「ないものを嘆いても仕方あるまい」
また一振り。
風が鳴る。
「だから、できることを積み重ねる」
努力という言葉では軽すぎる。
それは生き方そのものだった。
◇
その時、訓練場へ二つの人影が現れた。
国王アルフレッドと宮廷魔導師長エルドである。
「皆さん、お疲れさまです」
アルフレッドは柔らかな笑みを浮かべた。
「訓練の様子を見せてもらいました」
エルドも満足そうに頷く。
「身体強化もだいぶ安定してきましたな」
ガレスが一礼する。
「基礎は一通り身についたと判断しております」
アルフレッドは悠真と美咲を見る。
「それでは、次の段階へ進みましょう」
二人の表情が引き締まる。
「明日、王都近郊の森へ向かいます」
「森……ですか?」
「ええ」
ガレスが続ける。
「新人騎士も訓練を行う場所です。強力な魔物はおりません」
「目的は初めて魔物と対峙すること」
「恐怖を知り、自分の身を守る術を実践することです」
悠真は木剣を見つめる。
美咲は木杖を握り締めた。
剣一郎だけは静かに空を見上げる。
明日から始まるのは、訓練ではない。
命のやり取りがある世界の現実。
その第一歩だった。




