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第十一話 おじいちゃんの街ぶら

 王都を包む朝の空気は澄み渡り、石畳は朝日に照らされて白く輝いていた。


 王城の正門をくぐると、街へ続く大通りにはすでに多くの人々が行き交っている。


 荷馬車を引く商人。


 籠いっぱいの野菜を抱える農夫。


 露店の準備に追われる店主たち。


 威勢のいい呼び込みの声と焼きたてのパンの香りが混ざり合い、王都は朝から活気に満ちていた。


「今日の訓練はお休みです」


 先頭を歩くガレスが振り返る。


「陛下より、皆さんに王都をご覧いただきたいとのご意向です」


「ありがとうございます」


 美咲が微笑みながら頭を下げる。


 悠真は周囲を見回し、目を輝かせていた。


「本当に異世界なんだな……」


 日本では見たこともない石造りの建物が並び、人々の服装も様々だ。


 耳の長い者。


 小柄な者。


 獣の耳を持つ者。


 訓練ばかりの日々では気付けなかったが、この世界には多くの種族が共に暮らしているのだと実感する。


 一方、剣一郎は静かに街並みを眺めていた。


 建物の造り。


 道幅。


 人々の歩き方。


 衛兵の配置。


 ただ眺めるだけではない。


 街全体を観察している。


「どうかされましたか?」


 ガレスが尋ねる。


「いや」


 剣一郎は穏やかに答えた。


「栄えておる町ほど、人の流れを見るのは面白い」


「人の流れ、ですか?」


「商いが盛んな場所、人が集まる場所、逆に人が避ける場所。そういうものは自然と見えてくる」


 ガレスは感心したように頷いた。


 剣の達人というだけではない。


 この老人は物事を観察する目も鋭い。


 そんな印象が日増しに強くなっていた。


 ◇


 大通りを歩いていると、香ばしい匂いが漂ってきた。


「焼きたてですよ! どうぞ!」


 店先では大きな窯から次々とパンが焼き上がっている。


「美味しそう……」


 美咲の呟きにガレスは笑みを浮かべた。


「王都でも人気のパン屋です」


 店には硬そうな丸パンだけではなく、木の実を練り込んだものや甘い香りのする菓子パンまで並んでいる。


 悠真は目を丸くした。


「パンの種類も豊富ですね」


 ガレスは当然のように答えた。


「王都の近くに小麦の栽培が盛んな地域があります」


 剣一郎も一つ手に取り、香りを確かめる。


「良い香りじゃ」


 店主は嬉しそうに胸を張った。


「毎朝焼いております!」


 四人は焼きたてのパンを受け取り、歩きながら味わった。


 外は香ばしく、中は驚くほど柔らかい。


「美味しい!」


 悠真が笑顔を見せる。


 その表情を見たガレスも、自然と頬を緩めた。


 ◇


 さらに進むと、色鮮やかな布が風に揺れる店が見えてきた。


「こちらは布屋です」


 麻布、綿布、羊毛。


 鮮やかな染色が施された布も多く、女性客で賑わっている。


「綺麗……」


 美咲は思わず足を止めた。


 店主は笑顔で一礼する。


「お嬢さんによく似合う布もございますよ」


 美咲は少し照れながら笑った。


 剣一郎は布を指先で軽く撫でる。


「丈夫そうじゃ」


「旅人や受命士にも人気ですよ」


 店主の言葉に、悠真が首を傾げた。


「受命士?」


「後ほどご説明しましょう」


 ガレスはそう言って歩き出した。


 ◇


 やがて、一際大きな建物が姿を現した。


 正面には剣と盾を組み合わせた紋章。


 その下には堂々とした文字が刻まれている。


『受命ギルド 王都支部』


 建物の出入り口では、武器を携えた男女が談笑しながら出入りしていた。


「ここが受命ギルドです」


 ガレスが説明を始める。


「受命ギルドは、国や貴族、商人、一般市民から寄せられる依頼を管理し、それを受命士へ仲介する組織です」


「受命士?」


 悠真が尋ねる。


「依頼を受け、生計を立てる者たちです」


 ガレスは指を折って数え始めた。


「魔物討伐、護衛、薬草採集、荷物の運搬、人探し、遺失物の捜索、街道の安全確認、災害復旧の手伝い。王国だけでは手が回らない仕事は数多くあります」


「何でも屋みたいな仕事なんですね」


 美咲が言う。


「ええ。ただし、危険も伴います」


 ちょうどその時、数人の受命士と思われる人物がギルドへと向かっていた。


 革鎧を着込み、腰には剣。


 背負った袋からは魔物の角や牙が覗いている。


「依頼を終えて戻ってきたのでしょう」


 ガレスが言う。


 剣一郎は彼らを静かに見つめた。


 歩幅。


 姿勢。


 視線。


 荷の重さに対する身体の使い方。


 ほんの数歩歩くだけで、その者がどれほど場数を踏んできたかが見えてくる。


「どう思われますか?」


 ガレスが興味深そうに尋ねた。


「三人は実戦を重ねておるな」


 剣一郎は静かに答える。


「左端の若者は力は強そうじゃが、技がまだ伴っておらんな」


「……。」


「中央の男は無駄がない。よく鍛えておる」


 ガレスは思わず息を呑んだ。


 歩き方だけで、そこまで分かるというのか。


 受命士たちは何も気付かず、素材を抱えたまま建物へ入っていった。


 ◇


 次に訪れたのは武器屋だった。


 壁一面に剣、槍、斧、弓が並び、店内には金属の匂いが漂っている。


 剣一郎は一本の剣を手に取った。


 鞘から少しだけ抜き、刃文を確認する。


 重心を確かめるように軽く持ち替える。


 店主はその一連の所作を見て目を細めた。


「お客さん、剣をやられる方ですな」


「昔、少しな」


 剣一郎は穏やかに笑う。


 店主は苦笑した。


「少し、でその見方はできませんよ」


 ガレスは思わず苦笑を浮かべる。


 その”少し”が、どれほど深いものなのか、自分は少しずつ理解し始めていた。


 ◇


 武器屋を出ると、隣には魔物素材を扱う店があった。


 店内には角、牙、皮、羽、骨、そして大小様々な魔石が並んでいる。


「綺麗……」


 美咲が青白く光る魔石を見つめる。


「魔石は魔道具の動力になります」


 ガレスが説明する。


「討伐した魔物から採れる重要な資源です」


 悠真は棚を見回した。


「すげぇ〜!」


 ◇


 王都中央広場では、多くの子どもたちが木の枝を剣代わりに遊んでいた。


「やあ!」


「そこだ!」


 元気な声が響く。


 剣一郎は足を止め、その様子を見守った。


「どうしました?」


 ガレスが尋ねる。


「少し昔を思い出しただけじゃ」


 穏やかな休日は、多くの新たな発見とともに静かに過ぎていった。

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