第十話 おじいちゃんと殺気
木剣がぶつかり合う乾いた音が、王城の訓練場へ響き渡る。
鍛錬を終えた騎士たちは、それぞれの持ち場へ戻っていた。
その一角で、ガレスは悠真たち三人を見渡す。
「本日は少し変わった訓練を行います」
三人はいつものように騎士団訓練場へ集まっていた。
基礎体力の訓練を終えると、ガレスが真剣な表情で三人の前へ立つ。
「本日は戦場で最も重要なことを学びます」
悠真が首を傾げた。
「敵に勝つ方法ですか?」
「いいえ」
ガレスは静かに首を振る。
「心の鍛錬です」
「心の?」
「強者と対峙した時、人は恐怖で身体が動かなくなることがあります」
「剣や魔法の技術以前に、それを乗り越えねば戦えません」
悠真と美咲の表情が引き締まる。
「まずは体験してください」
二人は頷いた。
ガレスは数歩離れる。
「危険はありません」
「ですが、逃げずに立っていてください」
そう告げた瞬間。
空気が変わった。
重い圧力が訓練場を包み込む。
ガレスの鋭い眼光が二人を射抜いた。
「……っ!」
悠真の身体が強張る。
冷たい汗が背中を流れた。
(なんだ、これ……)
息苦しい。
胸が締め付けられる。
本能が逃げろと叫んでいる。
隣では美咲の肩が小さく震えていた。
「こ、怖い……」
二人とも一歩も動けない。
ガレスは数秒で殺気を収めた。
「そこまでです」
圧迫感が消え、悠真は大きく息を吐く。
「はぁ……」
「心臓が止まるかと思った」
美咲も胸へ手を当てる。
「足が動きませんでした……」
ガレスは頷いた。
「これが殺気です」
「実戦では、魔物もこのような圧力を放ちます」
「恐怖に呑まれれば、その瞬間に命を落とします」
悠真は悔しそうに拳を握った。
「全然駄目だった」
「初めてなら当然です」
ガレスは穏やかに答えた。
「少しずつ慣れていきましょう」
ガレスは剣一郎へ視線を向ける。
「剣一郎殿」
「何じゃ」
「失礼ながら、今の殺気はいかがでしたか」
剣一郎は穏やかな表情のまま答えた。
「この肌が粟立つ感じは久しぶりじゃのう」
「見事な殺気じゃったわい」
ガレスが思わず聞き返す。
「以前に命のやりとりをされたこたがあるのですか?」
「昔、何度かそういうこともあったかのう」
ガレスは静かに息を呑む。
「だから恐怖には少々慣れておる」
剣一郎は淡々と言う。
「怖くないわけではない」
「恐ろしくても身体を動かすしかなかっただけじゃ」
ガレスは改めて剣一郎を見つめた。
(本当に命のやり取りをしてきたのか)
老人の穏やかな笑顔の奥に積み重ねられた歳月を感じる。
だからこそ、自分の殺気にも微動だにしなかったのだ。
「では、もう一度参ります」
ガレスは再び殺気を放つ。
今度は悠真も美咲も歯を食いしばった。
足は震える。
それでも昨日の自分とは違う。
一歩だけ。
ほんの一歩だけ前へ踏み出した。
その姿を見た剣一郎は、小さく頷いた。
「それでよい」
「強さとは、一歩前に踏み出すことじゃ」
ガレスも静かに微笑んだ。
「本日の訓練はここまで」
「次からはいよいよ、武器を使った護身術へ移ります」
悠真は疲れた表情のまま、それでも力強く頷いた。
「もっと強くなってみせる」
その横で剣一郎は静かに空を見上げる。
武の道は、どの世界でも変わらない。
積み重ねた者だけが、その先へ辿り着くのだから。




