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第64話 「最終話」

焚火の炎が、小さくなっていた。


しかし、薪を足して大きくする時間は、もうないだろう。


バネッサは覚悟を決めた。


「あの、私からもよろしいでしょうか」


立ち上がって手を挙げたバネッサを、一同が見る。


「ハルアキさんですが、……彼は商会を、山を引き継ぐつもりはないそうです」


「何だと!」


ミカゲが叫ぶ。


他の三名も、信じられないという表情で目をむいている。


「大変残酷なお知らせになると分かっています。最後まで言うべきかどうか迷っていました。……あなた方のこの数か月の苦労、いえ、十年近くになるかもしれない思いを壊す事実です」


バネッサは、言葉を選びながら続けた。


「私は、ハルアキさんご本人から直接聞きました。彼は商館とか採取師とか、そういうものではなく、転生者社会そのものを拒否しているのです」


「狭くて怖い私たちの社会から抜け出したい。そう言いました」


「そして今、彼は抜け出すために、日々頑張っています」


「彼は既に一般社会で漁師という職につき、近々ご結婚を考えられているそうです」


「ハルアキさんは私に問いました。俺は何者だと思う、と」


「私が答えられずにいると、彼はこう言ったのです」


バネッサは、一度だけ息を吸った。


「……俺は日本人だ、と」


焚火の周りが、静まり返った。


ミカゲは何か言いかけて、言葉を失った。

ハクビは、目を閉じたまま、わずかに顎を引く。

オシロは空を見上げるのをやめ、焚火の赤い光を見た。

ムーバーだけが、意味を噛み砕くように、ゆっくりとまばたきをしていた。


「帰る場所が心にある私達転生者と、二世の人は違うといいました」


「商館を引き継がないということは、ハルさんと、恐らく私しか知らないことです」


全員が、黙ってバネッサの話を聞いている。


「すみません。言うべきか悩みました」


「ですが、あなた方がどうなるか分かりません。仮に処刑にでもなった場合、ハルアキさんが一番傷ついてしまうと思ったのです」


「母親であるアキさんの死を乗り越え、父親の期待を振り切って、彼は未来に向けて頑張っています」


「その時、過去の知り合いが自分のために傷つき、……死んだと聞いたら」


バネッサは、少しだけ声を落とした。


「彼が、どう思うか」


「ミカゲさん、ハクビさん、オシロさん、ムーバーさん。皆さんは、私が好きだった昔ながらの採取師です。今回の事件の動機について、共感できるところもあります」


「ただ、ハルアキさんを巻き込むのは、やめていただけませんか」


◆ ◆ ◆


バネッサは、重い気持ちで座り込んだ。


一同、言葉もなく、焚火の炎を見つめている。

焚火はもう熾火になって、沈んだ赤い光を発していた。


芳香。


レモンが、またジンジンを噛んだのだろう。


はあ、とミカゲが大きな息をついた。


「分かったよ。教えてくれてありがとうな」


思わず、バネッサはミカゲの顔を見る。


焚火を見つめる目は寂しそうだった。

けれど、少しだけ安堵したような色も見える。


「……ぼ、坊ちゃん、難しいこと、考えるように、なったん、だな」


「そうだな。あご髭まで生やしてるもんな。そりゃそうか」


「オシロ、あご髭は関係ないです。もともと賢い子でしょう」


そうだったよな、とオシロが苦笑しながら夜空を見上げた。


「あーあ。最後の大仕事のつもりだったが、締まらねえなあ。でも、俺たちらしいぜ」


「でも、坊ちゃんが、生きて、いって、くれるなら。……俺は、それで、いい」



焚火の炭がカラリと割れ、夜空に火の粉をとばし、そして消えた。

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