第6話
指定された駅に着いた。
薄い緑色のワンピースに、白い帽子。
大きなリュックを背負い、キャスター付きの大きなトランクを引きながら、バネッサは改札を出た。
海が近い。
かすかに潮の香りがする。
駅前には小さなロータリーがあり、その周辺には商店街やオフィスビルも見える。
だが、振り返れば、すぐ後ろに山が迫っていた。
先ほどまで同じ列車に乗っていた乗客たちが、バス停に並んでいる。
あの車かな?
ロータリーの端に、黒い車が停まっていた。
近づいてみると、運転席でクロエが寝ていた。
銀色の総髪。
意志の強そうな眉。
若いころは、さぞもてただろう。
黒い革手袋をはめた腕を組み、目を閉じている。
バネッサはくすくす笑いながら、窓をこんこんと叩いた。
「申し訳ない。待っている途中で、いつの間にか寝てしまった」
「いえいえ。迎えに来てもらって、こちらこそすみません」
クロエはバネッサの大荷物を車のトランクへ積みながら、もう一度詫びた。
六十歳には、とても見えない。
身体は緩んでおらず、動きも滑らかだった。
「では、行きましょうか」
車は駅前を離れ、海岸線に沿って走り出した。
「しかし、髪の色が変わるだけで、ずいぶん印象が変わるものですね」
「そのようですね。昔は、目立つのが嫌で、しばらく黒く染めていたこともあります」
「それはもったいない。せっかく綺麗な金髪なのに」
「お上手ですね。でも、ありがとうございます」
「瞳は、そのままなんですね」
「カラーコンタクトは、一日中つけっぱなしにできなくて。体質的に」
「ああ、なるほど」
「それに、山の中では、ほんの少し見え方が変わったり、ゴミが入ったりするだけでも危ないですから」
「確かに。現場では、余計な不安要素は減らした方がいい」
クロエは前を見たまま、ふと思い出したように言った。
「ああ、そうだ。後ろの席の封筒、取れますか?」
「これですか。えっちゃちゃ、と……これですね?」
えっちゃちゃ。
何だ、それは。
クロエはそう思ったが、ひとまず無視することにした。
「一通り、書類関係をまとめてあります。細かい部分は置いておいて、一ページ目と身分証だけ確認してください」
バネッサは封筒を開け、他の商人へ向けた採取師の紹介状の写しを見る。
氏名の欄には、こう記載されていた。
アネッサ。
昔、ギルが考えてくれた偽名だ。
バネッサと音が似ているので使いやすかったが、もう何十年も使っていない。
紹介状によれば、アネッサは中央の地域を拠点に活動する、現在注目を集めている若手採取師ということになっていた。
クロエが懇意にしている商人から、目と勘がよい若手として紹介された。
採掘の腕はまだまだだが、潜伏と捜索の成績が良い。
それが、今回アネッサとして活動するバネッサの、大まかなプロフィールだった。
細かい設定は、バネッサの実際の経歴に寄せてある。
嘘は混ぜる。
だが、嘘だけにはしない。
その方が、いざという時に崩れにくい。
やがて、船が何隻も停まっている場所が見えてきた。
この辺りは、漁港だろうか。
ごく平凡な、田舎の漁村の集落。
その端にある三階建てのビルの駐車場に、車が停まった。
「ここが、例の商人の商館です」
今日は顔合わせと状況説明だけの予定だった。
ただ、装備の確認になるかもしれない。
バネッサはリュックだけを背負い、クロエに続いて商館へ入った。
応接室で待っていると、ドアが開いた。
入ってきたのは、日焼けした大柄な男性だった。
男はまっすぐクロエに近づき、その手を握る。
「クロエ総帥。わざわざ、すまないな」
「総帥はやめてくれ、ハル。お前に言われると、からかわれている気がする」
「そっちの嬢ちゃんが、例の採取師かい?」
「おい。挨拶もそこそこに、こら」
男――ハルは、上背はクロエと同じか、少し高いくらいだった。
太い腕と脚。
ただし、戦闘で鍛えたというより、肉体労働で自然に鍛え上げた身体に見える。
大きな手。
ごつい指。
同じく大きな足には、ビーチサンダル。
水色の半袖開襟シャツ。
七分丈のデニムパンツ。
腕にはダイバー用の時計。
指輪やアクセサリーの類は、見当たらない。
商人と聞いていたが、思っていた印象とはかなり違う。
どちらかといえば、採取師に近い粗野さがあった。
バネッサが立ち上がって挨拶しようとした、その瞬間。
ハルが、いきなり顔を近づけてきた。
じろじろと、バネッサの顔を真剣な目で見ている。
「あ、あの。何でしょう?」
「やめろ、ハル。会っていきなり、それはない。怖がっているだろう」
クロエが後ろからハルの襟をつかみ、バネッサから引きはがした。
ハルは、なおもバネッサを見ながら、うーんと唸った。
「あと三年ってとこかなあ」
「何がだ、ハル」
「あと三年もすれば、いい女になるぞ。この嬢ちゃんは」




