第5話
クロエは店を後にした。
やれやれ。
バネッサさんを、ずいぶん落ち込ませてしまった。
あとでアキラに、色々と小言を言われそうだ。
しかし、これから楽しくなる予感がする。
それくらいは、我慢しよう。
◆ ◆ ◆
バネッサとアキラは、そのまま打ち合わせに入った。
今回は、ゆっくり準備している時間がない。
まずは偽装用の書類である。
アキラはバネッサに必要事項を確認しながら、手早く情報をまとめ、部下にメールを送った。
次に、店のこと。
バネッサは、アルバイトのリーダーであるミサトに、ひと月ほど店を空けることを伝えた。
その間の代理店長として、アキラを紹介する。
ミサトは最初こそ目を丸くしていたが、アキラが厨房に立つと、すぐに納得した。
アキラは料理が上手い。
しかも、覚えが早い。
バネッサが出汁の取り方を説明すると、彼女は一度で大まかな流れを理解した。
二度目には、火加減と香りの変化まで見ていた。
「……すごいですね」
「いえ。面白いです」
アキラは真面目な顔で鍋を見つめている。
その横顔を見て、バネッサは少しだけ安心した。
装備品の手入れも行った。
今回は、長丁場になる可能性が高い。
普段はあまり使わない道具も、念のため持っていくことにする。
山に入るための靴。
雨具。
携帯食。
採掘用の道具。
隠蔽用の魔道具。
そして、いつもの収納用の小さなトランク。
最後に、アキラに手伝ってもらい、髪を黒く染めた。
本当はカラーコンタクトで瞳の色も変えたいところだったが、体質に合わない。
そこは諦めることにした。
鏡の中には、いつもより少し地味なバネッサがいた。
地方から来た、無名の助っ人採取師。
そう見えればいいのだが。
◆ ◆ ◆
三日後。
バネッサは、東北へ向かう列車の中にいた。
列車は、海岸沿いを走っている。
窓が開いたら、きっと気持ちいいのだろう。
そんなことを考えながら、バネッサは光る海を眺め、駅弁を頬張った。
現地の地図や詳しい状況は、到着後、相手の商人を交えて説明を受ける予定になっている。
人見知りであり、さらに久遠でもあるバネッサは、新しい人と出会うのがあまり得意ではない。
珍しがられる。
探られる。
昔のことを聞かれる。
そういう時間は、できれば避けたい。
しかし、今回はうどん屋の未来がかかっている。
バネッサは、ぱん、と両頬を叩いた。
気合を入れる。
そして、二つ目の駅弁の蓋を開けた。




