第59話
「なんだあ、ミカゲ、やられ、ちまったの、か」
間の抜けた声が、森の入口前の空間に響く。
「!」
ミカゲが暴れだす。
バネッサは何だろうと思いつつ、森の入口に立つ三人の老人に声をかけた。
「私はハル商会の依頼で動いている、採取師のアネッサと申します。私はあなた方に、盗掘行為の疑いを持っています。あなた方の首謀者と名乗るミカゲさんは、見ての通り拘束しました。大人しく投降していただけませんか」
自分でも下手だなあと思いつつ、相手の出方を待つ。
「な、何の冗談ですか。首謀者は私です」
「……いや、俺だ。俺が裏のボスだ。みんなをそそのかしたのは俺だ」
「え……あ! 俺、俺が、みんな悪いん、だ。だから、ミカゲを離せすん、だ!」
老人たちは、三者三様にうろたえながら訴える。
「ぐうぅぅ、うぐぅぅ!」
ミカゲが、身体をよじりながら唸る。
一番冷静そうな眼鏡の老人が、リュックを下ろした。
腰のナイフを抜き、遠くへ投げ捨てる。
「武装はしていません。投降します。観念しますので、そこの私の部下のミカゲの拘束を緩めてやってください」
◆ ◆ ◆
三名の老人は、抵抗することなく投降した。
バネッサは呆気にとられて、遠くからその様子を眺めていた。
交渉も何も、彼らは最初から投降を決めていた。
鮮やかすぎた盗掘の腕。
そして、潔すぎる投降。
交渉の中で、彼らの意図をもっと探りたかった。
だが、最後の最後に逃げられるかもしれないという焦りもある。
ハコネが、拘束した三名を連れて、南口付近の仮拠点へ移送していく。
老人たちは、心配そうにミカゲをちらちらと見ていた。
その視線が優しくて、悲しかった。
バネッサは、自分の仕事はこれで本当に終わったのか、分からなくなる。
このままハル商会へ連行して大丈夫なのだろうか。
ハコネは、眼鏡のハクビという男に尋問をした。
「私たちの任務は、盗掘犯の捕縛だ。尋問やその後のことは、ハル商会の仕事だ」
ハコネはいつもの穏やかな笑みもなく、老人たちに言い放つ。
「何の事情があるのか知らないし、知りたくもない。私は採取師として、盗掘をしたあんたらを許さない」
ハコネの声が、低くなる。
「昔なら、現場で縛り首だ。一発ぶん殴ってやりたいが、採取師『だった』あんたらに敬意を表して我慢するよ」
ゲンとテツとバネッサは、四人以外の盗掘犯がいないか、夕方まで捜索した。
鉱山付近には人の気配はない。
東口のムギも、誰も近づいていないと言った。
「だから、今回の盗掘は、私らじじい四人だけの仕事だって言ったのに」
「うるさいな。黙っててくれ、爺さん」
薄笑いで揶揄うように言うハクビに、ハコネは怒りをぶつけた。
バネッサは、商館に移送される前に、もう一度この老人たちと話がしたかった。
一度だけでいい。
夜に増援が来る前に。
しかし、何を話したいのだろう。
彼らは何か誤解している可能性が高い。
だが、その誤解を解く必要があるのだろうか。
誤解をしたまま、終わりを迎えた方が、まだましなのではないか。
久遠であるバネッサは、数多くの終わりを見過ぎている。
正解が分からない。
◆ ◆ ◆
「駄目だ。そんなことは許可できません」
夕方、増援を呼んだジョナスが合流した。
ハル商会は、北ポイント二か所の中間点に増援を配置していたそうだ。
強行軍で、現在こちらに向かっているらしい。
今晩遅くには、この南口ポイントに到着するとのことだった。
バネッサはハコネに、今回の盗掘犯である四名とレモンに話をさせたいとお願いした。
しかし、ハコネは即座に拒否する。
「何の意味がありますか。私たちの役目は捕縛です。彼らの荷物には鉱石が入っていた。これ以上の尋問などは不要ですし、意味もない」
ハコネは、静かに続ける。
「レモンさんはもう引退した身です。ご老体の茶飲み話のために、隊員の無用な仕事を増やしたくないのです」
「分かります。ただ、このままですと、彼らは黙秘を続けるかもしれません。拷問に耐えられなさそうな老人もいます。動機の真相も、採取した鉱石も、闇の中になりかねません」
バネッサは、言葉を選びながら続けた。
「情報の突破口は、レモンさんかもしれないのです」
「それはハル商館の中で審議すべきことでしょう。なぜ、今、ここでやる必要があるのですか」
「……ここが、彼らの山、……だから」
「え?」
「商館では駄目だと思うのです。お願いします、ハコネさん。一時間でいいです。お願いします、お願いします」
ハコネは、しばらく腕組みをしていた。
「駄目だ、アネッサさん」
その声は、固かった。
「現場を預かる私としては、あなたの言うことの意義が理解できないし、責任が負えない」




