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第56話

「なんだ。もう自分で止血してたか。足、ごめんな、レモンさん。手加減できなかった」


ミカゲがレモンの傍らに立ち、胸元から小瓶を取り出す。


「あの姉ちゃんたち、よろしくな。片方は数日は歩けないと思うが」


小瓶を振り、小さな銀色の粒を取り出して、口に入れた。


「ジンジンですか、ミカゲ先輩」

「ああ。あんたも食うかい?」

「俺も持ってますよ」


レモンが、ミカゲの左手を見る。


「そんなの、まだ使ってたんですか、ミカゲ先輩」

「使ったのは久しぶりだよ」


ミカゲは自嘲的な笑みを浮かべ、左手をぶらぶらさせる。


レモンが目を見開いた。


「あんた、まさか左手が」


「四年くらい前に、握力がほとんどなくなってな」

「……そうでしたか。だから」

「まあ、遊ばせておくのもなんだし、おもちゃを忍ばせておいたってだけだ」

「……」

「じゃあな、レモンさん。これでお別れだな」


「待て。待てよ、ミカゲ先輩!」


ミカゲは、一度だけ足を止めた。


「レモンさん。……俺は、あんたがうらやましい」

「……」

「正しい採取師として、引退できたんだよな」

「……」

「俺は採取師でいたかった。でも……もう時代には合わない。だから――」


ミカゲの背後で、かすかに空気を切り裂く音が鳴った。


振り向く。

紫色の空に、三つの魔法波の大輪の花。


あれは、魔法の花火か。

懐かしい。


視線を下げると、こちらに向かって走ってくる小柄な影が見えた。


黒髪。

若い女。

先ほど戦った二人に比べて、線が細い。

武装は、ダガー一本。


「アネッサ、来るな! お前がかなう相手じゃねえ!」


◆ ◆ ◆


バネッサは走りながら思う。


あのミカゲという男は、何か思い違いをしている。


根っこはアキと山と言っていた。

それがクロエにどうつながる。


今回の盗掘騒ぎで、ハル商会はぼろぼろだ。

いや、商会ではなく、ハル社長のイメージを落とそうとしたのか。


ミカゲの狙いが、全然読めない。


後ろから迫ってくる三名は、阻害を持っていない。

もしくは、意図的に切っているのか。


情報が足りない。


バネッサは思う。


クロエは、盗掘犯の意図が知りたかったのではないか。

だから、私を本件に加えたのだろう。


つまり、目の前のミカゲと話をしなければならない。


それならば。



視界の中心は、ミカゲ。


その横から、よろよろとパトラがミカゲに近づいてきているのが見える。


普段の彼女からは想像できない闘志だ。

だが、止血はしている。その程度の判断は、まだできている。


◆ ◆ ◆


ミカゲは冷静だった。


横から近づいてくる採取師の娘は、先ほど片足を負傷させた。

驚いたことに何とか歩いているが、これならすぐに距離を取れる。


前から走ってくるもう一人は、戦闘力が低そうだ。

妙に足が速いが、問題ない。


花火で増援が来ることが面倒だ。

早めに片づけて、東口へ行こう。

レモンがここにいるということは、東口も固められているはず。


あいつらが捕縛されたかもしれない。


とりあえず、小柄な女を対処する。

そう判断し、ミカゲは前方へ重心を移動させた。


目の前まで走ってきた小柄な女が、斜めに跳躍する。


三角跳びか。


いや。


足元に、ダガーが突き刺さる。


フェイント?

しかし、得物を捨てた?


その時、ミカゲは見た。


花火が咲く紫色の空。


朝日を浴びながら跳躍した、小柄な女の姿。


そして、目の前に光る槍が突然出現したことに、驚愕する。


長物は、距離的にまずい。

後ろへ飛ぼうとする。


が。


足を掴まれた。

レモンだ。


体勢を崩されたところへ、強烈な一撃がこめかみに入る。


石突きか。

一瞬、意識が飛びそうになる。


しかし、その反対側から、渾身のストレートがあごに刺さった。


もう一人の女か。

完全に油断した。


ミカゲは、意識を失いながら自嘲した。

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