第55話
七十歳のレモンは、年齢を感じさせない蹴りを何度も繰り返す。
身体は柔軟で、スタミナもある。
しかし、じり貧だ。
一発も当たらない。
レモンのハイキックを、ミカゲがくぐり抜ける。
その直後、レモンの足から鮮血が流れた。
すり抜けざまに、ミカゲが切りつけたのだろう。
無駄のない流れで、ミカゲは腰をひねり、ナイフの柄でレモンの横っ面を殴りつける。
レモンが転倒した。
「なんだよ、レモンさん。余裕か? 自慢のパンチはどうした」
ミカゲが、レモンに馬乗りになろうとした。
その時、横の草むらから、弾丸のような蹴りが飛び出す。
ミカゲが飛びのく。
数歩下がり、ナイフを構えた。
「レ、レモンさん。さ、下がって」
パトラが低い姿勢で、ミカゲと対峙していた。
◆ ◆ ◆
テツは、じりじりしていた。
南口で守備待機を命じられている。
だが、先ほどから、かすかな戦闘音がしている。
オリヅルとパトラの戦闘が始まったのか。
レモンさんは大丈夫だろうか。
しかし、あちらが囮なら、テツはなおさらここを動けない。
この隙に、盗掘犯の仲間が南口を抜ける可能性がある。
――くそっ。
できることなら、パトラのもとへ向かいたい。
彼女は戦闘に入ると、周りが見えなくなる。
オリヅルとうまく連携できるといいが。
癖で、センサーを見る。
今回は相手が全員、阻害を持っているはずなので、意味のない行動だった。
はずだった。
――これはなんだ?
鉱山の方面から、三人の人間がこちらに向かってきている。
阻害を持っていない別の仲間がいたのだろうか。
まずい。
オリヅルとパトラは、戦闘に入っている。
気づけない。
アネッサさんが気づいたとしても、三人の相手は無理だ。
敵の全貌が分かっていない今、テツは焦ることしかできない。
◆ ◆ ◆
「レモンさんの後輩かい? タッパもあって、いいお嬢さんじゃねえか」
「後輩じゃねえ。……パトラ、ここは引け。一人じゃ無理だ!」
レモンは、傷ついた足を縛りながら叫ぶ。
パトラは、レモンの足元の血の量を見て、逆上気味になっていた。
無言でミカゲに突進し、攻撃を仕掛ける。
彼女は、素手格闘スタイルだ。
ナイフ使いとは相性が悪い。
両腕の籠手でナイフは弾けるが、相手の懐に飛び込めない。
反対側の茂みから、オリヅルが飛び出した。
そのタイミングの遅さから、恐らくパトラが暴走したのだろうとバネッサは思う。
連携も距離も悪い。
しかし、オリヅルは熟練だ。
パトラを誘導し、良い配置へ持っていく。
「こっちのお姉さんも、美人さんだな。しかも強そうだ」
パトラとオリヅルが、じりじりと距離を詰める。
「しかし、そろそろ、俺は行かせてもらうぜ」
ミカゲは、ゆっくりと左手をポケットから出した。
黒い手袋をつけている。
しかし、二人に向けた手のひらには、何も持っていない。
はったりか。
――まずい、あれは。
バネッサは、思わず腰を浮かせた。
意味ありげに出してきたミカゲの左手に、オリヅルとパトラは警戒する。
ミカゲはくるりと手首を回し、手の甲を見せた。
「二人とも気をつけろ、そいつは――」
レモンが叫んだその瞬間、ミカゲの手の甲から強烈な光が放たれた。
◆ ◆ ◆
懐かしい。
五十年くらい前に、少し流行ったやつだ。
バネッサは思い出す。
本来なら地面に叩きつけて発動する、閃光。
強力な光を放ち、敵の目をくらませる使い捨ての準魔道具だ。
それを手袋に縫いつけ、手のひらにパンチなどの衝撃を与えることで発動させる。
事故も多く、いつしか廃れてしまった、ちょっとした小細工。
サングラスをしていたのは、これの意味もあったのだろうか。
バネッサは強い光から視線を外す。
そのついでにセンサーを見て、仰天した。
人間の反応。
三つ。
こちらに向かってきている。
阻害を持っていない?
東口に迎えに行くと、ミカゲは言っていた。
他の仲間だろうか。
視線の端で、光が収まる。
戦闘はどうなっている。
まずい。
パトラが足を負傷して倒れている。
オリヅルは両目をやられている。
パトラは片目で済んだようだが。
ミカゲはもう消えたか。
そう思い、バネッサはレモンが倒れていた場所を見て驚く。
ミカゲは、紫色の空を背に、レモンの傍らに立っていた。
何かを話している。
オリヅルが叫ぶ。
「花火!」
オリヅル、パトラ、レモンが戦闘続行不能。
テツしか戦闘要員がいない。
緊急事態だ。
良い判断だろう。
しかし、オリヅルは近づいてきている三人について知らないはずだ。
だが。
しかたない。
バネッサは草むらから立ち上がり、花火を発動した。




