第54話
まだ、夜明け前。
空が少しずつ明るくなる。
バネッサは動けなかった。
こうなる予感は、心の隅にはあった。
レモンはこのためだけに、この場所へやってきたのだ。
かつての仲間と話をするために。
レモンがサングラスを外す。
その目には、怒りとも悲しみともつかない色が見えた。
「大真面目だって? ……盗掘なんて一番嫌っていたのは、ミカゲ先輩でしょう」
「……」
「俺と一緒に、隣のシマへ殴り込みしたでしょう。手癖の悪い採取師を懲らしめるためにだ。俺が引くほど暴れ回ったのは、あんたの方だ」
レモンの声が、少しだけ震えた。
「……何か、理由があるんでしょう。頼むよ。教えてくださいよ」
ミカゲと呼ばれている男が、マスクを外し、ポケットに入れた。
そしてサングラスを外し、力なく右手を下げる。
バネッサからは、男の顔が見えない。
殺気の類はない。
ただ、男が一度も左手をジャージのポケットから出さないことが、気になっていた。
「レモンさん。俺は、こういう話を説明するのは得意じゃねえ」
ミカゲは、ぽつりと言った。
「ただ、俺たちが見つけた山がな……腐っているのを見ていられなかった」
「……」
「ハルの野郎も気に食わねえ。けど、それはどうでもよかった。だけど、それよりも」
ミカゲは、言葉を切った。
「クロエの野郎にな、山を取られるのは……我慢ならなかったんだよ」
クロエ?
バネッサは、なぜここでクロエの名前が出てくるのか分からなかった。
聞いている限りでは、クロエは立場上、ハル商会に資金援助もできないはずだ。
何か、行き違いがあるのではないだろうか。
「分からねえ」
レモンが、静かな怒りのこもった声で言う。
「アキちゃんが死んだ後、すぐに辞めたあんたが、なんで今さらそんなことを言えるのかが……分からねえ」
「……」
「なんで、ここでクロエの名前が出てくるのかも、分からねえ」
「……」
「だけど、一番分からねえのは、あんたが、……盗掘なんて真似をしたことですよ」
ミカゲが、横を向く。
バネッサは、初めてミカゲの顔を見た。
苦しそうな横顔だった。
「レモンさん、すまねえ。俺にも説明がつかねえ」
ミカゲは、静かに息を吐いた。
「……多分、根っこはアキちゃんだ。それと山」
「……」
「多分、人生最後の……大暴れをしたくなったんだよ」
「……」
「レモンさん。俺は今回の首謀者だ。他の三人には、付き合ってもらっただけだ」
嘘だ。
バネッサは、そう思った。
「……そろそろ行くよ。あんたが出張ってきたってことは、東口も固めてるんだろう。……三人を助けに行かないと」
レモンは、サングラスをかけ直す。
「行かせない、ミカゲ先輩。あんたは俺がぶん殴ってでも止める」
「俺を止める? 引退したあんたには無理だよ」
「だいぶガタついてるが、まだまだ動きますよ」
レモンが突進する。
バネッサは、レモンの肩が上がらないことを知っている。
止めなくてはと思う。
だが、オリヅルたちが見ているかもしれない。
戦闘力がない設定のバネッサは、動けない。
オリヅルに任せるしかない。
レモンが、丸太のような足を回す。
当たれば骨が折れそうな、重い蹴り。
連続して蹴りを繰り出す。
しかし、ミカゲは紙一重で避ける。
いや。
余裕で避けている。
左手は、まだポケットの中だ。
夜明け前。
静かな外輪山の中に、空気を切り裂く音が響く。




