第49話
ミカゲは厨房で、ジャガイモの皮をむいていた。
今日はカレーだ。
まだ、今の倍は切らなければならない。
介護老人ホームの大きな厨房。
他の調理人たちが、きびきびと動いている。
左手の握力が完全になくなったのは、三年前のことだ。
それ以来、荷運びなどの力仕事ができなくなった。
荒事が多いと聞いていた九州地方だが、思っていたより仕事はない。
六十を過ぎていたミカゲは、若いパーティには敬遠された。
ルート設計のスキルも、世話になっている商人の商館では、ほとんど必要とされなかった。
この地域のルートは、すでにほぼ確立されており、口を挟む余地がなかったのだ。
月の半分でも採取師の仕事ができれば御の字。
その他は、アルバイトの生活だ。
これまでの蓄えもあるので、無理に仕事をする必要はない。
ただ、身体が動く限りは働きたいだけだった。
早朝に起きて、ストレッチとランニング。
戦闘訓練を行い、仕事に出る。
宿舎に戻って食事を作り、風呂を浴びて寝る。
東北の山々が恋しい。
この地の山は、知っている岩でできていない。
◆ ◆ ◆
ある日、商館にミカゲ宛の手紙が届いた。
差出人を見て、ミカゲはぎょっとした。
オシロが使う偽名だ。
また、誰か死んだのかと思った。
リーダーのモーリは、アキが死んだ後、すぐに病死したという。
葬式には行けなかった。
しかし手紙の内容は、久しぶりに会わないかという穏当なものだった。
旅行券が同封されている。
オシロがまた何か嫌なことを考えているのかもしれない。
そう思ったが、手紙には、
「死ぬ前に、最後に一度会わないか」
と書いてあった。
互いにそういう歳だよな。
ミカゲは、手紙に書いてあった電話番号へ連絡した。
オシロは今、関西にいるそうだ。
声色は明るい。
ミカゲは、少し胸が軽くなった。
リーダーのモーリが亡くなってから五年。
全員、久しく顔を合わせていない。
一度、酒でもどうだろう。
オシロはそう言った。
◆ ◆ ◆
数週間後、ミカゲは列車に乗っていた。
平日のためか、車内は空いている。
周りの乗客は離れている。
勘弁してもらうか。
ミカゲは胸ポケットから小瓶を取り出し、銀色の小粒を口に放り込む。
ジンジン。
久しぶりに噛んだ。
◆ ◆ ◆
ミカゲは、指定されたビジネスホテルにチェックインした。
ホテルなど、ほとんど利用しない。
カードキーの使い方が分からず、少しわたわたしたが、無事に入室できた。
景色は非常に良くない。
隣のビルの壁面しか見えない。
まあ、寝るだけの場所だ。
屋根があれば、何だっていい。
夕方、店に入る。
それほど高級というわけでもないが、騒がしくないのが良い。
個室に通された。
オシロとムーバーが、二人で酒を飲んでいた。
瓶ビールで、先に始めていたらしい。
「久しぶり、だな、ミカゲ」
「ムーバー、見事に禿げたなあ」
「う、うるせえ、ぞ」
オシロは店員に、追加の瓶ビールとコップをお願いしている。
「ハクビは、もうすぐ着くそうだ」
「じゃあ、乾杯はまだだな」
「ミカゲ、乾杯、しよう」
「ムーバー、まだだって言っているだろう」
ミカゲは、二人を見る。
オシロの顔色の悪さが気になった。
何か病気ではないか。
先ほど店員に注文する際、姿勢の変え方に違和感があった。
0期生の中では、素手での戦闘力が一番だったオシロ。
ミカゲは、少し物悲しくなる。
現在は、警備員の仕事を掛け持ちしているそうだ。
ムーバーは、頭髪以外は相変わらずだった。
ミカゲより年上のはずだが、肌艶も良く、肩から腕の太さも昔と同じように見える。
採取師の仕事は続けておらず、最近は土木工事の会社に厄介になっているそうだ。
「ミカゲは、何してたん、だ?」
「採取師半分、アルバイト半分って生活だ」
「俺も、山、掘りたいけど、最近じゃ、お声がかからないん、だ」
「ムーバーのスタイルじゃ、若いと周りがついていけないだろうな」
たわいもない現状報告。
しかし、ただただ、気が滅入ってくる。
ふすまが、するりと開いた。
「お待たせしたね」
普通のサラリーマン然としたハクビが、書類カバンを持って入ってきた。
七三分けの髪は黒いが、染めているのだろう。
銀縁の眼鏡。
きれいな指先。
昔から裏方で事務作業をしていたハクビ。
0期生の頭脳として、リーダーと皆を支えた半生。
「すまないね。列車が遅れてしまって」
「そうだよ。主催者が遅れてどうするんだよ、ハクビ」
オシロが、ハクビのコップにビールを注ぎながらぼやく。
ハクビが主催者だったのか。
ミカゲは一瞬、違和感と不安を覚えた。




