第48話
翌々日。
ハクビとオシロが、グループ総帥との会議から帰ってきた。
0期生の五名が、居酒屋の奥座敷に集まる。
「二代目は、ハルに決まりました。後ろ盾だった三名の商人が、今後しばらく支援するそうです」
ハクビが、暗い目でうつむきながら言った。
商人でもやっていけると言われるほど、事務処理能力が高い男。
それがハクビだ。
採取師として、山でもトップクラスの成績を出せる。
それでいて、商館では、アキの商売の裏側を数十年間支え続けた。
しかし、立場はあくまで採取師。
つまり、単なるフリーランスだ。
商人グループの決定に反対する権利はない。
0期生の頭脳であるハクビでも、どうにもできないということだ。
五人の採取師は、ため息をついた。
アキが商人を目指した時、五人は彼女のために鉱山群を発見し続けた。
それが現在のアキ商会の商圏となっている。
0期生。
自分たちの矜持は、アキを商人にしたのは俺たちだ、というものだった。
一度も言葉にはしない。
しかし全員が同じ思いで、五年間、命がけで山の中を探索した。
その後も二十五年近く、商圏を維持するためにアキに寄り添ってきたのだ。
途中、アキが互助会出身のハルと電撃結婚した時、五人は空中分解寸前だった。
リーダーのモーリが、泣きながら、アキのためだからと全員を説得した。
互助会出身のハルは、がさつだが悪い奴ではない。
頭では分かっている。
しかし0期生全員が、
「アキを盗んでいった男」
という、小さな負の感情を抱いたまま、現在に至っていた。
そして、アキが逝ってしまった。
ムーバーが、ジョッキを握りしめながら吐き捨てる。
「ハルの、野郎に、アキちゃんの、山をくれてやるとか、許せねえ、だ」
オシロが、苦虫を噛み潰したように言う。
「百歩譲って、アキちゃんが惚れたハルに……俺たちの山を譲ってもいいよ」
オシロは、そこで声を低くした。
「でもよお、あのいけ好かねえクロエの奴が山を狙っているって言ったら、お前らどう思うよ」
クロエが?
どういうことだろう。
「オシロ、何の話だ」
「リーダー。俺、火葬場のあと、山向こうのバーに行ったんだよ。そしたら、ハルとクロエが入ってきてな」
オシロは、唇を歪めた。
「思わず身を隠したんだが、そこで聞いたのよ。『ハル、十年我慢しろ。そしたら俺が総帥になってお前を助ける』って」
「はは。あの冷血クロエが、総帥になんて、なれる訳ねえ、だ」
「まあ、それは同感だけどな、ムーバー」
オシロは、ジョッキを見下ろした。
「ただよう、リーダー。俺も、クロエが総帥になれるかどうかは分からねえ。でも、ハルに何かあったら、この先どうなる?」
誰も答えなかった。
「赤の他人に、俺たちの山を取られるかもしれねえ」
「……分からない、オシロ。俺には分からないよ」
「俺は、ハルアキ坊ちゃんに継いでほしいよ。みんな、そうは思わねえか」
いつも皮肉っぽい薄ら笑いを浮かべているオシロが、暗い目になる。
「……だからよ、俺は商会を抜けようと思う」
「オシロ!」
「ハルを弱らせるんだよ、じっくりと。で、その間に坊ちゃんが大きくなるだろ? ギリギリでカムバックして、助けてやんのよ」
「オシロ。そういうことは、一番アキちゃんが嫌いだって覚えてないのか?」
「……だけどよう」
「商会を辞めるのは……勝手さ。でも、坊ちゃんが大きくなる前に、商会が潰れてしまうかもしれないだろう」
「……」
「商会を辞めるのは……」
「……悪かった。撤回するよ。だから、な、機嫌なおしてくれよ、モーリ」
◆ ◆ ◆
「あの、よ。俺は、そういう話は分からねえ」
ミカゲが、ジョッキを握りながら、絞り出すような声で言う。
「俺な。俺たち0期生が『アキの騎士』って呼ばれるの、大嫌いなんだよ」
「……」
「騎士じゃねえし。俺は採取師だ」
「……ミカゲ」
「あの山は、皆で見つけて、アキちゃんにあげた」
ミカゲは、ゆっくりと続けた。
「山とアキちゃんを、みんなで一緒に育てた。でも、その後、アキちゃんが山を誰にくれてやっても、俺たちは文句を言えるのか?」
誰も答えなかった。
「捧げたんだぞ、俺たちは。アキちゃんの未来を信じて」
ミカゲは、ジョッキを握る手に力を込めた。
「今さら返せとか、あの時の俺たちの気持ちを、汚す気がしてならねえ」
「……」
「リーダー、みんな。すまねえ。俺は降りるよ」
ミカゲは、頭を下げた。
「正直、ハルの野郎にむかついているのは皆と同じだ。でも、上っ面だけ取り繕って……ハルの野郎の採取師として働ける気がしねえ」
三日後。
ミカゲはハルに挨拶し、商館を去った。
ルート開発については、弟子として仕込んだ採取師が、この地の女性と結婚したため残ると言った。
ミカゲは、彼に後を託した。
えっちゃんに、宿舎の鍵を返す。
まだ目の赤い彼女は、しばらく黙った後、立ち上がり、一礼してくれた。
彼の世代では珍しく、ミカゲは戦闘特化型の採取師だった。
ミカゲは、まだ荒事が多いと聞く九州へ向かう。
そして、八年が経った。




