第47話
アキちゃんが死んだ。
アキちゃんは2年前に入院して、その後退院したが、入退院を繰り返していた。
ミカゲは、アキちゃんは大丈夫、アキちゃんは死なないと自分に言い聞かせていた。
深く考えると、恐怖で手足が動かなくなる。
この商会を立ち上げる前から、アキと共にいる採取師は0期生と呼ばれ、その一人であるミカゲは、ルート開発を担当していた。商圏内の各地の様子を、自分の目で確認するために、長期に渡り商館を留守にしがちだった。
3週間の調査業務から戻ってきたら、数日前にアキが死んだと伝えられたのだ。
社長室に作られた祭壇の上に、白い布で覆われた箱が置いてあった。
遺影はいつも通りの仏頂面。線香の匂い。隣で泣いている総務のえっちゃん。
誰でも良い、何かの冗談だと言って欲しい。怒らないからドッキリでしたと、おどけて欲しい。
商館内は電話の音が何本も響き、廊下をバタバタ小走りする音が右往左往していた。
リーダーのモーリが、茫然と立ち尽くすミカゲの肩に手をのせる。
「ミカゲ、調査から戻ったばかりだろ。今日は戻って休め」
「俺、アキちゃんの……死に目に間に合わなかった」
「仕方ない。アキちゃんも、責めたりしないよ」
「怒ってくれよ。のろまだって叱ってくれよ、なあ、モーリ」
モーリは、小さな声で「帰って休め」と言った。
調査に同行したムーバーが、背中に背負った大つるはしを震わせる。
「リーダー、……アキちゃんは、苦しんだ、だか?」
「いや、最後は薬で苦しまないように逝ったらしい」
「そうか、それは、……良かった、だ」
ムーバーは無理に笑顔を作っているが、両目から涙を流していた。
「……モーリ。ハクビとオシロはどこだ」
「二人はハルの付き添いで、東北商人グループの総帥の所へ行っている」
「総帥?」
「この商会の、後継の件で呼ばれたんだ」
「後継って……ハルアキ坊か?」
「まだ、坊ちゃんはまだ高校も出たてだ。……恐らく、ハルになる」
「じ、冗談じゃねえぞ。なんであんな奴に」
「……仕方ないだろう。アキちゃんの遺言でもあるんだ」
穏やかな声で自分を諭すモーリの目の暗さを見て、ミカゲはそれ以上言葉を続けられなくなった。
事務室で、帰還手続きを終えたレモンが戻ってきた。
「ミカゲ先輩、ムーバー先輩。外の空気を吸いに行きましょう」
1期生のレモン。かつては暴れ熊と呼ばれたこの男ですら、目が真っ赤だ。
商館を出る。吐く息が白い。
ミカゲは息を深く吸い、肺に冷たい空気を送る
ムーバーが、少し震えた声で二人に言った。
「に、肉食べる、だ。仕事帰りは、肉。アキちゃんと決め、たんだ」
「ですね、ムーバー先輩。山から戻ったら、肉、ですよね」
レモンがムーバーの肩に手を置きながら、サングラスをかけた。
「いつもの店、行きましょう、先輩方」
レモンはミカゲより5歳年上だが、ミカゲ達を常に先輩として話をする。
律儀な男だが、一旦切れると手が付けられないほどの喧嘩をする。ついたあだ名が暴れ熊。
かくいうミカゲも同じで、一度二人で隣の商圏から、ちょっかいをかけてきた採取師10名をボコボコにして、アキとモーリに泣くほど怒られた。
アキが先方の商館にて「クールビューティの大号泣土下座」をぶちかまし、丸く収まったのはしばらく界隈のニュースになった。
◆ ◆ ◆
いつもの居酒屋には、アキの商会の採取師が多く居た。ミカゲ達に黙礼をするも、皆、沈んだ面持ちで酒をすすっている。
採取師はフリーランス。商会の社員でも何でもない。しかし、アキが作った商会の雰囲気が大好きだった連中ばかりだ。
0期生が目立つと、若い連中も飲みづらいだろうという事で、店主にお願いして奥の座敷を開けてもらった。
レモンは同席を遠慮したが、強引に連れ込んだ。
卓に届いた焼き鳥を頬張る。
今後、仲間たちははどうするのだろう。そして、俺もどうすればいいんだろう。
ミカゲは、味のしない肉を噛み続ける。
レモンの話だと、アキの親友であった彼の女房は、頻繁にお見舞いに行っていた。しかし、正直先は長くないだろうと、夫であるレモンに話していたらしい。
このためレモンは、アキの死に対して、ある程度は覚悟していたようだ。
「……とはいえ。実際逝かれてしまうと、辛いです」
「……」
「アキちゃんには恩しかない。何のお返しもできなかった」
レモンはジョッキを干しながら、吐き出すように言った。




