第46話
長身。肩幅が広い。骨格から男性だと思う。
足の運びから戦闘術の心得があると見る。左手をポケットに。右腕はゆらりと垂らしている。印象としてはナイフ使いか。黒のジャージ上下。荷物は背負っていない。靴は古い型のトレッキングシューズ。
野球帽にサングラスとマスク。顔は見えない。
迷いなくこちら側に近づいてきている。
センサーを確認。反応無し、つまり「阻害」を持っている。
しかし、隠れようともしていない。意図が分からない。
一番、出現して欲しくない方向からこの男は出てきた。
男が出てきた方角からは死角が狭く、バネッサは動けない。
オリヅル達に知らせたいが、パトラは気づいただろうか。彼女に動いてもらうしかない。
男はバネッサが隠れている岩の横を、街中を歩くようにゆるゆると通り過ぎて行った。
足音を消す気もないようだ。土を踏む音を残してバネッサから遠ざかる。
パトラがいる木の方面、つまり外輪山の南口に向かっている。
どうするか。近寄って接触し、戦闘音でオリヅル達を起こしたものか。
ジャージ男が不意に立ち止まる。
「来たぞー。石の手紙みたぜ、誰だか知らないが出てこいよ」
◆ ◆ ◆
パトラは仰天した。アネッサが潜む岩の近くに不審なジャージ姿の男が歩いている。
木を滑り降り、オリヅルが寝ている場所へ移動しようと視線を右にむけると、目の前にレモンが立っていた。
(ここを離れろ)とハンドサインを出し、レモンがパトラの横を通り過ぎる。
「来たぞー。石の手紙みたぜ、誰だか知らないが出てこいよ」
男の声が聞こえた。ハスキーな落ち着いた声だ。
思わず振り向きレモンを見る。レモンはにこりと笑い、サングラスをかけた。
(誰もでてくるな)ハンドサインを出し、しっしっと犬を遠ざけるようなゼスチャーをした。
パトラは嫌な予感がした。オリヅルを呼んでこないとダメだ。
◆ ◆ ◆
「ご無沙汰してます、ミカゲ先輩」
パトラが昇っているはずの木の陰から、レモンが姿を現した。
作戦行動中とは思えない、レモンの声の大きさと静かな響きにバネッサは、嫌な予感が的中したと下唇を噛む。
やはり、盗掘者はレモンさんの先輩だった。そして、レモンさんは見事相手と接触することに成功した。
パトラの動きが見えない。オリヅルを迎えに行っただろうか。
レモンとミカゲと呼ばれたジャージ男の二人の出方が分からない。
バネッサは動きが取れず、岩陰から見守ることしかできない。
「……誰かと思ったら、レモンさんだったのか」
「はい、わざわざすみません」
「相変わらずランニングシャツなんだ、そのサングラスも」
「トレードマークですから」
「三つ子ちゃん、元気?」
「全部片付きましたよ。今では孫も5人います」
「5人もかよ。そりゃ良かったなあ……しかし驚いたよ、石の手紙。久々に見たよ」
「へへ。おれも何十年ぶりかで置きましたよ」
「……俺達だって分かってたのかい?」
「隠そうともしてなかったでしょう」
「それなりに隠してたよ。だから何か月も掘りまくってた」
「……ミカゲ先輩」
「どうした、レモンさん」
「なんで、あんたみたいな人が盗掘なんてやっちまったんですか」
ミカゲと呼ばれた男は、一瞬身体を固くしたようだ。
「レモンさん、あんたいくつになったっけ?おれの五個上だったっけか。……じゃあ、もう70か。まだ、あそこに居るのかい?」
「……ミカゲ先輩」
「まだ現役とは知らなかったよ」
「……引退してますよ、とっくに。……あんたらが、悪ふざけするから、後輩が助けろって泣きついてきたんですよ」
「……」
「いい年して、何やってるんですか」
「レモンさん、ふざけているつもりはねえよ。これでも大まじめだ」




