第33話
「アネッサ。俺を外したい気持ちは分かる」
レモンは、静かに言った。
「多分お前は、俺と同じ結論……いや、仮定をしているんだろう」
「私、……まだ何も言ってません」
「パトラから、お前はクロエが他所から連れてきた採取師だと聞いた」
「……」
「あのクロエが、半端な採取師を選ぶとは思えない。あのプロフィールは嘘だな」
「……」
「まあ、それはどうでもいい。ちょっと俺の話を聞いてくれ」
レモンは、壁から一つの額縁を外して、バネッサに見せた。
中央に、若いアキが仏頂面で立っている。
その周りで、五人の男たちが変顔をしてふざけている写真だった。
「アキちゃんと、この地に来る前から彼女に付き従っていた採取師たちだ。俺の先輩になる」
レモンは、写真を見ながら言った。
「彼らがこの辺りの鉱山をたくさん発見して、彼女を商人にしてやったんだ」
「先輩たちは、アキちゃんが大好きでな。でも、恋愛とかじゃない。……騎士みたいな感じだった」
レモンは、少しだけ目を細めた。
「この人たちは、アキちゃんの商人になりたいという夢のために、広大な山々を練り歩き、商圏を作った。そして、この地に商館を建てたんだ」
「すごく優しくて、気さくな人たちだったよ。後輩だけど年上の俺にも丁寧でな」
レモンは、一人を指差した。
「この人は、ムーバー先輩。すごい力持ちでな。みんな、この人に育て直された。ガサツで仕事は大味だが、涙もろくてな。みんな大好きだった」
巨大なつるはしを背負う、筋肉質だが小柄な青年が、変なポーズを取っていた。
「この五人は、商会がうまく回るよう、身を粉にして働いていた」
レモンの声が、少しだけ柔らかくなる。
「無表情なアキちゃんが、仕事が成功すると大笑いする。それが……ご褒美だったんじゃねえかなって、今でも思う」
「アキちゃんがハルと結婚した時は、皆、さすがに荒れていたよ」
レモンは、別の男を指差した。
「でも、このモーリさんって人が、四人をなだめたんだ」
アキの後ろで、スーツ姿の長身のハンサムな男が、女性のようなセクシーポーズでウインクしている。
「0期生って呼ばれていた創立メンバーの、司令塔みたいな人だ。クネクネして泣き虫だったけど、不思議な……徳みたいなものがある人だったよ」
「でも、結局全員、互助会出身のハルのことは最後まで認めなかった」
レモンは、額縁の端を強く握った。
「それでも0期生は、その後も仕事をちゃんと続けていた。二十年間、アキちゃんのために、五人は頑張った。……本当に頑張っていたんだ」
「でも、アキちゃんが死んで、嫌っていたハルが後継者になって、先輩たちの心が折れたんだと思う」
レモンは、一度言葉を切った。
「この五人が他の採取師を引き連れて辞めた、と言われている。だが……」
「俺は違うと思っている。そう、思いたい」
レモンは、写真の中の五人を見た。
「なぜなら、この先輩たちは、いい奴らだったからだ」
◆ ◆ ◆
バネッサは、静かに聞いていた。
悲しかった。
ハルと五人は、最後まで折り合いがつかなかったのか。
ハルが互助会出身者だから。
それは、おそらく言い訳だったのだろう。
求心力がありすぎたアキ。
そのアキを中心にして回っていた商会。
だからこそ、アキの選んだ相手であるハルを、五人は受け入れられなかった。
そう考える方が自然だった。
商人と互助会の間を取り持っていたアキ本人が、身内の関係だけは改善できなかった。
その皮肉が、悲しい。
「噂では、商会を辞めた五人は、それぞれ日本の各地へ行ったそうだ。その後、この司令塔役のモーリさんは死んだと聞いた。他の四人の消息は分からない」
「レモンさんは、彼らが集まって今回の件に関わったとお考えですか?」
「全員じゃないかもしれないが」
「でも、なぜ今になって……十年も経ったこの時期に」
「……それは分からない」
バネッサは、腕を組んで考える。
「動機は復讐、でしょうか。例えば、本来アキさんの商会だったものを、ハルさんから取り上げる、とか」
「先輩たちは商人じゃない。技量は人並み以上だが、あくまで採取師だ」
「それでは、ハルさんの物になるくらいなら、いっそ潰してしまえ、とか」
「その線の方が分かりやすいな。しかし、なぜ今更という疑問は残る」
「先輩たちの中のどなたかが余命宣告を受けて、自分が死ぬ前に商会を、という可能性は」
「可能性としてはあるが、俺には何とも言えない」
その時、パトラがスーパーの袋を二つ、両手に持って部屋に入ってきた。
「さ、酒屋、結構、と、遠かったです」
「ごくろうさま、パトラ」
パトラは部屋をきょろきょろと見回し、バネッサに聞いた。
「あれ、く、クロエさんは? く、く、車があったけど」
クロエが来ている。
それは、良いことなのか。
悪いことなのか。
レモンは、写真を壁に戻しながら言った。
「だから、アネッサ。まだ外部犯の可能性もあるが、……俺は最後まで見届けたい」
「……でも」
「いいや。もし仮に先輩たちが犯人だとして、動機や目的がどうであれ、盗掘という手段に出たことに、俺は怒っている」
レモンは、静かに続けた。
「きちんと裁きを受けてほしい」
「……」
「この結末を知らないまま、墓には入りたくないんだ」
「……分かりました」
「お前が何を言おうと、俺は首を突っ込むからな。だから情報は出し惜しみするな」
レモンが、バネッサの肩をぽんぽんと叩く。
バネッサは黙って頷いた。




