第32話
商館二階の事務室で、レモンたちは今回の調査結果を報告した。
調査対象である二か所に、盗掘の痕跡はなし。
報告を聞いたホリイが立ち上がり、レモンに礼を言って頭を下げた。
「レモンさん。今回は本当に助かりました」
「いいんだよ、ホリイ。頭を上げてくれ」
「山を知っている案内人が足りなくて、ほとほと困ってたんですよ」
「だから、俺にとっては大した苦労でもないんだ。そんなに気を遣うな」
レモンは、この手のやり取りが苦手なようだ。
バネッサは、これを機会にと、横から口を出した。
「ホリイさん。レモンさんが、ホリイさんと一杯やりたいなあって言ってましたよ。お礼のついでに、どうですか?」
レモンが、サングラスの中の目で、こちらをちらりと見た気がした。
ホリイは頭を掻きながら、すまなそうに答える。
「あー、ぜひ行きたいところなのですが、今日はまだ、本日帰還するパーティを待たなくてはならなくて」
何かを察したのだろう。
レモンが、バネッサの話に乗った。
「じゃあ、後で社長室で飲もう。今もやってるんだろ。胡坐かいてさ」
「は、はい。……やってたかな、最近」
「社長に怒られたら、俺のせいにしてくれ」
レモンは、パトラの方を向いた。
「……パトラ。すまないが、酒とツマミを買ってきてくれないか」
「わ、分かりました。い、い、行ってきます!」
「じゃあ、仕事を片づけて、後ほど参加します。レモンさん」
「分かった。じゃあ、後でな」
事務室を出るレモンとバネッサ。
「……あれで、良かったか?」
「ありがとうございました。社長室の方が、居酒屋より都合が良かったです」
「とりあえず、社長室で時間を潰すか」
「そうですね」
数日ぶりの社長室兼作戦室。
定例会議の時の出来事を、一瞬思い出す。
いけない。
あれは、発生しなかったイベントにしたはず。
「ここは、あんまり変わらねえな。……おや、アキちゃんの写真か」
レモンが、壁の写真に気づいた。
「今見ても……やっぱり美人だな。どれも仏頂面だけど」
廊下で、ばたばたと走る音がする。
扉が開き、ハルが入ってきた。
「レモンさん、お久しぶりです。来てるって、さっき聞いて」
「ハル。元気そうだな」
「ええ、何とかやってます。……あ、三つ子ちゃんは元気ですか?」
「全員、片付いたよ。今じゃ五人の孫もいる」
ハルにとっては、先輩のようなものなのだろうか。
言葉遣いが、普段と全然違う。
「社長室、借りるぞ。昔みたいに車座で飲みたくなった」
「もちろんどうぞ。懐かしいなあ。俺も後で参加していいですかね」
レモンが、横のバネッサを見る。
一瞬、バネッサは悩んだ。
「ああ、ちょっとホリイと話をしたいんだ。終わったら呼ぶ」
「分かりました。丁度、俺も少し外出するんで、後でまた」
ハルは、ばたばたと出て行った。
「ハル社長、レモンさんの前だと礼儀正しいんですね」
「酒が入ると、素の言葉遣いになるけどな」
「ありゃりゃ」
レモンは、またアキの写真を眺めていた。
「ところで、アネッサ」
「はい。何でしょう」
「お前、この盗掘の件から、俺を外そうとしてないか」
◆ ◆ ◆
レモンの鋭い問いに、バネッサは言葉に詰まった。
バネッサの考えは、ホリイの言葉で裏付けできるかもしれない。
もしそうなったなら、盗掘者たちの捕縛ができるかもしれない。
その場合、レモンがかつての仲間を売る側になるかもしれない。
五人の孫を持つこの老人に、無用な後悔をさせてしまうかもしれない。
つまり、バネッサはまだ、何の確証も得られていないのだ。
こんなふわふわした状態に、レモンを付き合わせることが正しいとは思えなかった。
だからレモンには、分かっている情報のすべてを伝えてこなかった。
「アネッサ。聞いている話だけで考えると」
「はい」
「……盗掘者は、俺の先輩たちだ」
「まだ、決まったわけじゃありません」
「ああ、もちろんだ。俺はまだ、現場すら見ていない」
「でも」
「お前が、あの洞穴の壁の傷を調べていたのを見て、俺は確信したんだ」




