第3話
「私のグループ内には、さまざまな商売をしている者がいます。その中に、海産物を取り扱う商人がいるのですが、最近、少々厄介なトラブルを抱えてしまいまして」
クロエは、湯飲みを手に取った。
「このままでは、彼の商会は潰れてしまうかもしれない。今回、私がバネッサさんにお願いしたいのは、そのトラブルを解決する手助けです」
クロエがお茶をすする。
「……トラブルとは?」
「三か月前から、彼の商圏内にある鉱山が、大規模な盗掘に遭っています」
バネッサの眉が、わずかに動いた。
「無論、グループも協力して盗掘者を捜索しています。ですが、未だに見つけることができていない。今回お願いしたいのは、この盗掘者の捜索活動への協力です」
「なるほど、です」
バネッサは盗掘者が嫌いだ。
泥棒行為だから、というだけではない。
彼らは、まだ育ちきっていない山からも容赦なく奪っていく。
鉱石だけではない。
鉱山を育てるために積み重ねてきた、十年単位の時間まで奪っていくのだ。
商会が潰れるかもしれない、とクロエは言った。
それほど山が荒らされたということなのだろうか。
転生者社会の商人にとって、魔法鉱石は血であり、ガソリンでもある。
新たな鉱山を見つけない限り、十年以上採掘できないとなれば、商人としての活動そのものが止まってしまう。
目の前のクロエが、どこまで自分のことを買いかぶっているのかは分からない。
だが、依頼の概要は分かった。
ただ、ひとつだけ、今ひとつ腑に落ちない点がある。
「でも、それと私の店の問題が重なる、とおっしゃっていましたよね」
「はい。先ほども軽く触れましたが、その商人は、鉱石のほかに海産物も多く取り扱っています」
「……はあ」
「今回の依頼を完遂できれば、彼の商会は立ち直る。そうなれば私から彼に、お出汁の材料を安く分けてもらえるよう働きかけることができます」
なるほど。
経営を圧迫している出汁の研究開発費が減るならば、このうどん屋を立て直せるかもしれない。
クロエの提案は、おそらく正しい。
けれど、盗掘者の捜索など、バネッサはやったことがない。
自分にできるだろうか。
「……すこし、考える時間をください」
バネッサは両手で湯飲みを包み、しょんぼりと視線を落としていた。
顔色が悪い。
いつもの反応と違う。
クロエは、少々薬が効きすぎたか、と内心で焦った。
「え、ええ。もちろんです。ただ、今晩にも盗掘者が出るかもしれない。……あまり時間はありません」
「……わかりました。明日、お答えします」
クロエは、言うべきことをすべて言ってしまっていた。
何か一言、付け加えたい。
だが、言葉が見つからない。
困って、隣のアキラをちらりと見る。
アキラは、内心でため息をついた。
──だから、追い詰めすぎはやめた方がいいと言ったのに。
アキラは、バネッサに声をかけた。
「バネッサさん。ちょっと、こちらを見てください」
「……はい」
アキラが、ノートPCの画面を指さす。
「ちなみに、ですけど。仮にお出汁の仕入れ額が、現在のこの金額から……話に出ていた商会経由の金額に変わるとします」
アキラが、ぱちりとキーボードを叩いた。
先ほどまで、赤いデッドラインへ向かって落ちていた右肩下がりのグラフ。
その線が、ゆっくりと形を変える。
赤いラインと、平行になった。




