↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/65

第2話

クロエから持ち込まれる依頼は、バネッサにとって、毎回面倒なものばかりだった。


前々回は、「学園潜入調査」。

前回は、「ギフト持ちの子供の調査」。


採取師の仕事としては、どちらもかなり特殊な調査依頼である。

特に学園調査の際には、高校生の制服を着て潜入するという、非常に気恥ずかしい任務を遂行する羽目になった。


確かに、その仕事の報酬で、経営の厳しかったうどん屋を立て直せたのは事実だ。


だが、今のバネッサには「冷やしうどん」がある。


夏の期間限定メニューは大成功。

店は、開店以来の大盛況。


だから今回は、どんな面倒な話を持ち込まれようとも、断るつもりでいた。

話を聞く振りだけして、丁重にお帰りいただく。


……そのつもりだった。


「バネッサさん。まずはこちらをご覧ください」


アキラがノートPCをテーブルに置いた。

画面に表示されたのは、バネッサのうどん屋の経営状態をまとめたグラフだった。


──え、ちょっと待ってください。どこからこんな情報を?


思わず声に出そうになったが、バネッサはこらえた。

ここで反応すれば、相手のペースに巻き込まれる。


アキラはちらりとバネッサを見た。

だが、すぐに画面へ視線を戻し、淡々と説明を続ける。


寒い時期は売り上げが高い。

しかし、原価も高く、利益率は低い。


現在は冷やしうどんの好調で持ち直しているように見える。

だが、それは夏の一時的な伸びに過ぎない。


秋に入れば、売り上げは再び低迷する。


アキラはグラフの線を指先でなぞり、そこで一度、言葉を区切った。


「ですので……このままだと、半年後には、うどん屋は破綻します」


申し訳なさそうな声だった。


どこからこの情報を持ってきたのか。

その怒りは、もちろんある。


だが同時に、バネッサ自身が内心で抱えていた不安を、真正面から射抜かれてもいた。


これが、この人たちの追い詰め方だ。


バネッサは何も言えず、俯いた。


「バネッサさん」


アキラの声は、少しだけ柔らかくなった。


「あなたのおうどん、本当に美味しいです」

「……ありがとう、ございます」

「ただ、提供価格が安すぎます。正直、現在の倍くらいでもいいと、私は思います」

「でも、でも……」

「お気持ちは分かります。お客様にお安く提供したい。その志は、間違っていません」

「……」

「ただ、データを拝見したところ……ええと、ですね」


アキラが、少し言いにくそうに視線を泳がせた。


「……な、なんですか」


アキラはPCの画面を指さした。


「はっきり言います。お出汁の研究開発費が高すぎます」


バネッサは、日々、出汁の研究に取り組んでいる。

日本各地からさまざまな素材を取り寄せ、新しい味を探求していた。


それ自体は悪いことではない。

だが、少々度が過ぎている。


原価率が高くなっている原因の多くは、そこにあった。


さらに、多くの材料を近くのスーパーで購入している点。

仕入れ先が安定していない点。

限定メニューが好評なのに、季節後の導線が用意されていない点。


アキラは、問題点を一つずつ並べていく。


一通り説明を終えると、困ったように微笑んだ。


店の外から、子供たちの笑い声が聞こえた。

夏の午後の、明るい声だった。


クロエが、静かに口を開く。


「バネッサさん。多分、察しているかと思いますが、今回、私たちはあなたに依頼したい仕事があります」


「……はい。そうでしょうね」

「そしてこの依頼は、あなたの店を救う可能性がある」


バネッサは顔を上げた。


クロエは、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。

だが、その目は商人のものだった。


「私はね、あなたのうどんのファンなんです。店が潰れると、私も悲しい」

「……」


「資金援助も、考えなくはありません。ですが、私も商人の端くれです。利益を生まない店舗に、ただ資金を入れるだけというのは、私の方針に反します」


クロエは湯飲みに指を添えた。


「それに、何より、あなたのためにならない」


バネッサは黙って聞いていた。


「なので、私は考えました。付け焼き刃のように仕事をしてもらい、その都度報酬を払うよりも、根本的な問題を解決した方がいいのではないか、と」


「……」


「大変勝手ながら、あなたの店を調べさせてもらいました。結果は、概ね想像していた通りでしたが」


アキラは微笑を浮かべたまま、心の中で少し呆れていた。


──格好つけて理屈を言っているけど。


結局、支援したいだけでしょう。


クロエ社長は、相変わらずバネッサさんに甘い。

バネッサさんを追い込む役をやらされている、こっちの身にもなってほしいものです。


「ただ、問題の解決にあたって、私が現在抱えている案件と、重なる部分があることが分かりました」


クロエは、バネッサを見る。


「詳しい話を、聞いてもらえますか。バネッサさん」


バネッサはしばらく黙っていた。


断るつもりだった。

今度こそ、絶対に断るつもりだった。


けれど、目の前のグラフは消えてくれない。

半年後という言葉も、耳の奥に残っている。


バネッサは、力なく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。