第29話
テツとパトラは、すぐにアネッサ(バネッサ)の叫びを理解した。
アネッサは、最初に調査した鉱山で異臭がしたと言っていた。
まさか、レモンさんが。
二人は思わず彼の顔を見る。
だが、レモンはぽかんとしていた。
「レモンさん。その薬は何ですか?」
「薬? いや、これは薬じゃないぞ。ジンジンだ。最近の若い連中は知らないか」
「ジンジン?」
「ああ。一般の店でも売っている。一個食ってみるか」
「はあ」
バネッサとパトラとテツは、差し出された銀色の丸薬を口に入れた。
そして、その刺激的な味にびっくりする。
「色んな生薬を混ぜ合わせて作ったんだと。百年くらい前から売ってるんだ」
「なかなか強烈な味ですね。……でも、口の中が涼しい」
「採取師は仕事中、煙草を吸えないからな。その代わりなんだよ。人によっちゃ、禁煙の時なんかにも使うと聞くな」
そうか。
ギルさんが、禁煙の時に使っていたのかもしれない。
懐かしいと思ったのは、それか。
「昔の採取師連中の間で流行ってな。当時はみんな、ジンジンを噛んでたぜ」
◆ ◆ ◆
「……なるほどな。ジンジンの匂いが、現場の近くにあったという話か」
「はい。一瞬でしたけど。発生源は見つかりませんでした」
「俺が盗掘の犯人だと思ったか、アネッサ」
「いえ。その可能性は低いと思います」
「そいつは良かった」
バネッサは考える。
レモンが車中で話した内容は、おそらく真実だろう。
捜査を攪乱するための嘘とは思えない。
権限も持っていない若手三人に、わざわざ聞かせる必要がないからだ。
あれは、老人の自慢話ではなかった。
どちらかと言えば、後悔の告白に近い。
それに、レモンはジンジンの説明を、バネッサが異臭の経緯を話す前にしていた。
「アネッサ。お前は、商会の採取師を疑っているのか?」
レモンが静かに聞いた。
「いえ。それはあり得ません」
テツが代わりに答える。
「ここ数か月、ハル商会所属の採取師は、山に行く時、必ずクロエ商会から来た採取師と行動しています。その間にも盗掘は起きています。つまり、彼らは少なくとも実行犯ではありません」
「じゃあ、俺のような、あそこを辞めた連中か」
バネッサは、レモンに手のひらを向けて制した。
「いえ。外部犯の可能性もあります。決めつけてはいません」
「ふむ」
「とにかく、証拠がないのです。……この匂いの件だって、私が一瞬嗅いだだけですし」
「その現場を再調査するにしても、ジンジンはこの前の雨で流れちまっただろうな。あれは水に溶けちまう」
「はい。そうですよね」
沈黙が流れる。
「まあ、ここで考えても埒が明かねえな」
レモンは、焚火を見ながら言った。
「俺たちは俺たちの仕事をやろう。つまり、寝るぞ。テツ、次の警戒は俺が出るから起こしてくれよ」




