第24話 「ハルアキ・2」
「ないよ」
間髪入れずに、ハルアキは答えた。
最初の配達先に着いた。
「ごめん、荷物渡してくる。ちょっと待ってて」
ハルアキは段ボール箱を重ねて持ち、建物の中へ入っていった。
母親が立ち上げ、父親が継いだ商会。
こだわりは、ないのだろうか。
商会が世襲であることは、転生者世界では少ない。
基本的には、実力主義が主流だ。
しかし、継ぐ気がまったくないというのは意外だった。
両親への愛情が少ないとも思えない。
単純に、漁師という仕事が好きなのだろうか。
「お待たせ。次で終わりだから、急ごう」
ハルアキが戻ってきた。
バネッサは、自分はこの後、時間は問題ないから安全運転で、と伝える。
「それ、デートに誘ってるのかい?」
ハルアキが笑った。
「……ああ、そうだ。さっきの質問についてだけど」
「さっき?」
「親父の会社を、継ぐか継がないかって話」
「はい」
「その質問、本当にいろんな奴からされるんだ。ちょっとウンザリしてて、ぶっきらぼうに答えちゃった。ごめんな。もちろん、アネッサさんは悪くないぜ」
「す、すみません」
「ごめんごめん。俺の言い方が悪かった」
ハルアキは、少しだけ前を見つめた。
「あのさ、アネッサさん。君は転生者、だよね」
「はい。そうですけど」
「じゃあ、俺は、何だと思う?」
転生者同士で結婚して生まれた、転生者二世。
そう答えようとして、バネッサは言葉を止めた。
たぶん、ハルアキが求めている答えは、それではない。
「……俺は、日本人だ」
「え?」
「君らには、帰りたい元の世界があるのだろうけど」
ハルアキは、足元を指した。
「俺が帰りたいのは、ここなんだ」
車内に、無言が流れた。
「アネッサさんたちと、俺はもう前提が違うんだよ」
ハルアキは、少し困ったように笑った。
「君らは、転生者社会という世界で生きている。俺のお袋も、戻りたいって泣いてたよ。俺がいるのにな」
その声には、責める色はなかった。
ただ、ずっとそこにあった事実を言っているようだった。
「でも俺、その転生者社会ってのが……言い方悪くてごめんだけど、狭くて、怖くて、苦しそうで嫌なんだ」
ハルアキは、静かに言った。
「だから、商会は継ぎたくないんだよ」
バネッサは、言葉が出なかった。
「俺の彼女はさ、普通のサラリーマンの家の娘なんだよ。普通に短大に通って駅前の銀行に就職した。普通って悪い意味じゃないよ。なんか、安心できるんだよ、その普通が」
「俺はね、アネッサさん。彼女と普通に幸せになりたいんだ。だからこうやって、結婚資金を貯めてる。でも、転生者社会に深く関わっているとさ……その普通を、ちゃんと守れる自信がなくなるんだよ」
「これで、答えになったかな。あ、二件目着いた。ちょっと待っててな。すぐ戻る」
ハルアキは車を降り、荷物を持って歩いていった。
バネッサは、助手席で驚いていた。
転生者二世には、数え切れないほど会ってきた。
けれど、親への愛と、転生者社会への拒絶を切り分けて、ここまではっきり言った者には会ったことがない。
この考え方には、ニックのような、この町の互助会出身者たちの影響があるのかもしれない。
アキは、慈愛ある女性だったらしい。
採取師だけでなく、互助会出身の転生者とも分け隔てなく接したのだろう。
町のイベントへの寄付を始めたのも、おそらくアキなのではないか。
ハルアキは、転生者社会を否定しているわけではない。
ただ、自分はそこへ入らないと決めているだけだ。
そして彼は、君と俺は前提が違う、と言った。
その通りだった。
しかもバネッサには、さらに久遠という条件が加わる。
だから、バネッサは驚いた。
けれど、傷つきはしなかった。
「なんか、気を悪くしたかな、アネッサさん」
配送を終え、ハンドルを握ったハルアキが聞いた。
「いえいえ。勉強になりました。そういう見方もあるんだって」
「そっか」
「あ、ハルアキさん。最後に一つ、質問いいですか」
「ああ、いいよ。何だい?」
「ハルアキさんが、商会を継がないつもりだと知っているのは、どなたですか」
「……そうだなあ。親父だけだね」
「えっちゃんにも?」
「えっちゃんなんて、もってのほかだよ。あの人、俺の母ちゃんの大ファンだぜ。商会を継がないなんて言ったら、大騒ぎだよ」
「採取師の人たちは?」
「あー、二十五、六で嫌気が差して、辞める気になった頃から、二階には顔を出さないようにしてたからなあ。だから、商会の連中は知らないよ」
ハルアキさんが、商会を継ぐ意思がないことを知っているのは、ハルさんだけ。
それは、頭のノートに入れておきましょう。




