第23話 「ハルアキ・1」
バネッサは、赤い顔で走っていた。
陽は落ちたが、まだ西の空はオレンジ色に染まっている。
その色に向かって、ただ走る。
お爺さんたちの言っていることは、一部もっともだった。
無事と確認できた鉱山を掘ることは、ある意味では防衛になる。
なぜ、それをしないのか。
なぜ、部隊をそちらに回さないのか。
このまま補填金を出し続ければ、商会は早晩潰れる。
しかし、この状態をあのクロエさんが放置しているのは不自然だ。
海岸線に沿う道路を、休みもせずに走りながら考える。
お爺さんたちは、クロエさんの顔を知らなかった。
そしてクロエさんは、今日初めて定例会議に出席した。
なぜ?
あの女の人は、クロエさんの合図でお爺さんたちに喧嘩を売ったのだろうか。
会議の混乱は、毎度のことのようだった。
クロエさんが初参加した今日、そこで初めてアクションを起こした?
ハルさんも変だ。
一方的に言われ放題だった。
怒ったのは、奥様に関することだけ。
ハルさんと採取師の関係性も、何だか変だ。
商会と採取師は、本来は契約だけの関係のはずだ。
なのに、この商会は何かいびつだ。
代替わりの際に、一体何があったのか。
バネッサは、足を止めた。
汗が流れ、息が上がる。
クロエさんの狙いは、盗掘者だけじゃない。
クロエさんは、私に何か隠している。
◆ ◆ ◆
気がつけば、すっかり陽が落ちていた。
波の音が聞こえる。
バネッサは、街灯に寄りかかって座り込んだ。
宿舎であるアパートのある町の明かりが、遠くに見える。
結構、遠くまで来てしまった。
少し休んでから戻ろう。
そうぼんやり考えていると、白い軽自動車が目の前に停まった。
何だろうと顔を上げると、ハルアキが運転席から手を振っていた。
「アネッサさん、だよね。何してるの、こんなところで」
「いや、ジョギングしてて……今、休憩中でして」
「えらくまた、遠くまで来たね」
「えへへ。つい、調子が良くて」
「よければ乗っていくかい? まだ配送先があるから、遠回りになるけど」
「ぜひぜひ」
バネッサは、助手席に乗り込んだ。
「いいのかい、アネッサさん。そんな簡単に男の車に乗って」
ハルアキが、いたずらっ子のように笑う。
「さすが、ハルさんの息子さんですね」
バネッサも、つられて笑った。
ハルアキは現在、結婚資金を貯めるために、漁師の仕事とは別に、魚を卸す会社でバイトをしているらしい。
途中、社長室にある段ボール箱製スライドの話になった。
あれは、高校生の時期に、科学部の友人と作ったものだという。
当時存命だった母親への、誕生日プレゼントだったそうだ。
闘病中だった母親は大変喜んだ。
けれど、その翌々年に亡くなったという。
「す、すみません。変な話にしてしまって」
「ああ、いいのいいの。もう十年経ってるし、大丈夫」
それから、えっちゃんや、クロエの話になった。
「えっちゃんは、俺が小学校に上がる頃、母ちゃんの会社に入ってきたんだ。三階が俺ん家なんで、学校から帰ると、えっちゃんが働いている部屋でゴロゴロしてた」
ハルアキは、少し笑った。
「だって階段が面倒だし、家にはどうせ誰もいないからさ」
「付き合いが長いんですね」
「うん。えっちゃんは母ちゃん大好きだからか、俺のことも弟みたいに可愛がってくれたよ。昔はもっと痩せてて可愛かったし、あんなにおしゃべりでもなかったなあ。はは」
「クロエおじさんは、親父が見習いの頃に会社に来てたかな。親父と年も近いせいか仲良くてさ。俺にとっちゃ、親戚のおじさんみたいなもんだった」
ハルアキはハンドルを握ったまま、懐かしそうに目を細めた。
「忘年会でさ、親父と母ちゃんとクロエおじさんが、三人で漫才やったんだけど、めちゃくちゃ笑ったなあ」
「クロエさんが……漫才を?」
「おじさんは嫌々だったみたいだけど、そこがまた知ってる人の爆笑ポイントさ」
ハルアキは笑った。
「まあ、今はすごく偉くなったみたいだな。もう俺には関係ないけど」
関係ない?
「あの、ハルさんの会社を継ぐ気は、もう無いのですか?」




