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第16話 点景「ハルとアキ」

二十年以上前の居酒屋。


春に入社したばかりのナカイエミは、よく分からない立場のおじさんに連れられて、ここに来ていた。


「入社おめでとう。ナカイ……エミさん、だっけ」

「は、はい」

「俺はハル。まあ、同僚みたいなもんだ。何飲む?」

「あ、あたし、未成年ですので」

「そうかそうか。じゃあ、ジュースでも飲むか」

「えっと、烏龍茶で」


なんだか勢いで引っ張られてきてしまったけれど、大丈夫なのだろうか、この人。


身体も態度も大きい。

でも、こんな人、事務所にいただろうか。


とりあえず、乾杯はした。


「あの、同僚って言ってましたけど」

「二階の別会社。っても、兄弟会社みたいなもんだから、同僚みたいなもんだよ」

「……はあ」

「あ、えっちゃん、何食べる?」


「えっちゃん?」


「エミ、ってんだろ? だったら、えっちゃんだ」

「……では、茄子の煮びたしを」


ハルさんは酒が入ると、さらに陽気になった。


別に知りたくもない、おじさんの私生活の話を延々としている。

だが、彼の奥さんの話になった時、エミは驚愕した。


「……え。ハルさんって、アキさんの旦那さんだったんですか?」

「だった、じゃねえよ。現役で旦那だよ。だから安心しな。えっちゃんには手え出さねえよ」

「えええ」


あの美人のアキさんの旦那?


信じられない。


アキさん、こういう強引な肉だるまが好みなの?


「そっか。えっちゃん、うちの嫁さん知ってたんだよな。てん……転生者のことも?」

「アキさんは、私の恩人で憧れです。て、転生者という話も聞いています」

「そっかあ」


そう言いながら、この人の興味はもう手羽先の唐揚げに移っている。


なんで、アキさん。

どうして、こんな男に。


騙されたのでは。

……きっとそうだ。


「あの、アキさんをどうやって口説いたんですか」

「な、なんだよ、藪から棒に」

「答えてください」

「分かった、分かった。ちょっと話が長くなるぞ」


「構いません。早く白状してください」


◆ ◆ ◆


俺はな、「互助会《ごじょかい》」ってところで拾われて、この村に来たんだよ。


引き取ってくれたのが、荒っぽい漁師の頭目でさ。

毎日のように殴られてた。


まあ、捨て子みたいな俺を鍛えてくれたんだ。

今はありがたかったと思ってる。


で、苦労はしたけど、何とか漁師になったってわけだ。


この村には、結構転生者がいる。

普通に暮らしてるぜ。


別に、悪さをしてるわけじゃねえ。

みんな、真っ当に生きているだけだ。


転生者には、緩い横の繋がりもあってな。

たまに集まって、酒を飲む程度だけどよ。


そしたらある日、すげえ美人がやって来るって聞いたんだ。


この村に、会社を作って越して来るらしい。

だから俺は、こっそり見に行った。


噂通りの美人だった。

美人も美人。


胸も、こう、でっかくてなあ。


それが、アキだった。


俺はガサツな漁師。

アキは、美人の社長さんだ。


同じ転生者だけど、完全に別の世界の人間だった。

話しかける気すら起こらなかった。


遠くから見ているだけだった。


で、ある朝だ。


俺は何かを落として、それを探していた。

何を落としたのかは、もう忘れちまった。


しばらく海辺をうろうろしていたら、夜が明ける前の岸壁に、アキが一人で立っていた。


最初は誰なのか分からなかった。


けれど、スカートの女だってのは分かった。

あんな綺麗なスカートが似合う女なんて、アキくらいしか思いつかなかった。


でも、その日は時化《しけ》てたんだよ。

波が高かった。


危ねえなあと思って、声を掛けようとして近づいた。


ちげえよ。

下心なんかなかった。


ただ、様子が変だと思っただけだ。


そしたらよ。


アキが、波に向かって大声で泣いてたんだ。


俺は、どうしていいか分からなくてさ。

しばらく見てた。


仕方ねえだろ。

商売女としか喋ったことがなかったんだ。


泣いている女の介抱なんて分からねえ。

黙って、しばらく見ていることしかできなかった。


情けねえけどな。


そしたら、アキが俺に気づいてよ。


何を見てるんだ、って聞くから、思わず、何でこんなところで泣いてんだよ、って言い返した。


あんたには関係ない、って言って、大泣きしながら防波堤を歩き出すからよ。


危ねえから降りろって、手を引っ張った。


それからは、よく覚えてねえ。


なんやかんやで、バス停のベンチに二人で座って、話をしたんだ。


前の世界に置き去りにした子供のことが、忘れられなくて泣いていたんだと。


転生ってな。

身一つで、こっちに来るんだよ。


俺もそうだった。


分かる。

俺にも分かるから。


そんなに泣くなって、背中をさすってやった。


まあ、それがきっかけだった。


慰めたお礼にって、アキが俺の漁船まで果物を持ってきたりな。

それから色々あって、結婚したのさ。


できちゃった何とか、だよ。


写真見るか?


……倅《せがれ》だよ。


ハルアキっていうんだ。


今度、小学生になる。

親子共々、よろしくしてくれよ。

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