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さようなら、メリーさん(3)

 メリーさんの部屋は、年末に来た時と同様、本棚とマンガと段ボール箱であふれかえっていた。ワンルームなので車椅子で自由に動ける環境ではない。

 鹿島検察官、もとい鹿島検非違使(けびいし)は、車椅子の肘掛けに手をつくと軽々と上体を引き上げた。そして、「どっこいしょ」と言いつつ床に降りる。

……下半身がなかった。

「てけてけ?」と思わずもらす寧々さん。

「そういう呼び方は好きじゃないわね。……まあ、一般の人に呼び方は強制できないけど」

 カシマレイコ検事は、棚のあちこちを調べている。最後に冷蔵庫の扉に手をかけた。

……開かない。よく見ると、横に大きな閂が溶接されていてこれまた巨大な南京錠がついている。

「こほん。……開けてもらってもいいかしら」

 私の方を向く。

「えっと、その、鍵がなくて」

 嘘ではない。私はメリーさんの冷蔵庫をあさったことはないし、メリーさんも同じだ。親しき仲にも礼儀あり、とはよく言ったものだ。

「これ以上は、弁護士の立ち会いを求めます。当番弁護士がいるはずですよね」と寧々さん。

「ふっ。弁護士ねえ。まあ、これも国民の権利だわね。しかるべく」

「はい」

 メンインブラックの一人が携帯電話を取りだした。


「すたすたや~すたすたや~すたすた坊主の来る時はぁ、世の中よいと申ます~、出たとこまかせでよい男、すたすた坊主が参上で~す」

 廊下から変な鼻歌が聞えてきた。メリーさんではなくおっさんの声だ。

「ご用命でしょうか、旦那様。おっと奥様かお嬢様?」

 小太りで背の低いの男が現れた。広ツバ帽をかぶり、大きめのトレンチコートを着ている。帽子をとって一礼すると、はげた頭に手ぬぐいのねじりはちまきをしていた。

……いやな予感がした。コートの前をパカッと開くと素っ裸なんじゃなかろうか。

「法的な助言をお願いします」と寧々さん。

「いや、その前に名刺をいただけますか?」と私。

 てけてけ――もとい、鹿島検非違使が怪異なら、このおっさんも絶対に怪異の一種だ。うかつに信用できない。そもそも全員が葉っぱを頭に載せたタヌキだった、なんてオチもあり得るのだ。

「はい、どうぞ。おや、名刺入れ、どこにやったかな」

 すたすた坊主はトレンチコートの前をはだける。

 案の定、裸だった。いや、しめ縄のような廻しを締めていたので正確には素っ裸とは言えないか。しかし、この冬の真っ盛りに何て格好をしてるんだ。

「おっと、あったあった、これです」

 名刺には、願人友右衛門、と書いてある。住所は、下京区になっていた。

「ちっ、やっかいなのが来たわね」

 検事は露骨に苦々しげだ。

「おや、これは鬼検事カシマさんじゃないですか。おなつかしい。下山総裁事件以来ですな」

「いえ、その後も幾度か会ってますよ」

「でしたっけな。あれはあまりにひどい事件だったゆえ、印象に強く残っているのでしょう」

 何やら常人にはうかがい知れない当てこすりの応酬がなされているようだ。

「さて、と。依頼人はこちらのお嬢様でよろしいかな」

 すたすた坊主あらため願人友右衛門氏は寧々さんの方を向く。

「いえ、私です」

 私は、メリーさんの部屋の家宅捜索が今まさになされているのだと説明する。

「なんと! 被疑者の立ち会いもなく家宅捜索ですか! 秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)をうたう検事殿としてはあるまじき手抜きですな」

「任意で捜査協力してもらっているだけよ」

 願人弁護士、見かけによらず切れ者なのかもしれない。

「ふむ。それならこの部屋の住人に立ち会ってもらえばいいじゃありませんか。ねえ、鹿島検事殿」

「は?」

 私と鹿島検事が同時に声をあげた。


「というわけで、先ほどからやきもきしておられるここの住人です」

 友右衛門氏が指さしたのは、ガラスケースに入った市松人形だった。

「くっ、こんな所に……」

 てけてけである検事には、棚の上までは見通せなかったのだろう。

「ケケケケ……」

 検事の部下によってケースから取り出された雅は、いやな笑い方をする。そういえば、この子は鵺の怪異と死闘を繰り広げていたツワモノなのだ。凶器を持たせてはならない。

「そこはガンロッカーやよ。鍵はあたしが持ってる。銃砲所持許可証も入ってるので確認してね」

 雅は懐から南京錠の鍵を取り出す。

「サツキが開けてね」

 鍵を受け取り、南京錠を開く。

 冷蔵庫の扉を開くと……

「バン! なんてね、ケケケケ」

……雅ちゃんよ、心臓に悪いぞ!

 冷蔵庫の棚には、例のボルカニック・リピーティング・ピストルと信号弾用のピストル、その他雑多な銃器が置いてあった。それぞれに銃砲所持許可証がついている。

 ……いつの間にそんな免許、取ったんだ!?

「競技用ね。問題はなさそう」

 検事は許可証を確認して元あった場所に戻す。

「その瓶は?」

「ア・バオア・クーらしいです」

「またやっかいな物を…… あれって飼育許可いったっけ」

「いりません」と願人氏。

「いいわ。全て適法」

 私は、雅に促されて鍵をかける。

「あのー、今更なんですけど、メリーさんって逮捕されたんですか」

「ええ、もちろん」

「何の罪で? 怪異殺し?」

「ええ。でも『ベッドの下の殺人鬼』はまたどこかで湧いて出るだろうから傷害罪止まりね。大きいのは昭和三十年代の日本での殺人容疑が数件。これは当時の法律ではもう時効なんだけど、海外にいる間は時効が停止されるのよね」

 検事は、そわそわして機嫌が悪そうだ。部下たちは本棚をつついているが、何かが隠されているというわけでもない。

「そろそろお帰りになった方がよろしいんじゃないですかな」

「ケケケケ。タスケテ、タスケテ……」

 怪異二人にはやされて、てけてけ――もとい鹿島検事は車椅子に戻った。

「ご協力、ありがとう」

 なけなしの威厳を保ちつつ、部下に引かれて後ろ向きで廊下へと退場する。

「さて。私はこのあとメリーさんと接見ですな。元日早々、楽しいことになりましたよ」

 願人氏は帽子をとって一礼すると去って行った。


「ごめんなさいね、変なことに巻き込んじゃって」

「ううん、ええんよ。けど、なんか変な人たちやったね」

……怪異ですから。

 私は改めて寧々さんに年が開けてからの異常事態の話をする。

「メリーさんのことをみんなが忘れた!? そんなことがあるんかしら」

 スマホの画像を開く。

「ほら、写真もきちんと残ってるえ」

 本当だ。私は思わず涙ぐむ。それとともに、急にお腹がすいてきた。というか、二人そろって腹の虫が鳴り出した。

「そうだ。寧々さん、鯖寿司食べる? 年末に作ったんだけど」

「うん、ありがとうよばれるえ」

 かくして、メリーさんの部屋に鍵をかけて自室へ戻る。

「お雑煮も作ったんだけど、味を見てもらえるかな」

「おおきに!」

 本場の京都で本場の京都人に白味噌の雑煮と鯖寿司をふるまうという希有な体験をしたのでした。


 寧々さんが帰ったあと、メリーさんから電話がかかってきた。

「あたしメリーさん。今、留置所にいるの……あたたた、わかってます、逃亡はしませんって」

 電話の向こうで、刑務官か誰かにつねられているようだ。

「簡潔に言うね。さっき弁護士のすたすたさんが来て、一回だけ電話をかける権利をとってくれたの。あの人、京都で一番の弁護士なんだって。で、ようやくさつきに電話できたというわけ」

「心配したよ! 大丈夫だった?」

「うん。で、お願いがあるのだけど。……私のパソコンから論文を送信してほしいの。これが最優先。もう送信するだけになっている。パスワードは、文化系クラブ棟の守護神のお付きの動物の名前と、プランク定数の最初の五桁。メールソフトのパスワードは私が今、一番頼りにしている人の名前を英語にしたものと、鼻紙っぽいって笑ってた定数の最初の五桁。これが済んだら、さつきのお婆ちゃんの家によって私のパスポートをとってきてほしいの」

「え? ええっ?」

「青い目をしたお人形は~の歌を知ってるわよね。アメリカ生れのセールロイド。あれ、本当は歌が先にあって、あとになって人形が日本に贈られたの。その時にあたしのパスポートがついてきたの。それを探し出して」

「う、うん」

「パスポートが見つかったらそれ持って大阪の米国総領事館に行って連邦保安官のウィリアム・ケインって人に会って。たぶん、何度か断られるだろうけど粘り強く交渉して。で、米国市民が日本で拘留されているからって直接助けを求めて。ネイティブアメリカンだから、会えばすぐにわかると思う。メモはとれた?」

「うん」

 復唱する。

「いい、わかった? まず何を置いても論文。よろしく! 次がパスポート。あ、あと鞍馬山の金星人には絶対に頼らないで。面倒くさいことになりそうだから」

 電話が切れた。

 とんとも慌ただしい正月になりそうだった。

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