さようなら、メリーさん(1)
年末の京都は予想した以上に喧噪に満ちていた。
歳末の買い出しでにぎわう錦市場に百貨店地下の食品売り場。年越しを京都ですごそうと来訪した内外の観光客。そして、師走の街をにぎやかす謎の行列。
赤色の仮面に四つの目がついたそれは、おそらくは方相氏だ。肩の張った金色の袍に銀色の注連飾りのような帯をしめ、朱色の袴をはいている。手には大きな鉾と盾を構え、赤い――というか朱鷺色の衣を着た多くの配下を引き連れて街をねり歩く。まだ知られていない祭なのだろうか、カメラを向ける人はすくない。
「あれ、何だろうね」
振り返った先には、メリーさんはいなかった。
いや、正確に言うと、柱の陰で行列をうかがっている。まるで何かを目撃した家政婦のようだ。
「アレが、怖いの?」
「うん」
本気でブルっているようだ。
「たぶん、本物だよ」と小声で言う。
「え? 本物の方相氏ってこと?」
「うん。魔物をつかまえてバリバリ食べるの」
「というと、メリーさんも見つかったらアウト!?」
「そう。怪異に人権はないの」
私は、メリーさんを背中にかばいながら行列をやりすごす。
そして、二人で急いでマンションに戻る。
……どうか、メリーさんが目をつけられませんように!
私は、誰にともなく祈った。
年が明けた。
除夜の鐘とともに、メリーさんの部屋のチャイムを鳴らす。
「あけましておめでとー」
手にはお屠蘇セット――お盆にのせた銚子と盃と盃台。銚子には造花の梅をさしている。
ピンポーン、ピンポーン……
反応がない。
仕方ないので、お向かいのかがみさんのチャイムを鳴らす。
こちらも返事がない。わかってはいたけど、たぶん実家に帰ったのだ。
しょぼん。
自分の部屋にもどって、ミニ鏡餅と差し向かいで手酌である。
……せっかく日本のお正月を教えてあげようと思ってたのにな。
頑張ってそろえた白味噌のお雑煮セットや、年末に作って重い専門書の下で絞められている鯖寿司が虚しく自分のお腹におさまりそうな予感がする。
パソコンを立ち上げて、ネット動画の配信予定を見る。
かがみさんの放送予定は、三が日はゼロ。
ミステリー研のグループネットでメンバーの予定を見てみる。
寧々さんとすずねさんから、二日の初詣へのお誘いが来ていた。明治天皇陵という京都人ならではのしぶいチョイスだ。ここで伏見稲荷大社や八坂神社や平安神宮を選ぶと、初詣の人波にのまれて遭難するはめになる、らしい。澪さんは、大阪の実家で地元の友達と遊んでいるようだ。アマリ会長は小正月が明けるまで実家でぶらぶらしているとのこと、サバエ先輩は…… なんと、海外旅行ですとー!? 大饗先輩は…… そもそもメンバー予定を上げていない。
というわけで、することのない私はふて寝した。元旦は一人で八坂神社に初詣。そのあと、バスに乗ってふらりとミステリー研の部室へと向かったのだった。
戻って来た等身大メイルちゃんを眺めてほっとしつつ、誰もいない部室へと向かう。
とりあえずノックして……
「どうぞ」
会長ののんびりした声が聞こえた。
「え? 会長、実家じゃないんですか?」
「うむ。僕の実家は京都市内なんだよ。ここなら暖かいし、世間の喧噪から離れて読書ができるからね」
「何を読んでるんです?」
「『獣人戦隊ボギーワン』。このミステリィがすばらしい、で紹介されたラノベだよ」
恥ずかしそうに表紙を見せてくる。
……納得しました。
大学院生が家族の前で読むのにはかなり恥ずかしい表紙でした。
あらためて型どおりの新年のあいさつをかわす。
「で。今日はいつもの人形は抱えてないんだね」
「え?」
「メリーさん人形。ほら、毎回着せ替えてるから、振り袖でも着せてくるかと期待してたんだが……」
会長、はっとした顔になる。
〈まさか、人形だとか言っちゃまずかったのか!?〉という心のつぶやきが聞こえるようだった。
そしてフォローする。
「その、お友達は置いてきちゃったのかな、て。ははは」
「えっと、それは」
頭の中が真っ白になった。
……メリーさんが、人形!?
「あの、会長、いいですか。鞍馬山に行った時の集合写真を見せてもらっても……」
「あ、ああ」
会長は、スリープ状態から復帰し、同じくスリープ状態のパソコンを起動する。
ファイルツールから写真フォルダーを開く。
思い出の写真がサムネイルで表示される。
「巨大天狗面か。今頃、雪に埋もれてるだろうな」
そこには、迷彩服を着たビスクドールを抱える私が写っていた。
「岡山旅行の時のも見せて下さいよ」
「ああ。あれは愉快だったな。またみんなでどこか旅行に行きたいものだ」
鍋を前に乾杯する私たち。そのテーブルには、クラマトの缶を両手両脚の間にはさんだピンクの服の可愛いドールがいる。
「倉敷のは……」
天使の像の前に坐らせたドールを、仰角で撮ってある。晴れた空とドールの白いドレスが対照的だ。
「会長、写真、うまいですね」
「ありがとう。……こうやって過去を振り返るのも、元日としてはいい過ごし方だなあ」
……違う。そうじゃない。
会長はメリーさんのことを覚えてないの? あのご陽気で自信家で歌が大好きなメリーさんを。
「会長、メリーさんの本名、覚えてます?」
「ああ。メアリー・ジェーン・ウィンチェスターだっけ?」
……ジェーン!?
「って、間違ってたかな。そう、ウィンチェスターなのは確かだ」
多分、それは私がいない時に本人が言ったのだ。私は彼女のミドルネームを知らない。
「『陸軍中野学校』って、私、見たことがないんですよ」
「そうか。あれはいいぞ。日本のスパイ映画の最高峰だ。……って、見てなかったっけ? たしか前にみごとな返しをしてくれたような記憶が。そう、確かメリーさん人形に敬礼させてたよね。ネットミームで覚えたのかな」
……ダメだ。全ての記憶が改竄されている。おそらくデータもそうだろう。
多分、原因は方相氏だ。すると、メリーさんは、食べられてしまった!? 怪異は狩られると現実が繕われる? 私の大切な友達がみんなから忘れられて、数年後には――悪くすると数日中にでも私の記憶から失われていくの?
私は目眩をおぼえてその場に崩れ落ちた。




