怪盗せきそろ(4)
数日後の夕方のニュースで、京都の笑えるニュースとして怪盗せきそろの犯行が放送された。
「大学生による、歳末の風物詩を復活させるこころみだそうです。なかなか趣深いですね」と微笑ましげにまとめるアナウンサー。
……いや、まあ、間違ってはいないけどね。これじゃただの伝統行事だよ!
マスコミに期待した私たちがバカでした。
その点、ミスティックムーンナイトの方は誠実だった。マジカルメイルちゃんは「盗まれた」とはっきり言ってくれたからだ。
府立大の方では、大きな進展があった。森林保全クラブの部長――真瀬くるみさんが、端田さん他二名に付き添われて事情説明に現れたのだ。
「私の知り合いが迷惑をかけてしまい、まことに申し訳ありません!」
くるみさんは平身低頭だ。
「君が知っている範囲でいいので、事情を話してくれないか」と会長。
この人、いざとなるとそれなりの威圧感が出せるんだね……
「はい」と、借りてきた猫状態のくるみさん。
「冗談だということはわかっているので、怖がらなくていいんですよ」と私。
「はい」すがるような視線を向けてくる。可哀想に。
くるみさんが話してくれた経緯はこうだ。
幼なじみの柴田連吾というお調子者がいた。座右の銘は「おもしろくなきこの世をおもしろく」。中学、高校、とバカ企画を色々と立案してきた猛者で、その夢は京大に入ってバカをやらかすこと、もちろん一年留年して五回生で卒業するのが理想だ。が、いかんせん、学力がともななっていなかった。実家が工務店で、親は実学の山科工科大学をプッシュ。記念受験した京大には落ちて、仕方なく山工に入った。そこで「おもしろバスターズ」という同好会を結成し、クイズ研究会にもいっちょかみした。さんざっぱら大言壮語をしていた割に大学対抗クイズ大会では緒戦敗退。ちなみに座右の銘を言ったのが坂本龍馬だと思い込んでいたというからとんだおっちょこちょいだ。
「で、『おもしろバスターズ』で合コンを企画したけど女子が誰も来てくれないからって、拝み倒されて参加したんです」
……いやまあ、参加してあげたくるみさん、ボランティア精神にあふれすぎですよ!
「そのあと告白されたんですが、お断りしました。政治家になって日本を変えるとか言ってて、さすがにあきれて縁を切ったんです。もう連絡しないでほしいって」
笑いそうになるのをぐっとこらえて涙が出てきた。絵に描いたようなダメ男だ。
「ありがとう。で、マジカルメイルの人形がどこにあるか、心当たりはないかな」と会長。
「おそらくは演習林のどこかだと思います。隠せる場所はいくらでもありますし」
「府立大学の演習林が近くにある所はないかな」とメリーさん。
「はい。美山町――今の南丹市の演習林とは敷地が隣り合わせです。でもなぜ?」
「府立大の犯行に見せかけるために」
純真そうなくるみさんは、見る見る顔面蒼白になった。
くるみさんのケアは府大チームにまかせて、私たちはメイルちゃん人形のありかの検討にとりかかった。
「美山町、というと京都の北端近く、車で一時間半といったところか。そこに隠されたら大変だなあ」と会長。
「ネットウォッチングの方はどうなってるの?」と澪さんにきく。
「動きが止まっています。酔っ払いおじさんのアカウントだけは更新されています。『渋柿屋はなれ、最高!』『串カツ六角亭で創作串に舌鼓』『氷崎でカレイの煮付けうまうま』……」
「すごいな。この人、山科のグルメマスターかよ!」とサバエ氏がチャチャを入れる。
「メイルちゃんが盗まれた日の投稿は?」とメリーさん。
「ありません。翌日は『渋柿屋はなれ』に行っています。なんか、色んなドリンクがセルフで飲み放題らしいです」
「そこだ!」とメリーさん。「怪盗せきそろの打ち上げ会場。多分、演習林には隠してない!」
「どうしてそう言えるの?」
「魔界探偵としての勘よ!」
……言い切りやがりました。
というわけで、私たちは「渋柿屋はなれ」に突撃した。
平日の夜、それも開店直後ということで予約は簡単だった。
お店の奥のはなれ座敷を独り占めする。
そこで私たちは驚愕することになる。
「メイルちゃん人形だ!」
等身大人形が床の間に飾られている。
ざわついていると、料理を持ってきたお店の人が説明してくれた。
「昔、お店の常連だった方が寄付してくれたんですよ。在学中にはお世話になりました、て」
確かに、屋外で風雨にさらされていた人形という感じではない。
澪さんがタブレットで確認する。
「確かに、事件の前からここにあったようです。いろんな人のつぶやきに出てきます」
「これでクロが確定しました」とメリーさん。「酔っ払いおじさんは、あえてメイルちゃん人形をはずして写真をとっています。普通、画角に入れないはずがないのでーす!」
「ふっ、策士策におぼれたパターンか」
サバエ氏が二杯目のスクリュードライバーを作りながら言った。
宴もたけなわ、ドンドン、と太鼓の音がした。
「失礼します。混み合ってまいりましたので、ご相席をお願いします」
お店の人が衝立を出して部屋を区切る。
奥の座卓にどやどやと人が入ってきた。多少、出来上がっているようだ。
「やあ、失敬失敬!」
同じ学生と見て取ったからなのか、やたらフランクな人がいた。
「君たちも忘年会?」
「はい」
面倒くさそうなので、適当に答える。
「どこの団体?」
「ミステリー研究会です」
嘘はついていない。
「あー、じゃあ、このミステリーを一つ解決してもらえないかな。今、3Dスキャン室を『おもしろバスターズ』が占拠しているんだが、なんとか追い出す方法はないかなあ」
「は、はあ……」
「ちゃんと申請は通ってるの?」とメリーさん。
「ああ、通っている。けど、申請期間がおわっても『もうあとちょっと』で先延ばししていて、僕らが使えないんだ。3Dスキャン室は、順番待ちが大変でね。なんとか年内に作業を終らせたいんだけどなあ」
「スキャンだけで、形成は必要ない?」
「ああ。スキャンデータだけ取れたら最悪、形成は年をあけてからでもいいんだけどな」
そう言いつつ我が家の感じで冷蔵庫からフリードリンクを引っ張り出す。
「それなら、他の大学を当たってみたらいいと思うの」とメリーさん。
「どこかアテはある?」
「京大はどうなんです?」アマリ氏にふる。
「うーん、きいてみてもいいが、コネがないし、ちよっと時間がかかるなあ」
「美大はどうかしら」と私。ちなみに、3Dスキャン室があるのかどうかすら知らない。……多分、あると思う。美大なんだし。
「府立大はどうでしょう」とスマホを見つつ澪さん。
「スキャンするのは何だね」とサバエ氏。年齢的には助教か准教授に見える外見なので、威厳がある。
「皇塚の近くで発掘された巨大埴輪です。ようやく修復がおわって、いざスキャンして展示用の複製を作ろうとしたら、これですから。僕らとしても、あまり動かしたくないんですよね」
ひとしきり、おもしろバスターズへの悪口が続く。やれ、勝手にトラックを持ち出して給油もせずに返しやがっただの、夜遅くまで構内でリヤカーを引き回して踊り騒いでいるだの。
「名刺をいただけますか。スキャン室のあきがあればお知らせしますが」とサバエ氏。
「ありがとうございます」
ひとしきり名刺交換の儀礼が交わされる。
「文化財工学研究室ですか」
「京大の!? 物性物理学科ですか」
「主に接着工学を扱っています」
「おおっ、それはすばらしい!」
二人はポリカーボネイトがどうの、紫外線がどうのと、難しい話を始めている。
もうこうなったら周りの人間は結界の外だ。
隣りでは、テンソル音頭を踊り始めた。山工の伝統(!)の踊りらしい。
「いわくテンソル、いわくテンソル……」
ノリが京大に似ている。
「……緊迫、不安、不和のしらべ!」
なんかオチがひどい歌だ。
メリーさんも歌い出した。
「をらふくのり、かりがまひらくとのぐれつれをのべた」
私も輪唱で続く。微妙に歌詞がずれているので、絶妙のタイミングで合せなくてはならない。澪さんは、目を丸くするばかりだ。
こうなるともう歌垣である。衝立を取っ払って飲めや歌えの大騒ぎ……
こうして、渋柿屋の夜はふけていった。
結論から言おう。
私たちはメイルちゃん人形を取り返すことは出来なかった。
3Dスキャン室はキーカードで管理されていて、しっかりと施錠されていたからだ。扉をどんなに叩いても中から開く気配はなかった。メリーさんが「スタンガンで鍵を壊す」とか言い出したので、それはさすがに止めた。
そのかわり、「おもしろバスターズ」が勝手に建立したという「山科ザウルスの像」を奪い取ってきた。大きさはお地蔵さんほど。ミステリー研と文化財工学研究室の連合軍は謎の歌を歌いながら「山科ザウルスの像」をひっこぬき、あとに残った鉄筋に「怪盗キャッツ参上!」と書いた段ボールをぶっさして帰ってきた。像はステンレス製で一見重そうだが、中には土が突き固めて詰めてあるだけだった。土を捨ても重いので、帰り道にあった「だんじょ水」のお地蔵さんに託してきた。「男女」かと思って説明を見たら「談所」のことらしい。たぶん、登校中の山工生がみつけるか、地元の方が遺失物として届け出てくれるだろう。
巨大埴輪像は府立大学に運ばれて年内にスキャンを終え、3Dプリンティングは来年へと持ち越しになった。
メイルちゃん人形は、大晦日に帰ってきました。




