怪盗せきそろ(2)
「ちょっと待ってくれ」
アマリ会長が、うめくような声をひねり出して言った。
「あそこはそんな学風じゃないんだ」
「学風?」とメリーさん。
「大学の雰囲気のことだ。あそこは実学中心でとてもおとなしい。京大のように傲岸不遜、奔放無忌な雰囲気はない。『せきそろ』をするような度胸もないと思う」
「そう言われればそうかもしれない。府立大学は女子率が六割のはんなり大学だ。これは、一応も二応も情報を整理する必要があるぞ。天王寺君。SNSの情報を時系列で読み上げてくれ」
サバエ氏がうながす。
「はい。まず、和菓子屋さんの『またなんか面白いことしたはる』という写真付きの投稿があります。上から見た『せきそろ』の写真で、はっきりとメイルちゃんが写っています」
「タイムスタンプは?」
夜の十時頃だ。
「霧島君。そのつぶやき主のアカウント開設は?」
「えっと、二〇一一年です」
「つぶやきの内容は?」
「身辺雑記と、季節の和菓子の紹介です」
「ファクト!」
目覚めた眠れる獅子は、ホワイトボードにタイムスタンプと「和がし T」と書く。TはトゥルースのTだろう。
「次」
「『お祭り?』というつぶやきです。リヤカーをひく覆面の人たちを後ろから撮影しています」
「霧島君」
「二〇一八年、音楽とグルメの人です。たまに映画評」
「ファクト!」
タイムスタンプと「お祭り T」と書く。
こうしてファクトチェックを続ける。
出町柳駅の近くまでは、Tが続いた。
「次」
「酔っ払いおじさん。『これは一種の時代祭?』。斜め正面からの写真です」
「開設は?」
今年の十一月、内容は主に、山科駅前での飲み歩きだった。
「背景は?」
「えっと、松並木の通り?」
「これはおそらく河合神社の西側だ」とスマホの画面をチラ見したサバエ氏。
「ダウト」と言いながら、会長は白板にタイムスタンプと「時代祭 D?」を書き付ける。
「次」
「開設は今年の十一月」
内容は、出町の亀形の飛び石、鯖街道口の石碑、近辺の飲食店の紹介だった。
「うーん、半分ダウトかな」タイムスタンプと「亀石 D?」を書き付ける。
こうして、ファクトチェックは続いた。
いずれの写真にも、特定しやすい場所が写っていた。
老舗のみたらし団子屋、有名なラーメン屋、閉店してしまった本屋、地名のわかる歯科医院、ちょっと名の知られた洋菓子屋さん。
わかりやすいランドマークの前を通り過ぎつつ、リヤカーの一団は京都府立大学へと向かう。しかし、その情報源はのきなみ十一月に作られた新規アカウントなのだ。フォローしているアカウントも「必ずフォローバック」系が多い。
「あやうく騙されるところだったな。怪盗せきそろの情報工作は先月から始まっていたんだ。そして、そこそこ信憑性のあるつぶやきを載せることでカモフラージュしていた。けど、さすがに数名でいくつものアカウントを現実味のあるものにするには限界がある」
「つまり、出町柳以降の情報は全てフェイクですか!?」と私。
「そうだ。だが、このあとの追跡の方針が立たない」会長は、腕組みをして考え込む。
「ここはあたしの出番のようね」
メリーさんが立ち上がった。
「ここで注意すべきなのは、偽つぶやきの内容です」
「は?」
「たとえば、山科での飲み歩き。これは本人がこのあたりをうろついているから撮れたものです」
確かに、「酔っ払いおじさん」のつぶやきにはリアリティーがあった。焼き鳥の写真とか串揚げの写真とかは、その場に行かないと撮れないものだ。
「亀石の写真も、何かのサークルで撮った感じがします。案外、犯人が写っているかもしれません」
会長が、モニターにつぶやき画像を拡大表示する。
「ほら、ここに何かのロゴが……」
エコバッグに記されたKPUの文字。そして、ダチョウのイラスト。
「これは…… 府立大学のバッグだな」
会長がつらそうに鑑定した。
「そう、それこそが犯人の仕掛けた罠なのです」とメリーさん。「おみやげのエコバッグ一つで我々は騙されてしまいます。そして、この写真には女性が一人しかいません。女子率六割の大学という感じではないです」
そう。そこにはオタサーの姫らしいロングスカートの子が一人だけむくつけき男たちに混じっていた。本物の府立大生がたまたま参加しただけかもしれないが。
「容疑者を絞り込みましょう。男子率の高い学校、もしくはサークル。府立大学に犯行をなすりつけて京大を笑いたいところ。計画を十一月から立てて実行に移すおちょけた集団。何か心当たりは?」
「そうだな。うーん、大学対抗クイズ大会で惨敗したのは確か……」
「山科工科大学だ!」
「どんなクイズだったの?」とメリーさん。
「ああ。『ジョルダン細胞とはどういう細胞か』とか『リーマン予想とはどういうものか』ってヤツだ。あいつら『万能細胞』とか『経済破綻の確率的予想』とか答えてたよなあ」
わっはっはっ、と笑い合う二人の先輩とメリーさん。
何がおかしいのかはわからなかったが、とにかく爆笑物の回答だったらしい。
「それで京大と府立大に恨みを抱いた?」
「可能性はあるな。山工のクイズ研究会。最初に現れた時はえらい自信っぷりだったが、最後はしょぼんとなって帰って行きおった」
「山工ならリヤカーやトラックはキャンパスにあるだろう。出町柳の駅前でリヤカーを撤収、あとは持ち帰ってどこかに隠すというわけだ」
澪さんが制止する。
「見込み捜査は身の破滅ですよ。ここは一つ、地道な調査をして……」
「そうだ! 府立大と共同戦線を張ろうよ!」
メリーさんが提案した。
SNS――ソーシャルネットワーキングシステム。その利点は全く知り合いのない相手とも連絡がつけられることだ。その日、私たちはさっそく府立大のクイズ研究会と連絡を取った。最初は「ミステリー研究会」ということで警戒したようだが、会長の簡潔にして要領を得たメールで彼らも信頼したようだった。
会見は翌日に実現した。
「府立大のクイズ研究会会長、端田と申します。このたびはメイルちゃん誘拐事件、災難だったと心中お察しします」
現れたのは神経質そうな女性だった。礼儀正しく名刺を差し出す。背後には、男子一人、女子一人。私たちは会議机を挟んで向かいに坐る。
会長はあらためてリアカーの件を説明する。そして、怪盗せきそろが府立大に罪を着せようとしていること、その解析の結果、出町柳のあたりで信頼できる痕跡が消えていること、を話した。その上で、共同戦線の確立を提案する。
「それは構わないのですが、私たちに何かお手伝いできることはあるのでしょうか」と端田さん。
「ではさっそくですが、この女性に心あたりはありませんか?」
モニターに、亀石の上に立った女性を示す。
「この子が何か……」
いぶかしげな表情だ。思いあたる節がなければすぐに否定するだろう。ということは知り合いか?
会長はホワイトボードに書いたままのSNS解析結果を示して「亀石 D?」のSNS投稿について説明する。
「彼女の友達がおそらくは怪盗せきそろのメンバーなのです」
府立大チームは相談をする。
そして、回答が出た。
「彼女は森林保全クラブの会長です。山科工科大学の森林保全クラブとの合コンに行ったときの写真だと思います」




