怪盗せきそろ(1)
十二月に入ったある日。
ミステリー研の部室に行こうとしていると、文化系クラブ棟の前に黒山の人だかりが出来ていた。
「せきそろだ!」「せきそろが出た!」
そんな会話が聞えてくる。
私も、物見高く隙間からのぞく。
皆の視線をたどると……
なかった!
文化系クラブ棟の守護女神、あの可愛くもいさましいマジカルメイルちゃんの等身大フィギュアがなくなっていたのだ!
そして、入り口の緑色の掲示板には「怪盗せきそろ参上!」と太いペンで書かれたコピー用紙が画鋲で乱雑に貼り付けられていた。この二つを併せて推理すると、「怪盗せきそろ」がメイルちゃんを盗んでいったということのようだ。
とりあえずスマホで犯行声明の写真を撮って部室へと向かう。
そこには、頭を抱えたアマリ会長と、目がわくわくを隠しきれない澪さん、そして放心したメリーさんがいた。
あいさつもそこそこ、入り口の騒ぎについてたずねる。
「何なんです、あの騒ぎは」
「怪盗せきそろだ。季節の風物詩だよ」
会長がこたえる。
澪さんが補足する。
「会長は、文化系クラブ棟の、今年度の防犯委員なんです」
そういえば、部室の入り口にそんな木札がかっていた気がする。くすんでいてよく読めない木の札だ。
「油断していた。まさか本当にやってくれるとは!」
会長はショックで使い物にならなそうなので、澪さんにきく。
「怪盗せきそろ、て何なんです?」
「なんか、京大の歳末の風物詩らしいですよ」
澪さんの説明はこうだ。
その昔、京都には奇妙な風習があった。師走になると、赤い布で覆面をした賤民が商家に上がり込み、ゆすりを働くのだ。人数は数名。大将は菅笠をかぶって羊歯の葉を笠にさし、配下はほっかむりに羊歯をさす。ずかずかと通り庭に入り「ぞろりやぞろり、ぞんぞろり、めでーたいなめでたいな」と歌い踊るのである。相応の銭や米を与えるとお礼を言って帰るが、それをしぶるとそこらにある適当な品物を持って行ってしまうのだ。
「松尾芭蕉の俳句に『節季候も来れば風雅の師走哉』というのがあるのだけれど、これは京都滞在中に詠んだと言われているの。前書きに『果の朔日の朝から』とあるから十二月の一日から活動していたみたいよ」
「で、それがどうしてメイルちゃんを盗むことにつながるの?」と私。
「それについは、僕から話そう」
扉をあけて入ってきたサバエ氏が発言した。
「そもそもは、忘年会での冗談が始まりだったんだ。せきぞろの門付け芸を復活したらどうだろうってね」
「門付け芸!? 泥棒じゃないですか」
「まあ、そうとも言える。ただし、僕らはルールを作った。一つ、サークルに関する物しか盗まない。二つ、盗んでもいいが汚損してはならない。三つ、犯行時に歌と踊りと仮装は必須。四つ、犯行声明は必ず目立つ場所にわかりやすく残す。五つ、あくまでも冗談なので、年内には元の場所に戻す。六つ、警察沙汰にはしない。七つ、暴力は使わない、あと何だっけな。まあそんな感じだ」
「僕らって、誰なんです?」
「京都文化サークル連合会だ。大学間でゆる~い連携をしている任意団体だ」
「通称、バカ連合会」とアマリ氏。
「そうくさすな。バカやるのは京大の伝統だろ」とサバエ氏。
そう。京大の卒業式が仮装パーティーと化しているのはもはや周知の風物詩だ。受験生に向けた折田先生像の飾り付け。百万遍の交差点でコタツを置いて鍋をしたり、石垣カフェ事件なんてのもあった。伝説によると、旧制三高時代に始まった南洋踊りや、学祭で寝台によこたわる人を展示した「身体(寝台)髪膚(白布)これを父母より受く、あえて毀傷(起床)せざるは孝の始めなり」事件、鴨川のカップル間距離計測事件などもあったらしい。
てな馬鹿話に興じていると、メリーさんが機械仕掛けのようにすっくと立ち上がった。
「アマリ会長は防犯委員としてのつとめをはたすべき時なのでーす。まず、手掛かりとなる犯行声明の紙を確保するの。そして、犯人をとっ捕まえて、メイルちゃん像を取り戻すの!」
「あ、ああ」
会長がよろよろと立ち上がる。そのあまりの頼りなさに、私は思わず名乗りをあげた。
「私たちが行きましょう」
「そうなの。女子の方がもめないと思うの」
「あ、ああ」
溶けたアイスよろしく椅子に戻る会長だった。
犯行声明の扱いについては、京都文化サークル連合会の内規には定められていない。サバエ氏に確認したうえで、私とメリーさんは人だかりに突入、「防犯委員です。証拠を押収して調査します」と宣言して掲示板に手を伸ばした。一部、反発の声も上がったが、そのコピー用紙が裏紙だったことで私たちの捜査方針に真実味が出てきた。
「これは、文化系クラブ棟に対する挑戦です。情報は逐次、ミステリー研究会のSNSで公開します。それでいいですね!」
強引に押し通す。
SNSにはすでに色んな情報が集まっていた。リヤカーを引いた「怪盗せきそろ」ご一統の目撃情報だ。
そこに、犯行声明の裏の写真を投下する。
どこかの大学の時間割のコピーのようだ。ただし、文字化けが著しい。ということは、「怪盗せきそろ」は謎解きを仕掛けている!
「今時、文字化けですか。復号ソフトを使えばこんなもの、簡単なのでーす!」とメリーさん。
……けっこう人をおちょくった内容でした。
「で、質問があるのだけど」
メリーさんが真剣な表情でたずねた。
「怪盗せきそろ、て書いてあるよね。でも、人によってはせきぞろとも言う。どうして?」
「正式にはせきそろであっています」と澪さん。ネットで拾った江戸時代の絵を見せてくれる。
「ほら、ひらがなで『せきそろ』って書いてあるでしょ。節季でそうろう、だからせきそろ。だけど歌の『ぞろりやぞろり、ぞんぞろり』に引きずられて『せきぞろ』が一般化したみたい」
「ということは、犯人は古典に詳しい人?」と私。
「かもしれない。あるいは、そう聞いてそのまま書いたか」
パソコンを見ていた澪さんが、SNSの調査結果を発表した。
「 怪盗せきそろの行き先が判明しました。出町柳を越えて、府立植物園の方に向かったようです」
「府立植物園?」とメリーさん。彼女には土地勘がない。
「その横に京都府立大学があるの。私もカリキュラムを選択しようかと思ったけど、場所が遠くてやめました」
サバエ氏が「あちゃー」と言いつつ額をおさえる。
「府立大といえば、去年の大学対抗クイズ大会で京大と優勝を競い合ったところじゃないか。その時の恨みを晴らしに来たというわけか!」
「というと、最大の容疑者は、府立大のクイズ研究会!?」
事件はあっけなく解決しそうだった。




