白壁の主(3)
「サバエ君の発想はよかったと思うよ。隠し通路はあったんだから」と会長。
「ねえ、蔵の周りも見てみようよ」
メリーさんが立ち上がった。
蔵の周りは、なんということのない土の地面だった。周三さんが日課の草むしりをさぼらなかったおかげで、歩きやすいことこの上ない。
「この裏手は、教会の畑なんですね」
「はい。慣れないながらも、芋やカボチャを育てています」
確かに、京都で小さな工場をしていた人に農業は難しそうだ。
「うーん、隠し扉はなさそう」
蔵の周りをつんつんするメリーさん。
「思っていたより大きいんですね」と私。
「ああ。土壁の厚みは五、六十センチはあるからね。ちょっとやそっとでは破れないようになっているんだ」と会長。
「こうなったら、あの手を使うしかないか……」
暗い顔のメリーさん、何やら不穏なことをつぶやく。
「いったい、何を?」
「蔵の霊を呼び出してたずねてみるの!」
「そんな、イタコみたいなことできるの?」
「霊脳探偵の名にかけて!」
……やってもらいました。
「ぜー、はー、ぜー、はー」
閉じられた扉から出てきたメリーさんは、汗だくで憔悴していた。そして目が血走っている。
その後ろには、おぼろげなお地蔵さんの姿が見える。
「頑固だった。厳しい尋問にも何も答えなかった」
……まあ、石のお地蔵さんが相手だと、我慢比べで勝ち目はないよね。民話だと、縄かけて引きずったり、釜で茹でたりするけど、屈することはなさそう。
「み、水をちょうだい」
「はい、どうぞ」
澪さんがコップの冷水を差し出す。それを振り返って差し出すメリーさん。
「さ、お望みの水よ!」
お地蔵さんは、首を横に振る。石なのに器用だ。
「あなたは絶対に犯人を見ているはず。なのにどうしてかばうの?」
あくまでポーカーフェイスだ。おそらくポーカーでお地蔵さんに勝てる者はいない。
「あーっ、もう、蔵ぼっこ的な精霊かと思ったら、これじゃ締めようがないじゃない」
「うん。あきらめて元の世界に返してあげよ」
……ふと、視線を感じる。
周三氏をはじめ、会長、サバエ氏、澪さんの視線が痛かった。
「何このイタい茶番」と思われているのがひしひしと伝わってきた。
……私も、元々は何かが見える人じゃなかったんです。メリーさんと一緒に行動している内に、何か見えるようになってきたんです!
「もういいわ。召喚解除!」
メリーさんが尋問を投げた。
時刻はそろそろ三時。このまま謎解きにつきあっていたら月曜日の授業に間に合わなそうだ。最悪、ネカフェにこもるか……
私は、現実の問題に頭を抱えつつ紅茶を飲んでいた。周三さんが引っ張り出してきた、古い紅茶だ。
トイレを借りて戻って来たとき、私は壁にかかっている写真に気がついた。昔のクリスマス会の写真とか、そういったものが額に入っている。その中に、唯一、山口周三氏が写っている写真があった。
「これって引き継ぎのときの写真ですか?」
「はい、そうです。もう何ヶ月も前ですね。教会の地方支部長が撮ってくれたのです」
天使像のある噴水の前で、修道士の服を着た周三氏と新堀氏が並んで写っていた。この時の周三氏は今よりもずっと生き生きして希望に満ちあふれた顔をしている。けど、私の脳裏にひっかかったのはその背景、天使像の下に満ちた水の輝きだった。
「この時はまだ、水を張っていたのですね」
「ええ。私が道場長になって、水を張るのを止めました。水道代を節約したかったのです」
お地蔵さんの「水がほしい」という言葉。そして、予想以上に大きな蔵の外周。
私の灰色の脳細胞が、赤血球で満たされてピンク色にかわった、ような気がした。
「私の仮説はこうです。天使像の噴水。ここに水がなくなったため、隠し蔵の仕掛けが動かなくなってしまったのです」
「隠し蔵?」とサバエ氏。
「ええ。江戸時代、白浪五人男のような盗賊団が蔵を狙うとき、蔵の壁を壊すのではなく錠前を開いて侵入するのが常でした。とくに物資の集中するこの倉敷では、盗賊対策は重要課題だったと思います。そこで考えられたのが隠し蔵です。中には、ダミーの蔵まで用意した商家もあったといいます。いくら錠前が破れても、中がからっぽなら盗むことは出来ません。ガラクタや価値のない商品を置いておけば、泥棒は骨折り損のくたびれもうけです。けど、本当のお宝はその奥に隠されているのです」
「ということは、水を入れるとその仕掛けが動くと?」と会長。
「ええ、おそらく。新堀さんは、その仕掛けのことをあえて山口さんには伝えなかったのだと思います。いずれここに戻ってくるもりで」
「そういえば、水道管に漏れがあるらしく噴水は止めておいた方がいいと言っておられたような…… さっそく水をはってみましょう」
「いえ、それには及びません。これはあくまで当て推量です。これを解決するには……」
「奥の壁をぶちぬくのね!」とメリーさん。
「いや、まず計測によって隠し部屋があることを証明するんだ」とサバエ氏。
「とりあえず、空洞があるかどうかを確認してみよう」と会長。
手順はこの逆で進んだ。
蔵の奥の棚。その向こうはどう見てもただの漆喰塗りの白壁だった。叩いて空洞の音がしたら隠し蔵にはならない。
続いてメジャーを使った計測をする。紙と鉛筆の出番だ。結果、奥の壁が異常に分厚いことがわかった。
「ここからあとは、山口さんの決断次第です。水道代が大変でしょうけど……」
「いえ、その必要はないと思います」
スマホを触っていた澪さんが断言した。
「もうじき線状降水帯がやってきます。雨で満たせば水道を使う必要はありません」
そう言っている間にも、外からけっこう激しい雨音がしてきた。やがてそれは雷をともなった豪雨と化した。
「いやー、まいったなあ。今日は倉敷で足止めかもしれない」会長が頭をかく。
「悲しいかな、JRは雨に弱いの」とメリーさん。
……まさか、こいつが旅行前に不吉な歌を歌っていた影響!?
「それはないの~。ただの偶然です。誓って偶然です!」
私の思考を読み取ったらしいメリーさんが、あわあわする。
そして、壁の色んな所を押したり踏んだりし始めた。
「ちょっと思ったのだけど、蔵の扉を締めないと仕掛けが動かないという可能性はないかな」とサバエ氏。
「それだ!」
私たちは蔵の中に籠もった。さすがに外の雷の音すら聞えない。
「あ、なんかぐらぐらする!」
メリーさんが壁にある柱をゆさぶった。丁度、階段の下の死角になるあたりだ。
……何も起きない。
「何か手順があるはずだ。それを守らないと、隠し蔵は出てこないんだ」とサバエ氏。
「扉の開け閉め、かな」と私。
「試してみましょう」
周三氏は、一度扉を開け放してから、再度閉じる。
何も起きなかった。
と思ったら、しばらくして戸棚が動き始めた。戸棚ごと、奥の壁が沈んでいく。ただし、ゆっくりと。
「どういう仕掛けなんでしょう」と澪さん。
「おそらくはテコか浮力か。百年以上もつのなら単純な機構のはずだ」と会長。
「少し複雑になるが、アルキメデスのスクリューポンプを使って水を汲み上げれば動力として使えるぞ」とサバエ氏。
「いや、それは保守が大変だ。僕としては、シシオドシ式の脱進機を推したいね。何せ古墳時代の碧玉製脱進機がみつかっているくらいだからね」
……この人たちの脱線癖には困ったものだ。
五分くらいはかかったろうか。手前の棚と壁が沈みきると、後ろの棚があらわになった。
そこには確かに何個かの木箱が置かれていた。
「ふむふむ。これはダミーの宝箱です」
メリーさんが、書き起こした図面を見ながら断言した。
「真のお宝は、この奥に隠されています!」
古墳時代の碧玉製脱進機……藤田美術館所蔵の「重文 歯車形碧玉製品」のこと。本当に脱進機だったかどうかは作者は知らない。




