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桃太郎奇譚(2)

 大饗おおあえ氏は慎重に切り出した。

「そうですね。桃太郎のお供についても説明しなくてはならないでしょう。イヌ、サル、キジにはそれぞれモデルとなる人がいて、おとぎ話として伝承される過程で動物になってしまったと言われています。まず、イヌは犬飼部(いぬかいべの)犬飼健(いぬかいたけるの)(みこと)。五・一五事件で暗殺された犬養毅(いぬかいつよし)首相のご先祖だった方です」

 私を含め、ミステリー研の面々が息を呑む。

犬養部(いぬかいべ)というと、各地の屯倉(みやけ)の警護に当たった一族ですね」と澪さん。

「はい。戦いの専門家です」

「サルは?」とメリーさん。

猿飼部(さるかいべの)楽々森彦(ささもりひこの)命。吉備中央町に帆立貝式古墳があるのですが、そこに葬られたと言われています。楽々森神社は大正十年に鼓神社に合祀されました。楽々森彦の娘の高田姫は、吉備津彦命にみそめられて妻になったと言います」

「キジは?」

鳥飼部(とりかいべの)留玉臣(とめたまおみの)命。この方は女性で、『吉備の国の母神様』として知られています。ひょっとしたら、留玉姫だったのかもしれません」

 ミステリー研の面々からは感嘆と困惑の入りまじった声が上がる。

「吉備津彦命と結婚して、ご子孫は、上高田の鼓神社の神職をされています。この三人は地元の豪族で、温羅の横暴に怒り吉備津彦の軍に加勢したわけです。まあ、『勝てば官軍』ですからどこまでが真実かはわかりませんが」

 会長も目を丸くしている。

「そこまで詳しく伝承が残っているとは知らなかったよ。僕はてっきり、おとぎ話から派生した後付けの説だと思っていた」

 ……私もそう思い込んでいた。

「僕も、昭和初期に軍国主義に向けて設定が作り込まれたのだと思っていた」とサバエ氏。

 得意げな大饗氏。

「他の桃太郎伝説がある土地では、ここまでしっかりした伝承は残っていません。僕ら岡山県民は、この事実を誇りにしていて、もっと多くの日本人に知ってもらいたいと思っています」

 大饗氏、語りの熱量が増す。

「きびだんごの『一つはやられん半分じゃ』というのは芥川龍之介の短編小説がもたらした風評被害なわけですが、これも吉備一国の共同統治権と理解すれば、わからなくもないです。僕は、子供や一般の人にはそう説明しています。そもそもイヌが人と同じ量を食べていいわけがないでしょう。芥川ってバカなんですか」

……かもしれない。

「鬼ヶ島ってどこなんでしょう」と澪さん。

「瀬戸内海の女木島(めぎじま)だと言われています。高松港のすぐ先にあって、瀬戸内海の交通の要所です。海賊がここを押さえていたので、吉備津彦の弟の稚武彦(わかたけひこの)命がここを攻め落としました。……というのは橋本仙太郎という戦前の郷土史家が提唱した説なのですが、瀬戸内海のどこかに拠点があって略奪をして回っていた海賊が鬼と呼ばれたのだろう、ということは言えると思います」

 そこでスマホを見ていたサバエ氏が口を開いた。

「魔法神社ってあるね。これ何なんだろう」

「は?」

 ぽかんとする大饗さん。

「いや、青いたぬきがいっぱい置いてある、て書いてあるから、てっきりどら焼きの好きなあのキャラかと思ったら、本物のタヌキの像だったよ」

 アマリ会長もサバエ氏の話に乗る

「南蛮渡来の妖怪、キュウモウ狸、か。元々は摩利支天の神社だったらしいね」

「『備前加茂化生(けしょう)狸由来記』という本があるの。嘉永二年の本だって。……いつの時代なのかな」とメリーさん。

「江戸後期だな。宣教師と共に日本に来たが、牛馬の守り神になった、とある。妙な話だ」と会長。

「魔王尊と関係はないのかな。ほら、鞍馬山の」と私。

 というわけで、桃太郎の話題はなぜか青いタヌキに乗っ取られたのだった。


 最寄り駅に迎えのライトバンがとまっていた。地元の農家の人が車を出してくれたのだ。

 大饗氏の実家は、寺か神社と見まごう豪邸だった。小高い丘の上にあって、近在の村を見渡せる立地だ。元々は庄屋で、医者と校長と僧侶を輩出しているのだとか。……横溝正史が泣いて喜びそうな家柄だ。

 客殿に通される。客間ではなく、独立した客殿だ。見た目は京都御所の御殿。囲炉裏でもあるかと思っが、中は山小屋風にリフォームされていた。

「いやー、父が強引にリフォームしちゃいましてね。何でも古代式きびだんごの会社に出資したら大当たりしたとかなんとか」

 商売上手の家系でもあるようだ。

「きびだんご、てどんなの? 食べたことない……」とメリーさん。

「もちろん用意していますよ。もち米粉とキビ粉に砂糖や水飴を加えたお菓子です。古代の戦闘用エネルギー食ですね。十五世紀には亀泉(きせん)集証(しゅうしょう)という岡山出身の禅僧が京都の相国寺(しょうこくじ)で提供していたという記録があります」

 私が食べたことのある羽二重餅風ではなく、しっかりした食べ応えのあるお菓子でした。


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