桃太郎奇譚(3)
お風呂を使った私たちは、女子部屋でだらだらしていた。
「桃太郎さんって、実在したのね。知らなかったー」とメリーさん。
「というのは、あくまでも大饗先輩の仮説ですよ。考古遺物でも出れば、証明できるのでしょうけど」
あくまで現実的かつ冷静な澪さんだ。
「でも、お嫁さんが複数いるあたりはリアルじゃないかな。『英雄、色を好む』って言うし」と私。
「吉備津彦命のお嫁さんとしては、吉備津神社の祭神の百田弓矢比売命も上げられているの。温羅の娘だったって説もあるようよ」とメリーさん。
「あー、お嫁さんの三人目だ~」と私。
「きっとあれだ! 魔王の娘を生け捕りにして『くっころ』って言わせて愛でていたらなし崩し的になついてしまった、的な」
メリーさん、サブカル研究が進んだせいか語彙がマニアックだ。
澪さんははずかしそうに話題を変える。
「ところで。『日本書紀』には四道将軍の一人として吉備津彦の命が出てきますが、『古事記』では三代前の孝霊天皇の章に出てくるんです。それも、吉備津彦命とワカタケヒコノミコトの二人の名が」
「つまり、先々代からずっと攻めあぐねていた、と?」と私。
「はい。『針間を道の口として吉備国を言向け和し』た、とありますから、播磨――兵庫県の南部を拠点にして、温羅の勢力とずっと戦っていたようなんです」
「温羅ってそんなに強かったの?」と私。
「はい。何せ、鉄の生産地を確保していましたから」
澪さんいわく、吉備津神社の鳴釜神事は、阿曽媛の一族が司っているという。敗北した温羅の神霊がついに吉備津彦命に祟ることもかなわず、命の死後はその使者となって吉凶を伝える、と約束したのだそうだ。温羅の妻は阿曽部の祝といって、その娘が初代阿曽媛。阿曽一族は鋳物師で、砂鉄で色んな物を作っていた。鍋、釜、風呂釜、鍬、大きい物は梵鐘まで。
「そりゃ強いわ。下手に放置したら戦車まで作りそう」と私。
「ねえねえ、桃太郎って、若返ったじっさんばっさんから生れた、て話もあるよね」とメリーさん。
「あ、それは江戸時代以降にできた話らしいの。色んなバリエーションができて、中には地獄から手紙をくわえたカラスがやってきて、桃太郎が地獄の鬼たちにきびだんごを持って行くって話もあるわ。その帰りに地獄のお姫様を連れ出したりして」
「ハリーポッターか!?」「ユーバーエッセンか!?」
私とメリーさんがそれぞれ違うところに突っ込んだ。
「夕食ができましたよー」
会長たちが呼びに来た。場所は「食堂」だそうだ。大饗さんについて外の渡り廊下を行く。
そこは、広い板の間になっていて、真ん中にかまどが鎮座していた。かまどには大きな鍋がかかっていて、横には大きな羽釜もセットされている。羽釜からは炊きたてご飯の湯気がたっていた。
「これ、囲炉裏?」とメリーさん
「とは違うよね。吉備津神社の鳴釜がある建物にそっくり」と私。
真っ黒な壁に謎の竹製器具がかかっているあたりも似ている。モデルにして建てたのか、それとも昔からこうだったのか。
大饗氏が料理を紹介した。
「ジビエ鍋です。地元で採れた猪と鹿を使いました。どうぞ召し上がれ」
小上がりには、木椀が二つずつ載ったお盆が人数分、お箸と共に用意されていた。
「ごちそうになります」
会長が大饗氏に手を合せて先陣を切る。
私たちも、会長に習ってご飯と鍋料理をお椀によそい、円座につく。
……美味しい! 素晴らしい!
感嘆の言葉しか出なかった。
「これは、伝統の味付けなんですか?」と澪さん。
「いえ。地区の婦人会が創作した鍋です。毎回が試行錯誤、という感じですね」
野菜と茸は地元の産物だろう。味噌の香りの他にエスニックな要素も感じる。ショウガ、ニンニク、セロリ、パセリ。洋ニンジンも入っている。この香りは何だろう。自炊用に百均で買い込んだ調味料のどれかだ。地方の食文化も時代の流れにそってどんどん進化しているのだ。
「日本酒は『冬の月』と『桃の里』を用意しました。地元のマスカット・ワインもあります」
おーっ、とのんべえたちから歓声が上がる。
「ノンアルドリンクもありますので、冷蔵庫からご自由にどうぞ」
「ここは、旅館ですか~!」とメリーさん。
「いえ、実は観光協会の研修センターなんです。地域振興のモデルケースをめざして、父が趣味でやっているんですけどね」
大饗氏の父親は、とにかくなんだか物凄い人のようだ。
その夜、私たちは客殿の広間でうだっていた。
「うえー、呑みすぎた~ もう一杯!」
ソファーではアマリ会長とサバエ先輩がぼろ雑巾のようによたっている。
「クラマトーですよ。さあ、飲んで下さい」
澪さんがかいがいしくジュースの缶を持ってくる。ハマグリのエキスが入ったトマトジュースで、二日酔いにも効く、らしい。高級バーにしか置いていない代物だ。
「クラメイトウ! ありがとう!」
メリーさんも、珍しく酔っている。肌が赤くなってごきげんさんだ。
会長、サバエ氏、メリーさんの三人は、日本酒、ワイン、ウォッカのカクテルをちゃんぽんしている。さらにウィスキーにも手を出したようだ。そろそろ危険水域に達しているかもしれない。
「さつきちゃんは偉いわね。ちゃんとセーブできている」と澪さん。
「ははは」
苦笑いする私。本当は自分をさらけだしたい、けど、醜態をさらすのはいやだ、そんな思いが自制を自分に強いているのだ。裏返して言うと、まだ本気でミステリー研の人たちを信頼していないということなのだろう。
私は、小上がりでクラマトを飲んでいる大饗氏にたずねる。
「大饗さんは、飲まないんですね」
「ええ。なんと言うか、酔って自分がコントロールできない状態がいやなんです。将来医者を目指していますから、その時にそなえて訓練しているという感じですね」
「そんなことを言っていたら、引退するまでお酒飲めないの~」
お銚子とおちょこを持ったメリーさんがからんできた。可愛いけどうざいかも。
「かもしれません。でも、外科手術で手が震えたり、網膜剥離で目が見えにくくなるのはいやですからね」
「ふーん、そういう考え方もあるんだー」
メリーさん、さみしく手酌である。
「メリーさんは、帰国したら学者になるのかしら」と澪さん。
「はい、なりまーす。そして、日本のオタク文化を武器にして、世界に平和をもたらしまーす!」
割と大きなことを言っている。
「さつきちゃんは?」
「えーっと、今はまだそんな野望はないです。卒業までのやりたいこと探しでしょうか、ははは。澪さんはどうなんです?」
「私は普通のOL、かな。商社に入って平和に結婚して波風のない一生をすごしたいかな。あるいは公務員。安定した一生をすごしたいし」
そんなのほほんとした会話をしていると。
カンカンカン……
半鐘の音がした。
「何? 何?」
メリーさんが、ピクリ、と起き上がる。そして、ふらふらと窓に行き、外を眺める。私たちは何も行動を起こすことが出来ない。日本人はいざという時のサバイバル能力が低いのだ。
「火事! 火事なの~!」
私たちはいっせいに立ち上がるとそれぞれ近くの扉や窓にとびついた。
「なんてことだ!」
大饗氏が叫んだ。
私も、自分の目で外の様子を確認した。
客殿から見えていた集落に、いっせいに火が上がっていた。
ドンドン。
客殿の扉が叩かれる。
「はいはーい!」とメリーさん。
がらがら、と引き戸が開かれ……
「う、宇宙人!?」
私はすっとんきょうな声を上げた。
参考文献:
『桃太郎と邪馬台国』前田晴人・講談社現代新書
『新・桃太郎の誕生』野村純一・吉川弘文館




