桃太郎奇譚(1)
秋。
京都は行楽シーズン真っ只中だ。
新京極や四条通には観光客があふれ、なじみのお店は冬が来るまで予約がとれない。
私たち京都を満喫したい学生にとってはつらい季節だ。
そんなある日。
ミステリー研究会の扉を開くと澪さんかニヤニヤしながらクイズを出してきた。
「おこし、煮付け、マッチ、たきび、団子。仲間はずれなのはどーれだ」
「マッチ」
私は即答した。
「おっ、撃破したか」と会長。
「理由は?」と澪さん。
「だって、あれでしょ。もーもたろさんももたろさん、の歌詞」
「うわーっ、やられたー!」と澪さん。
「さて、撃破者が優勢になってきたので、秋のミステリーツアーは岡山に決定、かな」
「いえ、あと二分あります」と腕時計を見る澪さん。
……何やってんだ、この人たちは。
隅では、撃破に失敗したらしいメリーさんとサバエ氏がぐったりしている。
「そちらの方は初めてお目にかかりますね」
見た目、私よりも若そうな人がパイプ椅子に坐っていた。
「ああ、大饗宗一郎君だ。推理小説研究会と掛け持ちしている。医学部四回生の秀才だよ」
「そんな、とんでもないです。僕なんてただの凡才です」
頭を掻きながら謙遜する。
「アマリ先輩には、小説のアドバイスをいただいているんです。今回も、びしびし朱を入れていただきました」
「うん。なかなか着眼点はいいんだ。が、たまに他の作家が書いてしまったネタかぶりがあってね。あ、こちらは霧島彩月くん。文学部の一回生だ」
京都広域大学、というのは省略されている。これじゃ秀才の仲間みたいだ、と本物の凡人である私は内心恐縮する。
……ま、いいっか。
私は大饗氏にたずねた。
「なぜミステリー研……で作品を見てもらうんですか?」
「だって、ネタを取られたら悔しいじゃないか。その点、ここは守秘義務が徹底している」
もっともな答えだ。
「で、今回は澪君のクイズが面白かったので、それを撃破できたら岡山ツアーに行こうじゃないか、て賭けをしたんだ」と会長。
「でも、ずるいですよ。大饗さんって、岡山出身だっていうじゃないですか。それを知っていたら別のクイズにしたのに……」と澪さん。
「澪さんは、どこに行きたかったの」と私。
「……白川郷」
「あー、日本一宿の予約のとれない所じゃないですか」
「そうでーす。岡山なら宿はとり放題なの」とメリーさん。
「あ、その件なら」と大饗さん。「うちの実家に泊まったらタダですよ。空き部屋はたくさんあるんで」
「よし、今回は桃太郎の秘密を探りに行こう!」
会長が、右手の拳の親指で天を衝いた。
というわけで私たちは京都駅の北口、踊るペンギン像の前に集合した。
「東が曇れば風とやら、西が曇れば雨とやら。千石積んだる船でさえ、港出るときゃまともでも、波風荒れりゃあよー、またぁ戻るー よいよい♪」
メリーさんは、なんかよくわからない歌を歌っている。
「旅行前に不吉な……」
「ブレイク・ア・レッグ! って舞台に上がる前に言うじゃない。そんな感じのジンクスだよ!」
……本当なんだか嘘なんだか。
参加者は、アマリ氏、大饗氏、澪さん、メリーさん、私、の五人だ。時間とお金に余裕がなければ旅行には行けない。必然的にメンツは決まってくる。
新快速で姫路へ。私の郷里だ。
「姫路駅には、地酒がいっぱいそろっているお店があるんですよ。そりゃもう壮観です」
少し地元の宣伝をする。
「どういうのがおすすめなんだい」と大饗氏。
「『白鷺の城』と『官兵衛にごり』が一押しです。……て、お父さんが言ってました」
「『白鷺の城』は杜氏が変わったのか、最近は甘口だね」とアマリ氏。
「へーえ」と私。
待っていた播州赤穂行きがホームに入る。ここで乗り換えて、相生駅へ。さらに列車を乗り換えて岡山に行く。新幹線の半値で行ける。色々と話が出来るので、こういう旅もありだ。
岡山駅前で桃太郎像と記念写真をとったあと、地下街の中華屋で昼食をとる。
その後、備前一宮駅まで移動して、吉備津彦神社への参道を歩く。
「吉備津彦は、桃太郎の本当の名前なんだ。神様になったから吉備津彦命。第七代孝霊天皇の皇子で、崇神天皇によって四道将軍の一人に任命され、西に派遣された。『日本書紀』や『古事記』には、ヒコイサセリヒコ、という名で記されていて、ヤマトトトヒモモソヒメ――かの邪馬台国の女王ヒミコとされる人――の母を同じくするきょうだいなのだそうだ」
吉備津彦神社は、ごく普通の神社だ。ミステリー研一同、そろって参拝する。しばし見て回って撤退。
続いて吉備津駅で降りて吉備津神社へと向かう。
前に鶴石亀石のある池があって楽しい。
吉備津神社の長い回廊を見て、澪さんがつぶやいた。
「長谷寺みたい」
関西人にとって長谷寺というと奈良の名刹だ。本堂に向かう長い登廊の姿は有名だろう。吉備津神社は傾斜路に、長谷寺は階段になっている。長谷寺の創建は七世紀後半だそうだ。どちらがどちらをまねたということもない、偶然の一致なのだろう。
「ここの本殿は、二つの屋根が並んだ世界でもここだけの吉備津造りという構造になっている。桃太郎が退治した温羅という鬼の首が埋められているといった伝説もある。岡山には朝鮮式山城があって、それが『鬼ノ城』と『大廻山小廻山城』。温羅がいたという証拠だ」
大饗先輩が熱弁を振るう。
「ヒミコの弟というと、確かヒミテコ、て名前だったかな」とアマリ氏。
「いえ。それは狗奴国の王で、ヒミキュウコという名前です」
澪さんが、即座に訂正する。
「あー、卑弥弖呼と書いてヒミテコと読む、という攝をどこかで見聞きした記憶があるんだが。そうだとすると、キビツヒコと音が近いと思ってね」
「魏志の倭人伝関係の論文は、変な物が多いですからね」
二人の会話について行けないメリーさんは、目を白黒している。
「桃太郎が鬼ヶ島を征伐する話はどこ行ったの~!?」




