子供部屋おじさん(3)
翌朝は五時起きだった。
「はい、みんな起きてー!」
先生が、鍋とお玉を打ち合わせて起こす。
……ほんまにやるんや!
眠い目をこすりながら布団をたたむ。
そして、用意された絣の着物を着る。素材は麻だろうか。
掃除と食卓の用意にとりかかる。
ホウキ担当は通り庭の掃除から始まり、外の道路も掃き清める。
料理担当は、ニンジンや大根の皮むき、味噌蔵からの味噌樽と漬物樽の運搬をする。
先生は監督するだけだ。
「そんなに分厚く皮剥いてどうするん。味噌はおたまで溶かすんや。奈良漬けは洗ろたらあかん! お米は押して研いだら割れる。ほんま、最近の子は料理一つでけへんのやね」
言葉がキツイ。
考えてみれば、私も自炊はたまにしかしない。大抵、コンビニ弁当か、買ってきたお惣菜ですませている。
ご飯が炊き上がったところでおひつに移し、手ぬぐいを敷いて通り縁に置く。
料理が出来あがったころ、男子大学生が神館館長にひきいられて裏の引き戸をくぐる。
「おはようさん」
「おはようございます」
男子は無地の紺色の着物、館長は柄のある灰色の着物だ。
当然のようにおとこしが座敷に坐る。こうして和服を着ていると、どんなひょろがり男子も格好よく見えるから不思議だ。
そして、座布団は上座の館長のみだ。きっちりとした身分の違いが出ている。
「今日も一日、きばってもらうで。ほな、いただきましょか」
「いただきます」と学生たち。
並べられたのは、てんこもりのご飯と煮物にお漬物――奈良漬けとすぐき――そして、食べ放題の梅干しだ。
「足りんかったら漬物もあるさけ、たんとおあがり」と不殿先生。
私たち女中役は、座敷で給仕をする二人以外は通り庭で立って待っている。お芝居だと思えば腹も立たない。
「ちゃんと食べとかんと重労働に耐えられへんで。いうても、昔と比べたら楽なもんやけどな」と館長が笑う。
おとこしの食事が終るとおなごしの食事になる。
上座に不殿センセが坐り、下座に七人が座る。
食事内容は同じ。ただし、ご飯の量は少ない。
「京都の生活は華やかに言われてるけど、現実にはこんな感じでした。世間でイメージしている和食は、大名とか商家の主人の食事です。使用人は質素な生活をしていました」
食事がおわると、掃除、炊事、掃除、炊事…… という地獄の一日が続く。
昼ご飯は、大根やニンジンの皮をじゃこと一緒にごま油で炒めた物、それに小麦粉の入った焼き味噌がメイン。豆腐にあぶらげもある。
「メニューはずっと一緒なんですか?」とメリーさん。
「日によって違います。でも、一年ずつを比べると大体一緒やね。おうちの宗派によって、この日は何、て決まっていたとこもあるみたい」
「買い出しはしないんですか」と立華生。
「大きな商家だと、物売りが大八車で運んできたそうやね。ほら、十二人の大所帯の食事って、納入してもらった方が楽でしょ」
……絶対、使用人を逃がさないためだよ。
そして、その夜事件が起きた。
「センセ、大変です」
夜の眠りについているところに、通り庭から若い声が響いた。
「館長が、ハシゴから落ちはりました!」
ドンドン、と障子を叩く。
一階の物音は、意外と響くのだ。
「行ってみよ!」
私たちは、二つの階段を足早に下りる。
「何、どうしたん?」
眠そうな不殿先生が座敷の障子を開いて出てきた。
「事故です。救急車を呼んで下さい」
「ちょっと待って」
先生は、奥座敷からスマホを取ってくると通り庭に出る。
「まず、状況を確認します」
先生よりも先に、私たちは通り庭のツッカケを履いて酒蔵に向かう。
酒蔵では、学生二人がAEDの機械を前に困惑していた。
「あかんかった。亡くなったはる」
見れば、胸をはだけた館長が横たわっている。横には、ばらばらになった壊れたハシゴ散らばっていた。失禁した尿の臭いもする。死後弛緩というやつだ。
「落ちはったんや。ナンマンダブナンマンダブ……」と先生。
そして「救急車を呼びます」と。
簡潔に状況を説明する。
「すぐに救急車が来ると思います。こういう場合、警察も呼ぶべきなんでしょうか」と先生。
「呼ぶべきです。絶対に呼ぶべきです。これは殺人事件でーす!」
メリーさんが、断言した。
その手には、ノコで切断されたハシゴの横棒――桟が握られていた。
一時も早く搬送したい救急隊員対魔界探偵の言い争いが起きていた。
「殺人現場は現状確保が優先です!」
「いや、そうだとしても、死亡確認の必要があるので」
みんなでメリーさんをなだめて、死亡確認をしてもらう。
「心拍停止、呼吸なし、瞳孔反応なし…… AEDの使用あり。はい、わかりました」
連絡先を消防指令センターから警察に切り替える。
警察は割とのんびりと来た。死体は逃げ出さない、ということか。
警官二人と刑事が一人。
刑事がメリーさんに質問する。
「殺人事件だという根拠は?」
「これでーす。ハシゴのランが切られています。そして、おそらくは緩い接着剤で元の場所に接着してあったのです」
「遺体は動かした?」
「はい」と学生の一人、私たちを呼びに来た学生君だ。横の半切り桶を指さす。酒造りに使う、ごつい桶だ。寿司桶の倍ほどもある。
「そのへりに仰向けで亡くなってはりました」
「首の位置は?」
「丁度、へりに首があたる位置でした」
「で、ここに移動させた、と」
「はい。広い場所でAEDを使おうと思いまして」
「うーん」
鑑識係が到着して現場写真を撮る。
「ハシゴの散らばり方も撮るのでーす!」
メリーさんが声を上げる。
「もちろんだ。壊れたハシゴもきちんと写真に撮っといてくれ。配置がわかるようにな」
刑事さんは、懐中電灯でハシゴの柱をチェックする。
下の方は自然に折れた感じだが、途中の数段があきらかに人為時に切られていた。
「切断面に接着剤がのこってるはずだ。採取してくれ」
「はい」と鑑識の人。
「おそらく館長は、夜中にトイレに行こうとしてハシゴを降りたの。そのとき、ランがはずれてとっさに後ろに跳んで着地しようとした。けど、ころんでそこに桶があり、頭を打って死んだの」
みごとな推理だった。
刑事さんは口をへの字に曲げて何も言わない。
「館長、というとここの博物館の館長なのか」
「はい」
視線を向けられた不殿先生が、蚊の鳴くような声で答える。
「お名前は?」
「不殿珠恵です」
刑事さんは、その名前に思いあたる節があるようだった。……まあ、テレビに出ている人ですから。
「不殿さん、館長のお名前は?」
「神館さん。下の名前はうろ覚えなのでちょっと」
「ご関係は?」
「たしか又従兄弟にあたります」
初耳情報だった。
「神館さんは、あそこで暮らしていたのですか」
刑事は、空中の子供部屋を指さす。
「はい。……いえ、生活の場は別にあったと思います。ただ、たまにここに泊まり込むときはあそこに居たようです」
「今回は、たまたまここに泊まっていた、と」
「はい」
「で、君たちはいったい、どういう人なの?」
刑事さんは、今更ながらの質問をした。




