鵺の鳴く夜は怖い(3)
「ここじゃなんだから、中に入って」
「はい」とかがみさん。
「えっと、ネットテレビの放送は……」
「今日はお休みっす。なので、ドアチェーンをかけて、ちょっと換気してたんっす。目が覚めたらピコ太が殺されていたっす」
「えっ!? 殺された!?」
なんとも不穏な話だった。
……また、市松人形とレッサーパンダの抗争が再発したのか。
「それは、さっき?」
「はい、多分」
「お宅の中で?」
「はい。だから、犯人は僅かな隙間から侵入できるアイツじゃないかと……」
「結論は、待って。部屋の中を見せてくれない?」
私は、人が常に約束を守ると信じるほどお人好しではない。けど、メリーさんならおそらく約束は守る。ただ、あの市松人形の性格までは知らない。動物との抗争に包丁まで持ち出す子だ。元々の気性は荒いのだろう。
かがみさんの部屋の床には、血だまりができていた。
今は物言わぬ姿になったピコ太が、仰向けで横たわっている。かがみさんがかけたであろうシーツが喉から下を包んでいてミイラのようだ。ピコ太の血はいまだにワイン色の染みを広げていた。
「動物病院に連絡は?」
「無理っす。ピコ太が生きているのなら、絆の波動がとして伝わってくるはずっす」
ピコ太の鼻に手を当ててみる。確かに、呼吸はしていない。
シーツをめくる。ピコ太の毛に血がこびりついていた。
「切り傷とは違うわね。おそらく、犯人は人形ではない。急いでメリーさんに来てもらいましょう。市松人形も一緒に」
「いやっす。もうこの家には入れたくないっす」
かがみさんは、かすれた声で拒絶する。
「だからって、冤罪はよくないよ。それなら、今すぐメリーさん家に行こう!」
私は、かがみさんの手を引っ張って立ち上がらせる。まるで、糸の切れた操り人形のようだ。
引きずるようにしてメリーさん家の前に連れて行く。
ピンポーン……
「はいはーい」
そこにはいつもの脳天気なメリーさんがいた。
「市松人形はどこ?」
私の第一声にメリーさんはハトが豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「ここにいるよ?」
市松人形は、ガラスケースに入って本棚の上の方にいる。
「出して。見せて!」
「う、うん」
私の気迫に押されたのか、何も言わずに従う。
取り出された市松人形は、いつもとかわりのない京人形の姿をしていた。
「ほら、見て。返り血なんてついていない。洗った様子もない。つまり、犯人ではないのよ!」
「う、うん」
動揺しつつも、確かめようとするかがみさん。
そりの手をメリーさんが払った。
「汚い!」
そう、かがみさんの手は血まみれだった。ピコ太の止血をしたときの血液がついていたのだ。
「何があったの?」とメリーさん。
「ピコ太が殺された」
かいつまんで見てきたことを説明する。
「誰かが侵入してピコ太を殺した、その容疑がうちの子にかかっている、というわけね。……まずは、検屍をしましょう」
「いやっす」
「仕方ない。第三者に検屍をしてもらう、これでどう? 真犯人を捕まえるために」
「それなら……」
「第三者……」
メリーさんが目配せをした。
私も同じ人物を連想していた。
「リケジョ!」「フグ屋の娘!」
理学部三回生、冴島範子、生粋のサイコパス女。
ただ、サイコパスといっても、彼女は犯罪を楽しむタイプではなく、研究のためには手段を選ばないタイプだ。
私は、目的と報酬を明らかにして連絡をとってみた。もちろん、報酬は依頼者――今回は人気ネットテレビ配信者、支倉かがみの持ち出しだ。
すぐに返事が来た。
「すぐに行きます!」
タクシーでかけつけたらしい。白衣を着て、手には、大きなボストンバッグを提げてる。
そのバッグから取り出したのは替え刃式の本格的なメスだ。
「ちょっと待った! 今回の依頼は検屍であって、解剖じゃないからね!」
「ちっ」
範子さんは、くやしそうだ。
「凶器の特定と、犯行手段の推理が出せればそれでいいわ。それ以上は不許可」
「わかりました。ご遺体の毛は、少し剃らせてくださいね」
私は、かがみさんの頭を抱えつつ、ソファーで検死結果が出るのを待つ。
すぐそばの台所では、ピコ太が毛を剃られて洗れている。
わずかな時間で検屍はおわった。
「これは咬み傷ですね。頸動脈をざっくりとえぐられています。犯人は、イタチか何かの小動物です」
「イタチ!!」
結論をきいたかがみさんは、気が抜けた様子だ。
無理もない。最初から市松人形を犯人と決めつけていたのが、第三者によってあっさりと否定されたのだ。
「イタチ、もしくはフェレット、あるいはマングース。顎の形から考えると、キツネほどとがってはいないです。……ところで、レッサーパンダって、個人で飼えたんですね」
半分気絶しているかがみさんにかわって、私がいつものセリフを言うことにした。
「これはアライグマなんです」




