鵺の鳴く夜は怖い(4)
「ところで、謝礼なんですが…… 今いただけるんでしょうか」
冴島さんがおずおずと切り出した。
「今月、ちょっと出費がおおかったものですから」
「あ、はい。今、財布を持ってくるっす……」
鈍い動作で物入れの籠に向かったかがみさんは、びくっとして振り返った。
「ない…… ここにお財布があったはずなのに……」
かがみさんの心が疑心暗鬼にどす黒く染まっていくのが見えるようだった。
「待って。私たちはそっちには行ってないわよ」
「もちろん、わたくしも」
「もっとよく探してみて」
さすがに、無実にかけられる疑いはつらい。
「こういう時こそマジカルアイで……」とつい言ってしまった私。
「ピコ太がいなくなって使えるわけないっしょ」
かがみさんは半ギレだ。
「あの、そこにあるのは?」
ソファーの下をのぞいていた範子さんが何かを指さし、そこに手を伸ばすかがみさん。
それは血のついた財布だった。まだべとついているようだ。
「中身が、ない!」
事件性は大いにあった。
こういう時に呼ぶべきなのは、本職の探偵だ。
「犯人は、ピコ太を殺して現金を奪い、逃走したというわけ」
メリーさんの推理は簡潔にして直截的だった。
「そんなバカな!」
かがみさんの声がヒステリックだ。
「ひょっとして、最近、イヤリングとか指輪が盗まれてない?」とメリーさん。
「え、ええ。いくつか行方不明になっているけど、それが何か?」
「それも、同一犯による犯行よ」
メリーさんは言い切った。
「でも、そんなことができるのって……」
「泥棒イタチ――フェレット」とメリーさん。
「そんな。フェレットって、あの人気ペットの?」
「ええ。おそらくこのマンションの誰かが飼っていて、泥棒をするよう訓練したのね。それが、たまたまピコ太と出会って戦いになった。うちのみやびもそのことに気づいて、警戒していたところを争いに巻き込まれた。それがが真相だと思うの」
「それじゃ、飼い主を特定して管理会社に知らせれば解決するよね」と私。
「ところがぎっちょん、そうもいかなさそうなの。うちのみやびには、どの家にいるのか見つけられなかった。どうやらモノノケのたぐいらしいの」
「だからピコ太もやられたっすか!」
「そう。魔法少女のコントロール――おつきの動物って、けっこう強いはずよね」
「……設定によります」とかがみさん。
マジカルメイルにはそういう話はなかった。いや、魔力の供給源として、ボトルネックになっている、という話はあったかもしれない。
「ところで、かがみさんはどこでピコ太と出会ったの?」
メリーさんが、皆がずっと気になっていたことをたずねた。
元々、かがみさんはコスプレイヤーではなかった。京都市勧業会館のイベントにチラシにつられて参加したところ「こんな世界があったのか!」とコスプレに開眼した。
不運が重なったある日、かがみさんは鴨川の岸辺の茂みで「ピー」と弱々しく鳴く声に気づいた。それがピコ太との出会いだった。
茂みにいたのはどう見てもレッサーパンダだった。何かに傷つけられたらしい。ぐったりしているピコ太をスポーツバッグに入れて連れ帰り、ネットの知識でピコ太の治療と世話をした。
「最初は動物園に連絡しようと思ったっす」とかがみさん。「でも、ピコ太に話しかけられたっす。『君こそ探していた魔法少女だ』って。そして、動物園には入れないで、と泣いて頼まれたっす」
その数日後、マジカルメイルの衣装を手に入れたかがみは、ネットテレビのオーディションに参加する。そこで、何かが憑いたようななりきりっぷりを発揮し、出演時間を勝ち取った。
「ピコ太が福を運んできてくれたっす。この子がいなければ、もう生きて行けないかもしれないっす」
「……そういう設定もあったわね」と私。
最近のアニメでは、おつきの動物はただ可愛いだけのマスコットではない。魔法少女に福をもたらすとともに、何かしら不運をもたらす存在でもあるのだ。ピコ太も確か、ヒロインの未来の幸運を吸い取って現在につぎ込んでいた。結局はそれが世界の破滅を招くのだけど、それを阻止しようと動いていたのが、友達でライバルの魔法少女で……陰陽巫女の、何てったっけ、あの、クダギツネがおつきの……
「クダギツネ! そう、クダギツネよ!」
私は気づいてしまった。
このマンションにはもう一人、マジカルメイルの登場人物になったコスプレイヤーがいる! そして、その人はクダギツネにとりつかれている!
「クダギツネ?」
小首をかしげるメリーさん。
「クダギツネの正体はオコジョとも言われていて、咬み傷とも一致する。そして、飼い主に富をもたらすとも言われている。他人の秘密を暴いたり、呪いたい相手にとり憑いて病気や不幸をもたらすこともできる、らしい」
「詳しいですね」と範子さん。
「中学の時にはやったのよ。……その、アニメで」
「そう。わたくしには、フェレットやオコジョが光り物を盗んで蓄える性質から『富をもたらす』と言われるようになったと思えるのですが…… そのあたりの謎解きはミステリー研の方々にお任せするとして、私は明日の授業のありますのでこれで」
「あ、待って」
メリーさんが、立ち上がった範子さんを引き留める。
「謝礼は私が立て替えておくの。お財布をとってくる」
……そして、しばらくして戻ってきたメリーさんは、意気消沈していた。
「あたしもやられたの。財布の中の紙幣を全部持って行かれたの」
世の中にはコンビニというものがある。
そこにはATMという機械があって、手数料さえ払えば預金が引き出せるのだ。
かがみさんはそこから謝礼を支払い、範子さんをタクシーに乗せた、
そして、翌日の夕方。
かがみさんは、ピコ太を葬ることにした。
どこに葬ったらいいかという相談を受けたので、私とメリーさんは大裏の空き地を提案したのだ。
段ボール箱の棺桶はメリーさんが提供した。
マンガの通販の箱だが、アニメから出てきたピコ太にはふさわしい棺桶かもしれない。
スコップは、メリーさんが『リサイクルショップもものき』に頼んで取り寄せた。例によって激安だったらしい。
逢魔時。私たちはマンションの一階へと降り立った。段ボール箱を抱えたかがみさんを先頭に、裏庭へと出る。
そこに、バーベキューの準備をしている外国人留学生たちがいた。
一人は、サリーを身にまとった南アジア人っぽい太ったおばちゃんだった。
指にはごつい指輪をつけている。そして、腕には、フェレットよりはごついイタチ科の何かを抱えている。
「あっ、あれ、私の……」
かがみさんが声を出した。どう見てもイミテーションの、ごつい指輪を指さしている。
「でも、しらばっくれられたらおしまいっすね。それに、今日はピコ太のお葬式なんだし、静かにしておくっす」
メリーさんが、警告の看板を指さして何か言っていた。おそらく「ここでのバーベキューは禁止」と注意しているのだろう。しかも何ヶ国語かで。それでも、外国人たちは馬鹿にしたようにへらへらと笑っている。
「あとで管理会社に通報しましょう。今日の所は、無駄な争いはさけて」
「うん。彩月がそう言うのなら」
メリーさんは、大裏に続くトタンの扉の南京錠をはずす。今回は準備よろしくピッキングの道具を持ってきていた。
「さあ、日が暮れないうちに……」
扉を開くと、大裏の広大な原っぱが目の前に広がり、そこから西日が差し込んできた。それは、神々しい金色をしていて、まるでピコ太の冥福を祈っているかのようだった。
原っぱを先に進む。
ちょうど井戸との中間あたりに、塚にふさわしい小さな丘があった。
「ここにしましょう」
メリーさんの選定で、ピコ太の墓所をさだめる。
「私たちも参列してよろしいですかな」
ふと気がつくと、横に能面の翁のような顔をした老人が立っていた。その向こうには、和弓を肩にかけた時代祭の武者のようなおじさんもいる。
「誰?」とメリーさん。
「わしはこの地の宿神じゃ。人によっては三宝荒神とも本有如来とも言う。……翁でよいぞ」
「わしは源頼政、うつしよの鵺を退治した者じゃ。かくりよにあってその霊が安からんといつも祈ってきた。このたび、鵺の御霊を出迎えにまいったのじゃ」
「え? 鵺? 何の話?」かがみさんは混乱している。
「私もさっぱりわかりません」と私。
翁が答える。
「聞いたことはありませんかな。鵺は『猿の頭、狸の胴、蛇の尾、虎の足を持ち、トラツグミのように鳴く』という話を。これ、結構正しい記述でしてな。狸のような胴にシマヘビのような尾に虎のような足をしていてピーと鳴く。まあ、猿の頭というのは、当時はたとえる生き物を知らなかったのですからそうとしか言いようがなかったのです」
源頼政が補足する。
「当時、宋の商人が連れてきた鵺が内裏で逃げ出しましてな。夜ごとピーピーと鳴いていたのです。近衛帝や、のちの二条帝がこの声をいたく怖れたもうた。退治せよと直々にご下命になったのです。わしは郎党の猪早太ととともに内裏で警備にあたり、声をメドに矢を放ちました。矢はあたり、トドメを刺したのは早太です。止めるすきもありませんでした。のちのち、鏑矢で射ておればと悔やんだものです」
「さあ、葬っておやりなさい。千年もたってうつしよで遊び、鵺も満足したことでしょう」
翁がうながす。
交代交代に穴を掘り、そこそこ広い墓穴が完成する。
「三界万霊悉皆成仏」
お婆ちゃんから伝えられた弔いの言葉を唱える。
皆がそれぞれ追悼の言葉を口にして土をかぶせ、ピコ太の葬式はおわった。
こうして、ピコ太の葬儀は何事もなくおわった。
ちなみに、スコップは墓標として残した。翁もその程度ならと許してくれた。
「めいこさんがいのしろ、ごこじっぽうのくう、ほんらいとうざいなし、いづくにかなんぼくあらん」
迷故三界城、悟故十方空、本来無東西、何処有南北。
私は、メリーさんとかがみさんの手を取って帰還の呪文を唱えた。
目をあけると私たちはかがみさんの部屋にいた。
ピコ太がいない室内は、なんとなく生気が抜けた気がする。
それだけ魔法の力が充満していたということか。
まだ宵の口だったが、私とメリーさんはそれぞれの部屋に戻った。
……そういえば、何か忘れているような。
あ、裏庭の人たち、全然騒いでないなあ。ま、いいっか。大裏でバーベキューしても、明日の逢魔が時には還ってこれるでしょう。泥棒さんには、ちょうどいい罰だわ。
私は、深い眠りについたのだった。




