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異世界転生した九十八歳のおばあちゃんです。転生先で再びおじいさんと出会いました。  作者: 丹羽坂飛鳥


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9/14

かくしごと

 翌日。

 朝チュンした私は、たいへん上手にティロウを呼べるように進化していた。


「おはようございます、ティロウ」


「おはよう、アサ」


 メイドも驚く進化っぷりだけれど、これは魔法で言えるようになったわけではない。

 食堂に入ってきた夫に近づくと、尖った耳にこっそり囁いた。


「本当に女泣かせですね、ティロウは。

 二百年のうちにずいぶん遊んだんでしょうか、エ◯本に転生したのかと思いましたよ」


 しゃがみ込んで真っ赤になって顔を覆っていますが、どうしたんですか、悪魔さん。あのあとエ◯本でしたよ。

 私は昨日、ティロウの名前を街中でも一日中間違えた。

 今日は家庭教師が来るからということで、夫の名前を必ず『ティロウ』と呼べるようになるまで練習することになった。


 もちろん、普通の方法では覚えていないし、私も覚えられない。

 それが出来るならとっくに呼べていましたとも。


 だからベッドの上で、体を動かしながら夜通し反復練習させられた。

 顔を合わせたら『ティロウ』と呼べるようになるまで、向かい合いながら何度もその名前だけを呼ばされた。

 意識が朦朧としてもすんなり呼べるようになってようやく、お勉強会は終わったのでした。何があったのかは描写できそうにないので、各自のご想像にお任せします。


 太一郎さんは肩を落としているけれど、尻尾まで脱力しているのが可愛らしくて笑ってしまう。

 私も揶揄っているだけだから、真面目に受け取られても困るので頬にキスすると、太一郎さんがようやく顔を上げた。


「冗談ですよ。荒療治でしたけど、呼べるようになったからいいんです。

 必死にならないと私は覚えないのを、ティロウもわかっていたのでしょう?

 今日は家庭教師の先生もいらっしゃいますから、ちゃんとティロウの妻として学んできます」


「アサ……」


「それに」


 尖った耳に顔を寄せると、こっそり声を吹き込む。


「太一郎さんに手籠にされるのはいいんです。

 昨日も、すごかったです……お上手でしたよ」


 あれ、どうしてまた顔を覆って震えているんですか、悪魔さん。今度は耳の先まで真っ赤ですよ。




 ということでティロウを綺麗に呼べるようになった私は、国語の先生に読み書きを教えてもらい、社会科で異世界の常識を教えてもらった。

 社会科のバルデル先生は特に教え上手で、画集を用いながらの説明が頭に入りやすい。

 イラストを見ながらお話を聞いていると、まるでRPGの世界設定を口頭で実況解説してもらえているような楽しさだった。雑談もして、毎日楽しい授業が続く。


 お勉強は順風満帆。

 と思っていても、その日はやってくる。


「ご主人様っ、そのゴミ女を今すぐに叩き出してくださいっ」


 メイドがついに爆発した。


「シャーレィ、何をそんなに怒っているんだ。

 ……主人の妻に『ゴミ女』とは。相当な物言いだと思うが」


「ご主人様に拾っていただいたご恩は忘れていません。

 ですけどっ、だからこそっ、今回は辞職も覚悟しての忠言です。

 だってあの女、調理場のゴミまで持って行くんですよっ、もう我慢できません!」


「え。持ち帰ることは、ちゃんと調理場の方にも許可を頂きましたよ?」


「ほら聞きましたかご主人様っ、ゴミ集めしているのを自白しましたよ!

 屋敷が汚れますっ。私は誇り高きティルダーロの一柱のご主人様が、こんなゴミ女に汚されることが嫌なんです……っゴミ屋敷も汚部屋も、もう一生、勘弁なんです……っ」


 そういえばシャーレィは彼氏からのDV被害を受けて、逃げてきた先でティロウに拾われた、という話は聞いたことがある。

 メイドたちは各々が不遇な状況をティロウに救ってもらえた恩義があるらしい。

 アイリーンも自分から教えてくれたけれど、子供の多い家庭で人買いに売られそうな時に、聞きつけたティロウが『自分の家のメイドとして雇うから売るな』と言って破格の前金まで渡してくれたそうだ。だから家にいられて、大きくなってから奉公に出られたとか。

 おじいさんは特に気にしていないけれど、みんな同じように何かしらの恩義を感じて働いているそうだ。だから忠誠心も高いし、その分だけガチ恋勢も多い。しかも同担拒否だ。


 でも太一郎さんはここまでシャーレィが不満な理由をわかっていないから、不思議そうに私を見つめている。


「いいですか、ご主人様。あの女に畑の端は掘り返され、燃やされました。

 昨日だって、土を掘り返しながら笑う魔女らしき女をみんなが目撃しています。

 殺人現場を確認していたとしか思えません。だって燃やした大地で何ができるんですか。

 今では冷蔵庫にゴミを入れられています。料理人も昨日から処分したくても『奥様のものだから触れない』と困っているんですっ」


「冷蔵庫も使用許可はティロウと調理場の方、両方にお願いしたはずですけれど……」


「立場が立場だから料理人たちは嫌だって言えないだけですっ。

 お願いします、ご主人様……っもうこのゴミ女は放り出してくださいぃ……っ」


「そう泣き崩れずとも……アサ。先日から一体、何をしているんだ。

 実験とは聞いているし、部屋などの使用許可も出したが……少しだけでも説明できるか」


「いいえご主人様きいてはいけませんっ、ゴミ女は『神の寵愛を受けし者』とか言いながら悪しき魔女の生まれなんですっ。

 私はもう許せません、どうか追い出してください!」


「ええと……ティロウ。話すのは、今晩まで待ってください」


 ティロウが引かなかった私を見て、目を丸くしているけれど……この件に関しては私だって引けない。

 準備した全てに、相当な手間がかかっている。

 ようやく完成間近なのに、今更になって取り出されては全ての行為が無駄になってしまう。


「……何を実験しているのかは、俺にも言わないのか」


 本当は話してしまいたい。

 でも……ここは異世界。

 最後まで何が起こるか分からない。変に期待させたくもない。


「完成も失敗も、どちらでも結果が出れば必ずお話します。

 だから夜まで待ってください、お願いします」


「……………………はぁ……言い出したら聞かないのは昔から変わらないな。

 わかった。許可を出したのは俺だからな。最後までやりきれ」


「ご主人様っ」


「シャーレィ、お前の忠告は聞くが、アサ自身も結果が分からない、今は実験中だと言っていた。

 ……俺の仕事が何かわかっているだろう。成否の確認を邪魔されたくないのは理解できる以上、途中で投げ出させる気はない。

 主人の妻への『ゴミ女』発言は聞かないでおく。少し頭を冷やせ」


 メイドは怒りに震えているけれど、ティロウは悩んだ末に今晩まで待ってくれることになった。


 とにかく一日、メイドたちの視線とお小言に耐える。

 夜になって完成したものを冷蔵庫から取り出したけれど、料理人たちにもゴミと言われたのは稲ワラをまとめたものだ。

 開いて香りを嗅いだけど……中に詰めていた大豆からは、香ばしい稲の香りがする。見た目も綺麗だ。

 食卓に現状のままで持っていくと、腕組みしていた屋敷の主人が碧眼を丸くした。


「ティロウはこれが何か、わかりますよね」


「……ということは、まさか……」


 稲ワラから取り出す時に、中身の大豆が糸を引いて粘った。様子見しているメイドたちの間で激しい悲鳴が上がった。

 ……まあ腐ってるって思いますよね、うん。うちの子供も孫も、最初は見た目だけで食べるのを嫌がりましたとも。

 でも自家製の出汁醤油と小ネギを混ぜて、味見で一口。お上品なメイドの一部が「ゴミ食べてる……」なんて卒倒した。


 ……ああ……笑えるくらい美味しい。


 大昔は稲ワラで納豆を作っていたこともあったから、久しぶりに作ってみたけれど……この独特の味と香り、食感、何より濃厚でねっとりとした旨みがたまに食べたくなる。

 太一郎さんにも差し出したけれど、後ろでメイドが叫んでいる。


「ご主人様、食べてはいけません、殺されます!」


「恋しい夫をわざわざ殺しません。

 納豆です。……太一郎さんは、晩ごはんの時に食べるのがお好きでしたよね」


 子供達は賛否両論だったけど、彼は仕事もあるから晩ごはんに出したほうが喜んでくれた。

 黒髪に碧眼の悪魔は、目の前に出てきた蒸し大豆を発酵させたものを見つめている。


 あ、でも。

 食感も良くて香りも爽やかだから、失敗はしていないと思うけれど……。


 ……異世界の菌事情って、私の知っている通りであっているのかしら。


 熱にも強く繁殖力も強い最強の菌が納豆菌だから、煮沸消毒した稲ワラで包むことで納豆が出来上がったと思っていたけれど。

 異世界の悪魔の国って……もしかして納豆菌よりも、もっと強い菌がいるのでは?


 名探偵のようなひらめきが降りて来たから、差し出した器をすぐに下げようとする。

 しかし太一郎さんが手にしたから、端を摘んで引っ張りあった。


「待ってください、ティロウ。

 これはやっぱりやめておきましょう、ゴミにします。

 失敗です、失敗作ですからいますぐに忘れてくださいっ」


「なぜ今更下げようとする。

 自分でも味見したし、俺にも出せたものじゃないのか」


「ダメです、よくわからない菌がいたら危険じゃないですか。

 私も悪魔の国の菌事情まで知らないことに気づきました。

 お腹が痛くなるだけだったらいいですけどっ、不死じゃないのに、ティロウに何かあったら嫌なんですっ」


 太一郎さんが納豆を好きだったのを思い出して、喜んでくれるはずだと昔の知識で作ったけれど、ここは元いた世界じゃない。

 まだまだ未知の、異世界だ。


「……っ、ティロウにまた何かあったら……っ私、耐えられる気がしないんです……っ」


 思い出すだけで涙が出る光景がフラッシュバックして、震える手で皿を掴んでいた。

 病院に毎日通って、弱っていく彼の回復を毎日神様に祈った。

 最後の日に泣きながら見送ったのも、一緒に行かせてと叫んだのも、もし……この一皿が原因になったらと思うと、怖くて……両手で皿を掴んで引き戻そうとする。


 でも皿を必死に掴み直す私の前では、アイドル顔の悪魔が笑っている。


「納豆は製造が面倒なのに客にウケないと言って、大昔になくなっただけらしい。

 製造過程でこの国特有の菌が見つかったわけでもないし、悪魔が食べても死にはしない」


「私が作ったのでは死ぬかもしれないじゃないですかっ」


「なら余計だ。……今度こそ、死ぬ時は一緒なんだろう?」


 ティロウがそういうと、私から簡単にお皿を奪った。


「アサは味見して飲み込んだのに、俺も同じくしなかったら後悔する」


 手にして、簡単に一口。

 毒か薬かもわからない。

 でも、……太一郎さんも頷いている。

 じっくり味わって、飲み込んで……嬉しそうに笑っている。


「……懐かしい……もう二度と食べられないと思っていた味だ。

 いや、それよりも美味しいな……香りがいい……藁納豆が一番だとは聞いていたが、これは確かにクセになる。ティルダーロにいる知り合いに分けてやっても、大喜びするだろうな」


 きっと太一郎さんは喜んでくれるはずだと思って、畑にクワで穴を掘った。

 手にマメを作って痛めながら、久しぶりなのにうまくいくか不安になりながら、持ち込んだワラを燃やした。

 藁苞を作って熱湯消毒する手間も、大豆を漬けて長く蒸す手間も、何もかも……太一郎さんが美味しそうに食べてくれる姿で昇華された気がした。


 何があったって一緒。

 後ろ向きなことなのに、実際に考えて行動してくれた気持ちが嬉しい。

 二口目を食べている太一郎さんを前にして何も言えなくなっていると、アイリーンが駆けてきて、主人を見つめた。


「ご主人様、私も一口、いただいてもよろしいでしょうか」


「ん?」


「奥様のお料理だけは、私も認めています。味見してみたいです。お勉強させてください」


 みっちゃんが反抗期の時にでもお料理だけは残さなかったのを思い出して、アイリーンの発言に腰が砕けた。

 メイドたちが悲鳴をあげて止める中でも、主人の悪魔に分けてもらったアイリーンが口にする。

 咀嚼して、首を傾げて、悩んで……でも飲み込むと、頷いた。


「癖が強いですが、味は悪くないです。チーズの方が、もっととんでもないものがあります」


「チーズか……納豆はチーズと同じく発酵させているものだから、匂いが強く出る。

 しかしこの粘り気が胃粘膜を保護してくれるし、腸もスッキリするから美容にもいい。……俺の知る場所では一時期、そう流行った」


「では後で作り方を教えてください。ご主人様が喜ばれるのでしたら、私も覚えます」


「アイリーン……っ」


「奥様のためじゃありませんよ。ご主人様のために作るんです。

 でも……奥様は調理場を綺麗に使うのに、理由もなくゴミを集めるような人じゃないと思っていましたから……今回も美味しいものでした」


 娘が成長して感謝状をくれた時と同じ感動を味わっていると、太一郎さんも同じく微笑ましく思ったらしく笑っている。


「向上心があって良いことだ。ではアサに教育は任せる。

 シャーレィ、お前たちも食べてみるか。後学のためだ。

 言っておくが、今ここにしかない最高の珍味だからな。食べずに後悔するかは、お前たちで判断していい」


 実質「食べろ」って言ってるようなものじゃないかしら、太一郎さんったら。

 そんなに量は用意していないから、冷蔵庫に戻って急いで味付けする。

 試食用に分けたものをメイドも調理員も食べたけれど、やっぱり賛否両論だ。ねばねばが嫌だったり、逆に良かったり、味に関しても個々人によって好き嫌いがある。


「……あれ、美味しい……? もしかしてオクラみたいに、粘ってるだけ……?」


 ゴミを訴えにきたシャーレィも服毒するような決心で食べたけれど、そう言ってくれたからホッとする。

 終われば普通のお食事も運ばれてきて賑やかになったけれど、太一郎さんが私を見つめた。


「ところでアサ、俺の分の納豆は?」


「あら? 全部配り終えましたよ。

 実験でしたから、量は作っていませんでしたからね」


 若いアイドル顔の悪魔が、両手で顔を覆って凹んでいる。

 尻尾までしゅんと垂れ下がっているのをみると、そんなに食べたかったのかしら、なんて笑ってしまう。


「アイリーンと今度一緒に作って、お出ししますから。そう落ち込まないでください」


「ああ……頼んだ。久しぶりに食べたせいか、あの味が恋しくてたまらないんだ」


 こうして無事に納豆を受け入れてもらえて、メイドたちとも打ち解けた私だったけれども。

 後日の朝食にて。


「「「……」」」


 彼女たちが新しい一皿を前にして度肝を抜かれることになるとは、誰もが思っていなかった。

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