必要なもの
女泣かせなおじいさんにやられてしまったけれど、まだ街の散策の途中だ。街頭に設置された時計はお昼にもなっていない。
左手の小指に光る守護の指輪を握りしめて、気分が落ち着いてきたところでデートを再開した。
「太一郎さん、指輪、ありがとうございます。大切にしますね」
「ああ。気に入ってもらえると嬉しい」
すでに何度も指を見てしまうくらい、お気に入りになっている。
指輪に注がれた魔力で白石が黒く染まったのは、隣にいる太一郎さんを表しているのも伝わってくるし……ケルベロス対策なんて、さっき噛みつかれそうになったのがよほど気になっていたに違いない。
「太一郎さんの魔力がこもっているから、もう何があっても大丈夫な気がします。
ふふ、ケルベロスに噛みつかれても平気なんて、ゲーム始めたての頃の装備じゃないですね。子犬でもすっごく強そうでしたから」
「子犬どころか、成獣の牙が突き立っても無傷だ。
かずあきに攻略して欲しいとねだられたゲームで言えば、最後のダンジョンで見つかる代物かもしれないな」
……あれ、ケルベロスってたまにボス扱いだし、もしかしてこれ、とんでもない代物なのでは……?
背中に汗をかいたけれど、気のせいということにした。孫のかずくんがお願いしたのはとんでもなく強いラスボスが待ち受けるゲームだった気がするけれど、私も太一郎さんも大昔の話だから、きっと記憶がバグっているってことですね、うん。
気を取り直して街の案内を続けてもらったけれど、異世界の探索が楽しい。
服を買い足すため洋服屋さんに行って試着させてもらうと、若い体だから若向けの服がよく似合った。
思い切って膝丈のスカートにノースリーブのシャツに着替えてみたけれど、太一郎さんが一目見て驚き、目を逸らしてしまった。黒髪の若いアイドル顔の悪魔が、気恥ずかしそうにしている。
「着替えただけで、随分印象が変わるな。
胸元だけ穴も空いているし……あさはもっと落ち着いた服の方が好みなのかと思っていた」
「それは歳をとったから、年齢に合わせた服にしていただけですよ。おばあちゃんがこの服を着ていては、ご近所さんの目を気にして誰もが止めるでしょう?
でもこの胸元が開いたシャツは憧れだったんですよね……流行った時に可愛くて着たくても、もう年齢もあって無理だったんです」
エ◯かわいいが詰まっていて、ゲームのキャラが着ていて「激かわ」と思ったものだ。
だからゲームのキャラよろしく、ポージングの一つとして後ろ手に手を組んで見せてみる。
「どうですか、ティロウ? この服、似合いますか?」
「……」
しかしアイドル顔の悪魔は、顎に手を当てて考え込んでいる。
背も高く手足も長い彼が、答えずに私の後ろに行ってしまった。
まさか似合わないのかと振り返って、唖然とした。
「あまり肌を見せるな。……アサはかわいいから、目をひく」
服に似合うジャケットを両肩から羽織らされて、私こそ真っ赤になってしまった。
おじいさんったら、かわいいって言いましたよ。かわいいって!
「そそそそうですよね、私もこの子かわいいと思います! 鏡で見たら美人でした!」
「容姿のことだけを言っているわけではない。
……そうして見せに来てくれる無邪気さが、かわいいと……そう言っているんだ」
ジャケットの胸元に太一郎さんの指が触れて、一つだけボタンを閉められる。
胸元が見えなくなったのに、その触れそうで触れない指だけでドキドキして顔も上げられない。
「まったく。……俺の妻だから見せたくないなんて、妬くのは何年ぶりだろうか」
その独り言も卑怯です。むしろ妬いたことあったんですね!?
顔が熱すぎて声も出なかったけれど、なんとか見上げた先にいるおじいさんも尖った耳まで真っ赤だから、服を買ってもらってお店を出た。
「な、何か、飲み物が欲しいです……自律神経が……喉が詰まりそうです……」
「発言に歳を感じるな……しかし俺も同じ気分だ。近くにカフェがあるから行こう」
ずずー。
ということで、氷のたっぷり入ったティータイムで、縁側よろしく和んだ。カフェのテラス席が空いていて良かったです。
「はぁー……おじいさん、今日もいいお天気ですねぇ……風も気持ちいいです」
「そうだな、あさ……」
ただしいつもの縁側とは、少しだけ違う。
「「……」」
顔を合わせるとお互いに気恥ずかしくなって、そっぽを向いてしまうことだろうか。
一体私たちは何歳だと思っているのでしょうか。性格まで私好みで何十年も夫婦でまだ好きなんて、太一郎さんのせいですよ。そもそもナチュラルにかわいいっていうのは反則です。
ドキドキするのはいいけれど、このままでは心臓がいくつあっても足りない。
何か色気のない話題に切り替えないと、と必死に考えていると、カフェの店員さんが他のお客様へ運んだものを見てピンときた。
「そ、そうだ。実は今日、欲しいものがあったんですよ。
絶対に買って帰らないといけないと思っていたので、一緒に来てもらえませんか」
「ん? あさにも欲しいものがあったのか」
「この世界にはお米がありますよね。
つまり米作が行われていて白米があるということは、その過程で必ず出るものがあるんです」
「……精米の過程……なるほど、稲ワラとモミ殻、あとは米ヌカ……か?」
「そうですっ。中でも稲ワラと米ヌカが欲しくて、探しに行きたかったんです。
多分私たちよりも前の転生者が、米作文化を持ち込んでくれたんだと思います。
ですがワラとヌカは見ないからどうなっているのかアイリーンに聞いたら、基本的にゴミになっているそうじゃないですか。
家畜の餌にしているところもあるそうですけれど、街の精米所では処理が面倒なためブラックホールに捨てていると聞きましたから。できれば買わせていただけないかと」
「……? しかし、わざわざ集めてどう……ああ、憧れのワラのベッドで寝たいのか」
「いえ、実際に寝転ぶと痛かったです……博物館で味わいました」
「そうか……なら家庭菜園でも始めるのか。
昔は米ヌカを肥料にして、ワラを土に敷くことで作物を育てていたからな」
「う、ううん……畑の一角は貸していただきたいですが……きっと作ったものを見たら、……ティロウは喜んでくれると思います。
でも、まだできるかも分かりませんし……内緒にさせてください」
「ずいぶん慎重だな。
……なら精米所まで飛ぶか。田んぼがあるのは街の端だから、魔法で飛べなければ遠いんだ。行こう」
ということで便利ワープが出来る太一郎さんに町の端まで連れいってもらうと、今度は精米所に入った。
川の流れを利用して水車を回し、お米をじっくりうすと杵で叩いて作る方法で白米へと磨かれていく。
店主が風魔法で一気に精米したものも販売しているから、早速問い合わせるとワラもヌカも譲っていただけることになった。どうしても欲しかったから目を輝かせてしまう。
「もの好きだね、こんなものただのゴミだよ。
まあいい、配達先を指定しておくれ」
「えっと……ティロウ、ごめんなさい、どこでしょう」
「このヴァレスト邸だ」
「……は? ヴァレスト邸に、ゴミを運ぶのかい?」
しかし暗雲が立ち込める。
精米所の女主人が固まって、私たちに目を配っている。
長年この地に住んできたお屋敷の主人も不思議らしく、女主人の様子に首を傾げている。
「買うと言っているのに、何か問題でもあるのか」
「そ、そりゃあんた、ティルダーロの一柱の家だよ?! ゴミ持ってくなんて『嫌がらせでもするのか』って誰にも怒られちまうよ!」
メイドたちが言っていた謎ワードの『ティルダーロ』をここでも聞いて、太一郎さんを思わず見上げてしまう。
彼が女主人に向けて右手の甲を見せると、見たことのない黒い紋様が浮かび上がった。
「ならこれで理解できるだろう。
俺が実験に使うから、買っていきたいんだ」
隣にいる私からも、精緻なアザが見える。
売り渋っていた女主人もそれを見ただけで文句はないみたいで、息を呑みながら何度も頷いている。
「あ、ああ、なんて高貴な方が、この店に……ワラもヌカもすぐにお届けいたします、どうぞお手をわずらわせたこと、ご勘弁ください」
あまりにも恐縮された上、必死に頭を下げている女主人に何も言えなくなって、踵を返した太一郎さんとそのまま店を出た。
のんびりした農村風景を歩きだしたけど、気になるから隣を歩く悪魔の袖を引くと、苦笑している。
「あの、太一郎さん」
「なんだ」
「右手の甲の紋様、印籠みたいでしたね。
これが目に入らぬかー、みたいな……」
赤くなっているけれど、昔は一緒にドラマを見ていたから意味はわかるはずだ。
太一郎さんも、恥ずかしそうに紋様の消えた右手の甲を見ている。
「……その表現がくるだろうなとは、ちょっとだけ予想していた」
「ふふ。太一郎さんが印籠をお持ちだったなんて知らなかったです。
アイリーンにも言われたんですけど『ティルダーロの一柱』ってなんですか? 高貴って言われていましたね」
「悪魔大帝の指揮する研究機関が『ティルダーロ』だ。
その部門長は神と同等に扱うと法で定められているから、単位を『柱』で数えられている」
「え。太一郎さん、研究機関の部門長だったんですか!?」
悪魔大帝のために『不老』の研究をしている話はメイドからも聞いたけれど、一研究員かと思っていたから驚いてしまった。
そういえば私は主婦だったけれど、太一郎さんは三人の子供を大学に行かせられただけの稼ぎはあった人だ。
定年退職するまで勤めたお仕事は会社名以外の何も分からないけれど、お仕事でも頼られていたし、お勉強も出来たから……私が眉間に皺を寄せて考えていることがわかったのか、太一郎さんが「ふ」と小さく笑った。
「何もすごいことはない。アサも知っている通り、俺はただのサラリーマンだ。
しかしティルダーロの一柱の研究といえば、大抵は通じるだろう。今後も必要なら定期的に運ばせる」
「……じゃあ……あの、太一郎さん」
「ん?」
「私も研究に使いたいので……屋敷のお部屋を、一部屋もらってもいいですか……?
たぶん今後、成功しても失敗しても大騒ぎになるかもしれないので……事前に封じ込めたほうがいいかなって、思い始めました……」
よく考えたらメイドたちがゴミを屋敷に持ち込むこと自体、許してくれない気がする。
太一郎さんも自信のない私をみると不審そうになって、首を傾げた。
「……何をしようとしているのかが、気になったんだが……教えてもらえるのか」
「え。……い、言いたくないです。内緒です。
成功したら、絶対に太一郎さんも喜びます。
でも失敗したら、私がこっそり処理を……あ、でも、あの……どうにもならなかった時は、白状します……」
部屋の封印とか、ブラックホールでの処理とか、できそうな業者を呼んでもらおう。
覚悟を決めると太一郎さんも考えて、唸っている。
「………………わかった。何をしたいのかは気になるが、空き部屋はあるから用意させよう。
アサが秘密を作るのは珍しいし、そこまで前置きして何をしたいのか、知りたいからな」
「ありがとうございます、太一郎さん! ……あ」
呼び名を間違えたことで笑っている夫とこんな調子でデートして、最後はお味噌も買って邸宅に戻った。
精米所の方はすぐに屋敷に届けに来てくれたみたいで、メイドたちにもティロウが頼んだものだと伝えてくれていた。
「アサに一部屋使わせるから、二階の奥に運んでくれ。空き部屋があったはずだ」
「ご主人様、なぜこんなゴミばかりお持ち帰りに……?
ヌカとワラはゴミでないとしても、家畜の餌ですよ?
……まさか『神に寵愛を受けし者』は、家畜の餌を食べるんですか?!」
すごい、メイドたちの目が事前に増えた『家畜』を見ている。私のことですね。
しかし朴念仁のおじいさんは気にせず歩き始める。
「アサが畑で何かしたいらしい。
俺のためらしいから、手伝ってやってくれ」
「……ねえちょっと。ご主人様の命令だから手伝うけど。こんなもの撒き散らしたりしたら、承知しないからね」
「畑で燃やすから、散らばるとしたら灰くらい……かしら?」
「燃やすのが決まっているのなら、最初から灰を買ってくればよくない!?」
太一郎さんが去ると賑やかになったけれど、それでもメイドたちはワラとヌカを魔法で浮かべて空き部屋まで運び込んでくれた。
今日は夕食も全部屋敷の方にお任せして、穏やかな夜へと移行していく。
そう思っていた。
「アサ。……俺の目標の完遂にも、付き合ってもらおうか」
今日の太一郎さんの目標は、私が彼を完璧に『ティロウ』と呼べるようになること。
すっぽり忘れていた私はベッドに押し倒されながら、小指に綺麗な指を絡める彼を見て、ドキドキイベントが開始されたことに気づいたのでした。




