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異世界転生した九十八歳のおばあちゃんです。転生先で再びおじいさんと出会いました。  作者: 丹羽坂飛鳥


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数が表すもの

 米ヌカと野菜くずで何をしているのか、まだ太一郎さんたちには説明していなかった。

 完成したのは『ヌカ床』だ。

 米ヌカと塩、野菜くずや唐辛子などを混ぜてかめ壺の中で丁寧に撹拌し、時間をかけてヌカ床を育ててきた。


 早速セクシー大根とセクシーにんじん、そりかえったきゅうりを入れて蓋をし、つけた一日後。

 早朝で出かける支度をしている太一郎さんのシャツの背中を引いた。


「太一郎さん、実験室で完成したものがあるはずなので、一緒に見に行きませんか」


「一緒に? あれほど秘密にしていたアサが誘ってくれるとは。自信が出たのか」


「いえ、その逆です。

 ……むしろ何か変質していたら、助けていただけないかと……怖くて……」


「……わかった。俺が封印しよう」


 セクシーたちが暴れ回って部屋がぐちゃぐちゃになっていたらどうしようとは、漬けた後にちょっとだけ思った。

 イキが良い野菜たちだから、部屋で逃げ回られては私も対処できない。

 太一郎さんを連れて部屋を静かに開けたけれど、……特に異変はないみたい。死角もよし、オールクリア。


「とてつもない警戒感だな……」


「逃げて暴れられたら、そこらじゅうにヌカが飛び散りますからね。入りましょう」


「……ああ、なるほどな。何を作ったのか、俺も楽しみになってきた」


 察してくれたらしい太一郎さんと一緒にかめ壺を開けたけれど、ヌカ自体には特に異変はない。

 綺麗に洗ってきた手を突っ込んで底から掻き回してみたけれど、大根の感触があったから掴んで引っ張った。


「…………なるほど、きゅうりと一緒に漬けたのか」


 太一郎さんの気まずそうな一言に、思わず真っ赤になった。

 悪魔世界はどうしてこんなにジョークが効いているのかしら。お漬物ですら子供に見せられないです。


 そう思うくらいの酷い見た目になっていたけれど、少し水分の抜けたセクシーたちを遠慮なく取り出した。最高級のハリつや食材に挟まったきゅうりは、丁寧に分離させる。


「た、多分、きゅうりも浸かっていて美味しいと思います……。また一緒に食べますか?」


「もちろん。あさのヌカ漬けの味も忘れられなかったんだ……朝食では必ず食べていたからな」


「でもこれは私が実験で作ったものですからね。

 ヌカ床が未知の菌で悪くなっていたら、死ぬかもしれませんよ?」


「その時は一緒だ。約束しただろう」


 微笑んでくれるのを見て、顔が熱くなる。

 太一郎さんがかめ壺に落ちかかった髪の毛を耳にかけてくれたのに、その感触だけで震えてドキドキしてしまった。


「……朝食前に取りに来て良かったです」


「ん?」


「夜だったら、太一郎さんとこの野菜を、直視できそうにありませんでした」


 不老の研究は続いている。

 だから私は、この野菜たちにちょっとだけシンパシーを感じる。


「終わったら私も、この野菜たちと同じ格好になるじゃないですか。

 ちょっと水分の抜けた、くたびれ具合とか。

 重力に身を任せてる感じが、私そっくりな気が……あらどうしたんですか、太一郎さん」


 真っ赤になって両手で顔を覆っていますが、どうしたんですか悪魔さん。ジョークが過ぎましたか。


 というわけで朝食のお供に切って出したけれど、大変美味しくヌカ漬けは仕上がっていて、思わず私も両頬を押さえてしまった。


「美味しい……っ。出来上がりが不安でしたが、いい塩梅になっていますね。塩加減もバッチリでした」


 浅漬けも作っていたけれど、若くシャキシャキとした味わいと、ヌカ漬けの癖がありつつも後ひく味も、どちらも美味しい。

 メイドたちは「今度は臭いお漬物よ」なんて指先でつまみながら震えている。

 すっかり私に慣れてくれたアイリーンは自分から一つずつ口にして、ふむふむと頷いてメモを取った。勉強熱心な子には後でヌカ床の使い方も教えてあげましょうね。


「はあ……あさの味噌汁だ……。

 この味が食べたくても失敗続きだったから諦めたのに、今は呑める……何度味わっても感動するな……」


 ご飯とお味噌汁を一緒に楽しんだけれど、太一郎さんも和食を嬉しそうにしてくれる。

 お味噌が邸宅になかったのは、お湯で溶いてまずかったのが嫌になったから、らしい。

 けれど私のものはちゃんとお出汁を引いて作ったから、一口ずつじっくり味わっている。


「納豆もそうだったが、ヌカ漬けも一つくれと言われそうだな……きゅうりが残っていたと思うから包んでおいてくれ、後で持っていく」


「あら。ティロウのご友人にも発酵食品が好きな方がいらっしゃるんですね」


「あさの作った納豆も美味しいと言っていた。

 研究が好きな男で、特に菌類が好きなんだ。納豆菌の強さにも興奮していた」


 ティロウは二百年も生きているだけあって、お友達が多い。

 家庭教師の先生方もそうだから、交友関係の幅広さに感心してしまう。


「そうだ、社会科のバルデル先生から『今度は文字入りの教材に差し替える』と言っていただけたんです。

 国語の先生からも『次は単語を学ぶ段階だ』と言っていただけましたから、書き文字にも慣れてきましたよ」


「……ご主人様。奥様の家庭教師が文系教科ばかりなのは、奥様は理系教科が苦手だからでしょうか」


 料理を持ってきたメイドに突っ込まれたけれど、太一郎さんが笑っている。


「いや。化学や物理学は習わせるが、算数はアサには不要なんだ。

 多分ここで勝てるものは誰もいないな」


「諸国行脚ばかりで何も学ばれていない奥様に、ですか?」


「アサ。百八十三かける二百七十六は?」


「はい、五万五百八です」


「……一瞬で解けるわけがないかと思いますが、適当に言って誤魔化しているのでしょうか」


「なら俺が検算しよう。アサは勘定が得意でな……ああ、やはり合っている。

 信じていないなら試しに言ってやれ、もっと桁数が多くても出来るぞ」


 イマジナリィそろばんを使って弾けば一瞬だ。暗算だけなら太一郎さんにも負けない。……あ、でも右手が動くのはご愛嬌ということで。

 メイドたちと算数クイズを遊ばせてもらうと、悔しそうに去られてしまった。眺めていた太一郎さんは笑っている。


「では俺からも問題を出しておく。帰ってくるまでに解いておいてくれ」


「お任せください。……あら? 難しいのかと思っていたのに、随分簡単ですね」


 一万四千百六かける十三?

 しかし見たことのある数字だからつい見ていると、……彼が出題した理由にも気づいて真っ赤になってしまった。


 昔、昔の大昔。

 携帯電話もなかった時代に、盛んに使われた文字列がありました。


 14106・13。


『愛してる、あさ』


 二人でしか通じない数字で口説いてくる太一郎さんにやられて、顔を覆って悶えたのは言うまでもない。

 たった一人にだけ通じるラブコールなんてしてくる太一郎さんに、私も答えは『32』にした。

 メイドに「答えが違いますよ」と不思議がられたけれど、帰ってきた太一郎さんは回答を見て嬉しそうに笑ってくれた。


 32。


『ミートゥー』。

 私もあなたを愛しています、ってことです。

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