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異世界転生した九十八歳のおばあちゃんです。転生先で再びおじいさんと出会いました。  作者: 丹羽坂飛鳥


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女泣かせ

 泣き止むとバックハグも終わったから、椅子から立ち上がった。

 泣き顔を拭う私を見て動揺している悪魔がいるから、彼の前で両腰に手を当てる。


「太一郎さんに一つ、言っておきたいことがあります」


「何だ」


「女泣かせになりましたね。今日だけで二度も泣かされましたよ」


 責められた悪魔が両手で顔を覆ってしゃがんでいる。垂れた尻尾が震えているのは気のせいでしょうか。

 私も追いかけてしゃがむと、冗談だったから頬にキスをした。

 若返ったアイドル顔とバッチリ目が合ったから、照れくささに笑ってしまう。


「冗談ですよ、まったく。妻に責められて落ち込むなんて、やっぱり肝が小さいんですから。

 ……でも太一郎さんが一生そばにいてくれると聞いて、安心しました。

 これからも、ずっと一緒ですよ」


「ああ。……いつまでも一緒だ」


 綺麗な顔にどちらからともなく近づいて、目を閉じた。

 優しい感触が、唇に触れる。

 肩にも引き寄せる手がかかったから、意外な男気を感じてドキドキする。

 見つめ合うと黒髪に戻った大好きな人に何度も唇を吸われて、夢現になってしまった。顔が熱い。


「っ、さっ、さあさあ、寝る準備をしましょう。

 明日はついに異世界にお出かけですからね、時計も十時を回ってしまいました」


「あ、ああ、そうだな、風呂に入るか。……ん、アサ、どうしたんだ」


「お風呂の前に、実は太一郎さんに見せたいものがありまして。

 じゃじゃーん、はい、こちらです」


 棚から取り出して広げたのは、今日作った甚平だ。異世界ではあり得ないものに太一郎さんも碧眼を丸くしている。


「この世界の寝巻きはまだ見ていませんが、中世風の建物の作りからするとナイトガウンやナイトシャツ、もしくはシュミーズかとは思っているんですよ。中世が舞台のゲームで見ました。

 そこで懐かしいもののひとつとして、昔は着ていた甚平も喜んでいただけるかなと思ったんです。太一郎さんは好んで着ていましたからね」


「……そうか、言っていなかったな……昨日もそうだったが、悪魔は裸で寝るのが一般的だ」


 すみません、予想の斜め上の回答でした。裸で色々した後だったから、終わりしなから服を着るのが面倒くさかったわけじゃなかったんですね。

 まさかスッポンポンがいいとは思っていなかったから、私が着ようかと甚平と見つめあったけれど……背の高い悪魔が手を差し出した。


「あさが作ってくれた甚平は着心地が良かったから、また着たいと思っていたんだ。

 俺が受け取ってもいいか」


「おじいさん……」


「その代わり、アサは着慣れないシュミーズになる。

 今日だけで二着もつくれていないだろう?」


「シュミーズはむしろ望むところです。一度は中世のザ・スタンダードを味わってみたかったですからね。

 そうか、服飾関係の方が得意なら、服屋さんをしたら儲かりますかね……?

 フリーマーケットやアプリ出品で、ビーズアクセサリーを出しても売れていましたし。レジンはこの世界になさそうですけど……」


「俺がいなくなってからのあさは、歯の詰めものまで作っていたのか」


「いやですね、レジンはキラキラのアクセサリーを作る液体ですよ。紫外線を当てると固まるんです。

 孫もひ孫も『幻想世界の主要鉱物』とか、ファンタジーアイテムを作ってあげると喜んでくれましたよ。

 そうそう、ひろくんなんて百均のケースの中にひいばあ博物館を作ってくれて……はっ、いけない、お風呂です、お風呂。

 今日は時短のためにも一緒に入りましょうか。昔はよく一緒に入りましたよね」


 積もる話なんてありすぎるから、笑っている太一郎さんと一緒にお風呂に向かった。

 中世ではお風呂に入らない文化もあったと言うし、私も若い頃は週に一度だったりしたけれど、朝風呂でも見たように温水が勝手に沸く魔法のシャワーに魔法の湯船、大変便利です。


 湯船に浸かりながら家族の話や今日あったことを話すと、いつものように太一郎さんが相槌を打ってくれる。

 終わった頃には肌も気分もスッキリして、甚平に着替えてくれた太一郎さんを楽しんだ。


「黒髪だから、あまり違和感がありませんね」


 若いイケメンアイドルが甚平を着こなしている。腰が細くて手足が長い。

 尻尾の部分は男性用パンツの前開きみたいに開閉可能にしてみたけれど、尻尾を自由にできているし着心地も良さそうだ。太一郎さんの頬も緩んでいる。


「俺は大きめが好きだったのも、覚えていたのか」


「もちろんですよ。太一郎さんは締め付け感のないものの方がお好みでしたからね、作るときには気をつけました。

 ……はっ、ああでもドキドキイベントは忘れましたっ」


「ん? イベント?」


「若い体で一緒にお風呂に入るとなれば、お互いに恥じらいながら背中を流すのが定石でしょう?

 それを……っ私はいつものように、普通に……っ」


 ……はいはいおじいさん、お背中お流ししましょうね。

 昔から真ん中を強めに垢すりするのがお好きでしたよね。

 ゴシゴシ。どうです、痒いところはありませんか。

 ……はいはい良かった、じゃああとはご自分でどうぞ。


「スピード感はありましたけど、色気も何もあったものじゃありませんでした……っ」


「……そういうのは、また後日で良いのではないだろうか……いたた、なぜ叩くんだ」


「だって……後日にはしてくれるつもりなんですよね? ドキドキイベント……」


 失言に気づいたらしく、太一郎さんが照れて歯噛みしている。

 肩たたきのいらない若い肩を叩くと、綺麗な指に手を取られた。


「アサがしたいのならすればいい。

 俺はまだアサを直視できないし、チャンスはあるから落ち込まなくても……あいたた」


 太一郎さん一人で若くなった妻にドキドキしていたのがずるいから、もう一度肩たたきした。

 肌のお手入れが終われば、就寝だ。

 昔みたいに布団を二つ並べる代わりに、部屋には大きなベッドが一つに、お布団が二つ並んでいる。

 でも寂しくなって太一郎さんのお布団の中に潜り込むと、今日は優しく腕の中に入れてくれた。甚平越しに、心地良い石鹸の香りがする。


「……はぁ、太一郎さんは温かいですね……。

 悪魔族はもっと冷血で、肌も冷たいのかと思っていました」


「血が冷たいのは、青肌のヴァンパイアだな……俺は人間にも姿形が近い種族だから、体温がある」


「あってくれてよかったです。

 落ち着きます……ずっと太一郎さんとこうしたかったんです……」


 腕の力の強さが増して、体が密着する。

 長く過ごしてきたからこそ『好き』なんてときめく気持ちも、穏やかな愛情もあって……暖かい腕に抱きしめてもらえるのが、とにかく嬉しい。


「アサが落ち着いてくれるのはいいことだが……俺は少しだけ落ち着かない気分だ」


「あら、どうしてですか?」


 顔を上げると、照れくさそうな太一郎さんが顔を近づけて、唇が重なった。


「……恋女房がそばにいるのに、落ち着くわけがないだろう」


 そんなことを言うのは、卑怯だと思います、肝の小さいおじいさんなのに。


「アサ。……今日も手を出していいか」


 それでも太一郎さんは芯が強いから、私との間にちゃんと家族を増やしてくれた。

 お仕事にも毎日行って、家族を養ってくれた。


「いいですよ、もちろん。

 私も……太一郎さんと、もっと起きていたいです……」


 目を閉じると、ずっと大好きな人と唇が重なる。

 肌を触る太一郎さんにあとはお任せすると、目も眩むような幸せな時間が続いた。


 三つの月が並ぶ、異世界の夜。

 星あかりが差し込んで、柔らかく照らされた室内で。

 決して嫌がるようなこともせず、妻の様子を伺うような若い悪魔と一つになりながら、彼に愛される幸福にも泣かされてしまった。

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