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異世界転生した九十八歳のおばあちゃんです。転生先で再びおじいさんと出会いました。  作者: 丹羽坂飛鳥


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いつまでも一緒

 太一郎さんを送り出して夕飯も仕込みを終えると、おかえりを待つ間に縫い物をすることにした。

 昔は家族のために服も作ったし、孫もひ孫もおばあちゃんの作る服を「売ってるものみたい」なんて言いながら喜んで着てくれたから、お裁縫には少しだけ自信がある。


 ……異世界は気候も良いし、太一郎さんも寝る時には甚平だったから、この世界で作っても喜んでくれるかしら。

 黒髪にアイドル顔の悪魔に甚平を着せる想像をしながらも型紙を起こして布を切っていると、メイドが部屋にやってきた。


「あら、お客人。ご主人様のお部屋で何をしているのかしら」


「おじ……ティロウが戻るまで、服を作ろうかと……」


「……どうして毎回、名前で少し手間取るのかしら。

 ご主人様への愛が足りないんじゃない?」


 あああメイドからの嫉妬イベントキター!


 でも名前を手間取るのは確かだから何も言えない。毎日呼んでいた「おじいさん」とか「太一郎さん」という名前が先に出てしまう。

 ハサミなどは危ないから、布を先に仕立ててしまう。

 すると近づいてきたメイドが、わざわざ下から睨み上げてきた。


「ご主人様が優しいからって、調子に乗らないでよね。

 不老しか持っていない世捨て人の分際で。

 あんたなんて悪魔大帝に召されて、早くいなくなればいいのよ」


 すごい、悪役セリフがいっぺんに。ハアハアしそう。美女が下から睨んでくるし、悪魔族だから目が光っていて見応えがある。


 ……でも悪魔大帝に召されて、ってどういうことだろう。

 太一郎さんも悪魔大帝のことは何も言わなかった。

 目の前にいるメイドと見つめ合いながら、試しに聞いてみることにした。


「私は今後、悪魔大帝のところに行くのでしょうか」


「ほら、何も知らないんでしょう?

 それだけ浅い関係性、ってことよ。残念だったわね!」


 おじいさんはお仕事のことは向こうでも話さなかった。

 守秘義務とか言われて、生前の私も会社名しか知らなかった。

 ……そんなことを思い出していると、メイドはなんでも知っているみたいに口を曲げて高笑いしている。


「いいこと、ご主人様は悪魔大帝の右腕だから不老の研究を任されているのよ。

 捕まえられた実験動物が、あなた。

 だから目的が果たされて不老になるってわかったら、悪魔大帝に使わせるためご主人様から差し出されるのよ。

 逃げ出さないように扱いを良くされているだけなんだから、妻なんて呼ばれて調子に乗らないことね!」


 素晴らしい悪役ムーブ、若い子はキレがいいわ。

 ……でも本当のことなら、事情を聞いた神の以下略が逃げ出してしまって、太一郎さんのお仕事のお邪魔になるとは思わないのでしょうか。


 ……そうか、ぴーん。

 今すぐにでも逃げ出して欲しいから、煽っている可能性が高い。


 逃げ出したのに捕まれば、普通ならもっと酷い目に遭う。

 それがわかっていて、私に注がれる愛情が消えるようにそそのかしている。

 どのメイドも太一郎さんを好きだからこそ、私に早くいなくなって欲しいのがわかって……ここまでたらし込んでしまう人柄の良さに、思わず苦笑してしまった。


「わかったら身の振り方を考えておくことね。逃げ出すなら今のうちよ!」


 メイドは言うだけ言えばスッキリしたらしく、帰って行った。

 聞くならおじいさんを直接問い詰めた方が早いから、私も甚平作りに勤しむ。九十八歳のおばあちゃんは切り替えも早いのです。

 針を探しに行った先では足踏み式のミシンがあったから使わせてもらえたおかげですぐに仕上がったし、今度は夕飯作りだ。

 終われば夫を迎えて、一緒に晩御飯を味わっている。

 ああ、夜七時には食事がとれるなんて、安定した職業でありがたいわ……あら?


「はっ、もしかして私、異世界っぽいこと……今日一日、何もしていない……!?」


「突然どうした」


 晩ごはんの肉じゃがを噛み締めていた太一郎さんの前で悶えてしまったけれど、やっていることがいつものおばあちゃんでしかなかった。

 異世界食材を食べながら本日のムーブを振り返ると、悔しくてお箸を握りしめてしまう。


「くうっ、これがゲーム実況系ようつうばあの、引きこもりの実力ってこと……っ?!

 なぜ外に出て、異世界の街並みを眺めようと思わないの……っ」


 海外の観光名所は子供たちの一家に連れて行ってもらったから、自分で見にいくなんて高度なことは思いつかなかった。

 女性は家庭を守るための存在。

 そんな時代を思い出しながら現代との差異にも悶えた私を見て、太一郎さんは小さな笑い声を漏らしている。


「アサが街に出たいなら、明日にでも行くか」


「えっ」


「散歩だ。俺も付近を紹介しておきたかったから、一緒に行こう」


「……もしかして、デートですか!?」


「…………いや、アサは俺にデートなどと言われて、喜ぶのか。『もっと若者がするものだ』と言うかと……」


「何を言っているんですか、懐かしのデートですよ。喜ぶに決まっていますっ」


 お出かけは基本的に家族旅行に連れていく両親、という立場だ。

 太一郎さんが定年してからでは甘い雰囲気も漂わず、近隣のデパートに行くのも孫たちと一緒。

 二人きりで出かけるのは商店街くらいだった気がするし、デートはお見合いの頃以来かもしれない。


「おじ……ティロウと、一緒にデートですか。

 ……ふふ、楽しみです……っ」


 両手で顔を覆って見せないようにしている悪魔相手に、私も尻尾があるのなら振っている。

 尖った耳の先が赤いのを眺めながら上機嫌でいると、恥ずかしがり屋のおじいさんは何も言わずに食事に戻った。


 さて。

 今日の本題はここからだ。


「おじいさん、ほら、早く手を握ってください」


「わかった、わかった。アサは本当に、大胆になったな……」


 部屋に戻るとすぐに、レシピの下書き兼文字の練習に移った。

 机に紙とペンを置いた私は椅子に座り、もちろんお願いしたとおりにバックハグしてもらっている。


「……ふふ、握り始めは少し、くすぐったいですね」


 ようやく手を握ってもらえたけれど、腕も背中も細い体に包まれていて心地良い。

 綺麗な指に優しく触れてもらえるのが嬉しくて、ペンより悪魔の指先ばかりを見てしまう。


「バックハグできるくらい腰痛のない体になってよかったですね、おじいさん」


「全くだ。……昔のままでは長時間もたなかっただろうな」


 色気のない会話なのはご愛嬌。中身はおじいちゃんとおばあちゃんですからね。


「さて、お出汁の引き方ですけど、お水一リットルに対して……」


 レシピを伝えると文字を教えながら、太一郎さんが一緒に書いてくれる。

 お仕事には真剣な人だから文句一つ言わずに書き上げたのを見て、ペンを離すと今度は私から指を握り返した。


「ん? どうした、今日はおしまいか」


「実は気になるお話を聞きまして。太一郎さんに詳しい話を伺いたいんです」


「気になる話?」


「この世界でもサラリーマンの太一郎さんは、悪魔大帝のもとで不老の実験をしていると言われたんですが。

 私は用が終わったら、悪魔大帝に差し出されて……太一郎さんとは、もう会えないんでしょうか」


 部屋には静けさが落ちる。

 気の小さい夫が逃げられないように手を繋いだはずなのに、バックハグは失敗したなあ……なんて今更ながらに思う。顔が見えないから反応がわかりにくい。

 無言の時間を持て余してしまうから繋がれた指を触ると、おじいさんなんて呼べないくらい若くて綺麗な手が握り返してくれた。


「私は太一郎さんが不老になったら、また一緒に子育てをして、子供が巣立ってからはずっとそばで生きていられると、思っていたので。

 仕事一辺倒だったおじいさんの人生は知っていますが……これから先、上司に言われて差し出されるのかと思うと、……少し悲しいです」


 悪魔社会について、私は結局、何一つとしてわかっていない。

 よく考えてみたら、太一郎さんからは『一生一緒』だなんてことも言われていない。


『ずっとそばにいる』


 その『ずっと』が、いつまでなのか……私が勝手に勘違いしていただけの可能性が高い。

 転生した先で偶然出会えた、大好きな人だから。

 この関係は、今度こそ永遠に続くと思ってしまった。

 だからそれ以上の言葉も出なくなってうつむくと、体を抱く腕に力が入った。


「何を心配しているのかと思えば。

 ……伝承通りに不老になったとして、俺がアサを差し出すものか」


「え?」


 振り返りたいのに、抱えられているからできない。

 でも太一郎さんは本気みたいに、私の肩に頭を預けた。


「アサは俺の大事な妻だろう。

 見知らぬ『神の寵愛を受けし者』ならまだしも、神にも誓った相手を渡せないと、今日は悪魔大帝にも伝えてきた」


「……神にも、なんて……おじいさん悪魔になったのに、いつ誓ったんですか?」


「悪魔になる前だ。

 ……あさとの結婚式で誓っただろう。

 神社で、神前で。……まさかもう覚えていないのか」


 神前式で、結い上げられた髪に似合う綺麗な白無垢を着た。

 お見合い結婚だったから、まだあまり声も聞いていない相手と並んで、緊張しながら三々九度をした。


「共に三々九度をして、御神酒を交わした時に。

 これから先の一生、あさを守っていくことを神様に誓ったんだ」


 三々九度の三は、過去・現在・未来。

 それを三度繰り返して、生涯を共にすると固く誓う儀式をした。


 厳かで、太陽の光が眩しい日だった。

 神様の前で。

 私は緊張して震える手でも、優しく笑って受け止めてくれる太一郎さんと一生を共に過ごしますと、誓った。


「だから過去も現在も未来も、一生の苦楽を共にすることはすでに決めている。

 誰に何を言われようとも、あさとは決して離れたりはしない」


 太一郎さんは震える手を、今日も優しく握りしめてくれる。


「こうして再び出会えたことも、あの日共に誓った神様の思し召しだろう。

 今後もあさを守って愛していけと……今も言われている気がするんだ」


 ……やっぱり今はバックハグで良かったかもしれない。

 うつむいた先では、レシピの下書きが丸くいくつも滲んでしまっている。

 縮こまる私を慰めるように抱きしめるから、太一郎さんが腰が痛まない若者になっていて良かったと思った。


「だから安心していい。あさとは今度も死ぬまで一緒だ」


 お別れの日なんて永遠に来なくていい。

 私は最後の最後まで、棺に泣きついて離れられなかった。

 太一郎さんと一緒に行かせて欲しいなんて、家族に引き剥がされながら火葬場で泣き崩れた。

 それくらい共にいたかった人が抱きしめてくれる腕に、私も抱きついて……神様に何度だって、太一郎さんとの永遠を誓った。

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