レモン味
というわけで授業がある翌日。
私はバルデル先生にお買い物に付き合ってもらって、装置を試作した。
金属加工屋さんにも難しい形をお願いしたけれど、先生が設計図を仕上げてきてくれたから、すぐに作ってもらえたし試運転もうまくできた。
意気揚々と屋敷に戻った私は、厨房で先生とアイリーンに試作品を出している。
「よし、朝のうちに作っておいた、このシロップと合わせて……完成です!」
手の中から生まれた小さな二つの雪山が、綺麗な紅白に染まった。
山盛りの削り氷に、何層にもシロップをかけたいちごのかき氷だ。
ブルブルいちごの果肉が頂点から沈んでいくのを珍しそうに見た二人に差し出すと、スプーンを口にした先生が天を仰いだ。
「うっわ、何これうめぇ……かき氷なんて古くからある文化だけど、はちみつ一択だから飽きちゃっててさ。
縁遠くなってたのに、……っくう、やっぱ味付けって大事だよなぁ、これマジで革命起きてるわ、革命」
アイリーンも氷から出てきたブルブルいちごの果肉を食べて、メモをとっている。
「奥様手作りのシロップは、ジャムとはまた違う美味しさですね。あえて果肉を残しているから、果実感も噛みごたえもある……。
あんなに何層にも重ねて、手間をかけて……まさか氷一つに、ここまで盛り込むとは思いもよりませんでした」
「ブルブルいちごは煮込む時に鍋が震えるし、調理するのが怖いのが難点……だけど少し酸味が強めで香りがすごくいいから、美味しいシロップになりましたねぇ」
私も味見したけれど、前の世界でも食べたことがないくらい強烈な美味しさを感じる。
……震えなければ、いい食材なんだけど。ほんと、震えなければ。
常に細かく振動するブルブルいちごも高級食材だ。セクシー野菜たちと同じく、おとなしい食材よりも動き回る方が鮮度が高くて美味しい。アイリーンもバルデル先生も、頭がキーンとなりながらも夢中で食べている。
「レモンをかけたことでとろみも出て、氷に絡んで落ちにくくなるんですね。
冷たいのにしっかりとした甘さを感じます……ふふ、美味しい」
「ねえねえ、アイリーンの食べてるやつ美味しそう。俺にも一口頂戴? アーンして?」
「私のものもお客様のものも同じ味ですよ。
どうぞ、ご自分の手元にあるものをお召し上がりください」
私の後ろにアイリーンが隠れたけれど、今日もサングラスでヤンチャっぽい格好の先生は面白そうに笑っている。バルデル先生は好きな子をからかいたいタイプかもしれませんね。
「よければあなたたちも……あら、魔力切れ。氷が出ませんね」
「奥様、よければ私が動かしますよ。奥様はシロップがけをお願いします」
アイリーンも悪魔として魔力が豊富だから、私の代わりに装置を動かしてくれた。
様子見をして興味がありそうなメイドたちにもかき氷を振る舞ったけれど、好評だから安心した。中休みのいい気分転換になったみたい。
――夜になって太一郎さんが戻ってくると、彼にもデザートとして差し出した。
山盛りになったふわふわ氷の上に、自家製のフルーツソースをかけてある。
黄色いシロップがかかった氷をすくいながら、アイドル顔の悪魔は笑っている。
「今日はバルデルがアサと買い物に出たと聞いたが、かき氷の材料を買いに行っていたのか」
「はい。先生のおかげで良い魔石を購入できましたし、金属加工もうまくいきました。
見てください、ティロウ。この世界ならこんなに小さな道具でかき氷を作れるんですよ」
私が取り出したのは、金属で出来た丸い入れ物にしか見えない装置だ。
ファンデーションのコンパクトくらいの大きさで、手のひらに収まるサイズになっている。
「装置をお皿の上にかざして、魔力を流すんです。
すると氷の魔石から生まれる氷を、風の力で回転する金属刃が削ってくれる……本体を握って魔力を流すだけで、かき氷が出てくるんです」
実践してみたけれど、しゃりしゃりと音を立てて手の中からかき氷が出てくる。擬似的に氷魔法を使えているような気がして楽しい。
「先生は雪くらい簡単に降らせられるって言ってましたけど、私はどうしたって魔法は使えそうにありません。
でもこれなら私の魔力量でも出てくるので、ドワーフの皆様でも使えるかと思ったんです」
持ち運べるくらい小さいから、冷やしたいお料理をさっと冷やすのにも使える。
装置を止めて飲み物のグラスを差し込むと、薄まらずに冷やすこともできる。かき氷は万能です。
太一郎さんにも実演して見せると、彼は何かを思い出したように唇に指を当てて考え、次第に笑い始めた。
「ああ……アサの解答用紙が研究室に貼られていたのは、裏に設計図でも書いてあったのか」
「え。解答用紙?」
「社会科の課題が第三研究室に貼られていて、名前の欄に『アサ』と書かれているから俺の妻ではないかと話題になったんだ。だから俺も見にいった。
確かにアサの字だし、なぜ飾られているのかもわからないから持ち帰ろうとしたら『これは秘匿情報だ』と止められたから、今も第三研究室には丸つけされた社会科の解答用紙が貼られている。
確かドワーフ族に関する問題だったと思うが……」
「それ、バルデル先生に渡した宿題プリントです! っ全問正解、でしたか?」
「いや、二、三個文字を間違えていてな。
添削されていたが『洞窟』が『ケビン』という名前になっていたり、文字の綴りを間違っているからバツされていたり……可愛い間違いだと、話題にはされていた」
私の珍回答が国家最大の頭脳集団の研究施設に貼られているなんて、恥ずかしすぎる。
でも取り返せないから真っ赤になっている私に、太一郎さんは上機嫌で笑っている。
「気にしなくていい、俺もアサが可愛い奥さんだと言われるのは、悪い気はしない。
話題を振られるその度に『自慢の妻だ』と答えたから、熱々だとは言われるかもしれないが……それくらいは許してもらえるだろう?」
綺麗なアイドル顔で言われると照れてしまって、何も言い返せなくなる。
太一郎さんは氷と一緒にレモンの蜜がけを口にして、美味しそうに味わった。
「アヴィル帝国では、かき氷は蜂蜜で食べるのが定番なんだ。
俺もただのシロップがけしか知らなかったが、かき氷だけで主役を張れるような時代が来るとは夢にも思わなかったな」
「そ、そう……そうなんです、孫とひ孫が、かき氷が大好きなんですよ。
テレビで見たのが食べたいと言うからお店に連れていって、帰ってからは私が作るんです。
氷のふわふわ感を出すのが難しくて、同じものにはなりませんでしたけど……シロップはちゃんと果物から作りますから、味は一緒だって喜んでくれました」
「あさは料理上手だから、再現もうまかったな。
……しかし、なぜ俺の分はレモンなんだ?
バルデルはいちごのシロップを絶賛していたから、俺もいちごが出て来ると思っていたんだ。まさか持ち帰られて売り切れたのか」
「え、いいえ? おじいさんが一番好きだったのがレモン味でしょう?」
彼が意識しているかも、もう覚えているかもわからないけれど、私の中でおじいさんは暑い日、必ず黄色いシロップを選んでいた。
香料と着色料が違うだけでも、少し爽やかに感じるのが良いのだと、赤や青を選ぶ子供たちと並んで縁側で涼んでいた。
「先生たちにはいちごのシロップをおかけしましたけど……私はせっかくですから、ティロウがレモン味を食べるのを見たかったんです。
またドワーフの国にお邪魔するときには、いちご味をお出しします。ですから……これは私のわがままです」
孫たちに振る舞うようになっても、いつもいちごのシロップと一緒に、一人分だけレモンのシロップを作った。
私が作る甘酸っぱくて、ほんの少しだけほろ苦いシロップは子供たちにはウケが悪かったけれど、大人には甘すぎなくてちょうど良い。
「子供たちと縁側に行って食べていると、おじいさんが一緒にいてくれる気がして……ちゃんとみんな元気にしていますよ、って夏のご報告もしていたんです。
だから、今日はティロウだけレモンです。せっかくですから食べてください……あら、立ち上がってどうしたんですか? ……はむ」
レモン味のかき氷を口に入れられた。
味見した通りの甘酸っぱさを懐かしんでいると、ティロウが隣に座った。
「そうだったな。……いつもあさは子供たちの溶け残りを譲られるから、美味しい一口目はあさに渡すことにしていたんだ。忘れていた」
「あらあら、そうとはつゆ知らず。……?」
近づいたアイドル顔に、気づけば唇を奪われている。
触れた表面は冷たいのに、二人の間で重なった部分が、じんわり暖かくなっていく。
離れたティロウの顔を見て、ようやく状況に気づいて真っ赤になっていると、彼がもう一度軽く唇を吸った。
「レモン味は、初恋やキスの味とも言われるのも思い出した。
アサは乙女チックなことが好きだから、ご褒美だ。……あいたた、そう怒るな」
「こういうことをスマートにできるようになったのが、女泣かせだと言うんですっ」
若いから不要になった肩たたきをして、太一郎さんに笑われてしまった。
レモン味の溶け残りは二人で頂いたけれど、やっぱり二人で食べると美味しい。
レモンは初恋、キスの味。
そんな言葉も懐かしくて……隣で優しく笑う悪魔への甘酸っぱい恋の味にも感じて、顔が熱くなってしまった。




