いざ、ドワーフの国!
あちこちから金属を鍛える音がするドワーフ族の首都、ヴォルフリー。
そのシンボルとも言える中央商店街に、私たちは立っていた。
「すごい、すごいですよティロウ、道いっぱいに広がるお店の数々っ……ありとあらゆる金属加工屋さんが軒を連ねる商店街っ、たまりません……!
あっ見ましたか、ドワーフ族のカップルです、背丈は男性が低めで女性は高め、どちらも筋骨隆々とした姿。すごい、イラストそのままの姿です……!」
「……アサ。興奮するのはいいが、あまり肩章を掴むな。
アサは『神の寵愛を受けし者』だから自由に歩けるが、俺はこの肩章がないと動き回れなくなる」
通り過ぎるドワーフ族の男女を見て、興奮して夫の肩を掴んでいたのに気づいたから慌てて離した。
金の房飾りのついた肩章を撫でて整えるけれど、国家的に重要な使者に対して贈られる貴重なものだ。
「バルデル先生も『族長ブレウの作った肩章は誰も真似ができないほど手が込んでいて輝きが違う。だから身分証明としても重要だ』と言っていたのに、失礼をいたしました。
……でもドワーフの国って、意外に身近なところにあったんですね。
宴会の時、使者の方々から『何日もかけて歩いてきた』と聞いていましたから、さぞかし長旅が待ち受けていると思ったら……ティロウのワープなら一瞬でした」
「ドワーフはワープクリスタルを使わないから、長旅になるんだ。
悪魔は自分からドワーフの国に行かないだけで、移動自体は苦にならない」
ドワーフと悪魔族は一度宴会をしたけれど、それはトップ同士の会談というだけの状態だ。
今も市井では絶縁状態、犬猿の仲が続いている。見た目で悪魔だと分かるティロウが商店街を歩いているだけでも、ドワーフ族の目が厳しくなるのが私の目にも映る。
……本当に、族長に招かれた客だと肩章が示してくれるから、自由に動けるだけなんですね。
悪魔を見つけたドワーフによって暴動が起きたこともあるらしいことは、バルデル先生の授業で聞いていた。
だから太一郎さんに何をすれば悪魔らしさを隠せるかと、つい背の高い彼を眺めながら唸ってしまう。
「フードをかぶると怪しまれますし、見た目の違いを隠すのは難しいですね。
悪魔族の耳は髪から出てしまいますし、エルフ耳よりも短いから一眼で見破られてしまいます。
……あと目が違いませんか? 少し虹彩のあたりが……詳しくは見えませんけれど、ティロウも模様が入っているような……」
正面から夫の目を覗き込み、手を伸ばして耳に触る。
すると恥ずかしそうに耳を下げたティロウに、彼に触れていた手を掴まれてしまった。
くるりとダンスのように回転させられると、腰を抱かれてバックハグの体勢になる。
……すっすごい、密着してる、街中でいちゃついてるカップルみたい!
顎クイで顔を上げられたから、さらにドキドキしながら首都の奥に聳える山を見ていた。
「先に伝えておくが、あれが目的地になる族長の邸宅だ。
レンコドリが住む山の内部をくり抜いて、中に屋敷が作られているらしい」
「すごい、ただの山にしか見えませんね。ブレウの言っていた『家の裏』という言葉からは想像がつかない裏手です。
ブロックを積んで建築するゲームはよく遊んでいましたけど、山の内側に家なんて作るの大変そう……あら、この手は?」
バックハグが終わると、太一郎さんに手を繋がれた。
驚いて彼を見上げたけれど、アイドル顔の悪魔は微笑んで歩き始める。
「迷子にならないように繋いでおく。
アサはドワーフが好きだから、見るだけで興奮してどこかに行ってしまいそうだからな」
「手仕事が趣味ですから、ドワーフとは通じるものがあるんですよ。
あっティロウ、このアクセサリー屋さん可愛い……っ見たこともないほど装飾が細かいですよ」
「スミスズ・ドルフ。……悪魔族の街にも装飾品が流れてくる有名な工房だな。
ブレウからは街を楽しんでから来るよう言われていたし、集合時間にも余裕があるから寄ってみるか」
喜んでティロウと足を踏み入れたけれど、壁一面がガラスのショーケースになっている。
中に収められたネックレスは、金属が周囲の色を反射して七色に光っていた。
商品タグの文字に『ミスリル』と書いてあるのに気づいて、腰が抜ける。
これがあの、幻の鉱物ミスリル。真銀とも称される高級金属。実際に目にする日が来るなんて。すごい。
あまりの綺麗さに、まじまじと見ていることにも気づかずにいると、太一郎さんが隣で笑ってネックレスを指差した。
「気に入ったのなら買おうか。このデザインならアサにも似合うだろう」
「え、いえいえ、五十万ロヴォールなんて私には贅沢すぎますよ!?
百ロヴォールが今日のレートで九十二ルデイルだったはず……つまりこのネックレスは四十六万ルデイル……贈り物にしては高すぎます」
「……わざわざレート換算しなくても。独身の間に貯蓄しているから遠慮しなくていい」
「ダメです。私にはどうしても欲しいものがありますから、ティロウは見つけ次第そちらを買ってください。
……ん? ……あれ……は……」
店内ポスターに『ヴォルフリーの中でも最大級』と書かれたお店の中を楽しんでいると、奥のショーケースにグッと惹かれる指輪を見つけた。
ティロウが身につけている肩章と同じくらい手が込んでいて、神職人が作ったと一目でわかるくらいの逸品だ。
説明文にも『ドルフ・ブレンダット作』なんてわざわざ店主の名前が書いてあるのに、お値段は十五万ロヴォール……私でも買える破格さに、つい頭の中のそろばんを弾いている。
実は旅立つ前、涼風のネックレス開発のお礼として二十万ルデイルを悪魔大帝名義で頂いた。
『ドワーフの国ではティロウに頼らなくていい『自分で稼いだお金』があった方が楽しめるはずだ』。
刻印付きの手紙と同封して渡されたお小遣いだから、ありがたく使う気でドワーフの国に持ち込んでいる。この指輪と出会えたことこそ運命だと感じて、すぐにティロウの手を引いた。
「ティロウ、私、この指輪が欲しいです! すみません店員さん、ショーケースの中の指輪を見せてください」
声をかけて、一番目を引く指輪を女性店員さんに出してもらった。
細かな装飾がたくさん施された小さな指輪で、これもミスリル製だと教えてもらえる。
甘さも辛さもあるデザインで、見れば見るほど惹かれてしまう。
「あんた、指は何号だい」
「すみません、つけるのは私ではないんです。こちらの夫に贈りたいので、一度測ってもらえますか?
ティロウ、小指を出してください」
「ん? 俺が測るのか」
「私もティロウとお揃いになりたいんです。この指輪なら普段使いしても負担にならないと思いますし、結婚指輪と小指のリングの二つをこの国では一緒につけませんか?」
ドワーフの店員はティロウをチラリと見て、尖った耳と肩章を確認している。
女性の顔は途端に渋くなって、重いため息が漏れた。
「あんたが招かれた悪魔か……悪いがこれはドルフが魂を込めて仕上げた作品なんだ。あたしのメガネに敵わないやつには売らなくていいって言われてる。
神の寵愛を受けし者が身につけるなら、売っていいかと思ったんだが……悪いね、嬢ちゃん。これは売れないよ」
「あら、ティロウが悪魔なのがネックですか?
ではお眼鏡にかなうよう、今からティロウのすごいところを言いますね」
「え?」
「店員さんが悪魔だと断りたくなる気持ちは、もちろん私にもわかります。
ですがこの人は悪魔ですけど優しくて誠実で、酒もタバコも博打もしない真面目な人なんです。
気は優しくて力持ち、困って呼べばすぐに駆けつけてくれて、高いところのお掃除でも嫌がらずに手伝ってくれます。メイドたちにも大好評。研究員として勉強家で頭もいいですし、マメなので使ったものは元に戻してくれるから本も散らばりません。脱いだ服はちゃんとカゴに入れますし、物はなんでも大事に扱います。私が結婚した時にあげたネクタイなんて十年経って古くなったから捨てたと思っていたら、なんと押入れの中に大事にしまってあったんですよ。たとう紙に包んで虫除けまで入れて保管していたんです。
だからこの指輪も絶対に大切にします。非の打ちどころのない夫なのでむぐ」
「……売りたくないなら売らなくていい。世話をかけたな」
「ンンンー、ンン、ンンンー!?」
「いや、そこまで必死になって説明してるのに、恥ずかしいからってだけで止めてやるなよ……あー、嬢ちゃんにとっては素敵な旦那さんなんだね?」
伝わるように、首を何度も縦に振る。
すると店員さんが笑い出した。
「悪魔は転売する奴が多いから警戒してたんだけど……じゃあいいよ、あたしらは何かに熱いやつが好きなんだ、嬢ちゃんの熱意に免じて売ってやる。
嬢ちゃんが必死になって買わせてくれって言ってたって伝えたら、ドルフも喜ぶさ。行くべき人のところに行けたってね」
「ぷはっ、本当ですか!? やったぁ、やりましたよティロウ!」
ティロウは驚いているけれど、私は彼の左手を掴んで店員さんに差し出した。
ドワーフの店員さんも、ちゃんと彼の小指を測ってくれた。
「悪魔があんたのツガイかい? 天使族の方が、あんたにゃ似合いそうな気がするけどねぇ」
「ティロウは生まれ変わってもまた結婚したいくらい素敵な人なんです。
今からレンコドリにも会いにいくんですよ」
「そりゃあ熱い。神鳥参りなんて一生物の相手としかしないって聞いてるからね。あんたは出会えたんだね、おめでとう」
一生物の相手……あんたは出会えた。
その言葉を聞くだけで胸の奥から湧き上がる喜びに震えていると、店員さんが彼の指に合った指輪を出してくれた。
ティロウの小指に早速つけたけれど、ぴったりだ。
掘り込まれた装飾も精緻で、見ているだけでうっとりとするくらい綺麗な、白銀のミスリル。細くて綺麗な彼の指を上品に彩っている。
「素敵……大切にします。ドルフさんにも『作ってくださってありがとうございました』とお伝えください」
「あいよ、あたしもここまで熱いやつに売れて嬉しいよ。
それじゃ十五万ロヴォールだよ。……確かに。毎度っ」
私がお支払いを済ませると、二人で店員さんに手を振ってお店を出た。
鼻歌を歌ってスキップしてしまいそうなくらい上機嫌でいるけれど、ティロウは不思議そうに小指を見ている。
「一軒目で十五万ロヴォールか……あさは金遣いが荒かった覚えはないが、所持金のほぼ全額をポンと出したのには驚いたな。
どうしてここまでして買いたかったのか、教えてもらえるか」
「だってすごく素敵でしょう? 一目惚れしましたし、私は十五万でもお安いと思ったんです。
それに……はい、ティロウ、手を出してください」
改めて指輪をつけた手を出してもらう。
キラキラ輝くミスリルが彩る彼の小指に、口付けた。
「どうかこの指輪が、ティロウに幸運をもたらしますように。
これからもティロウを守ってくれますように。……私にとっての守護の指輪と同じでありますように」
祈りながら、指輪にもう一度唇を触れさせる。
見上げるとアイドル顔の悪魔が赤くなっているから、それを見た私も照れ臭くて笑ってしまう。
「守護の指輪のお礼です。私は守ってもらえましたから。
それに、同じ場所に指輪が付いているのはお揃い感があっていいじゃないですか。
左手の小指と、薬指。ティロウと夫婦で同じ場所につけているなんて素敵です」
二人で指を重ねると、同じ場所に指輪が当たる。
夫婦の証みたいで、やっぱり特別感があっていい。
「この世界で二度目の結婚もしましたし、種類は違いますけど結婚指輪が二個になったみたいですね。
ね、ティロウ……っ?!」
抱き寄せられて、ぎゅっと胸に顔が押しつけられた。
……あ、太一郎さんったら心臓の音が早い。
心地よくて嬉しい変化に笑ってしまうと、気が済んだらしくポンポンと背中を叩いて離したティロウが真っ赤になっているのを見上げた。
「今度は俺に買って欲しいと言っていたものを探そう。
おそらく族長の家に入ったら、しばらく買い物には出られないだろうからな」
「はい。ぜひプレゼントしてください」
高価ではないけれど、絶対に欲しかった日用品があるから彼と二人で歩いて探した。
繋いだ手に増えた指輪を感じながら、ドワーフの街を歩く。
その体験が新鮮で、彼を振り回すくらいはしゃいでしまった。




