社会科の授業(ドワーフの坑道)
「ってなわけで相手にもされない俺の授業、始まりまーす」
「先生、ノリが軽いです!」
午後一番の授業でお迎えした赤髪の悪魔も、アイリーンがプロポーズされたことを知ったらしい。教科書を開きながら私の慣れないツッコミを聞いて、面白そうに笑った。
「まあ冗談だし。
ティルダーロ関係って、扱いが神に等しいおかげで俺はいつでも状況をひっくり返せちゃうんだよなぁ。
差し出せって命じたら、俺からは誰も奪えない……つまり可愛いアイリーンがどれだけ言おうと、アサちゃんにも上げられないんだ。ごめんね、アサちゃん?」
「……その余裕がアイリーンに『不誠実』と呼ばれる理由の一つだと思います」
「あはは、知ってる。
さー恋バナは終わり、授業始めるぞー。三行目から音読しよう。読めないとこは辞書引いて、覚えながら読んでね」
「三行目ですね……ええと……。
『ドワーフの坑道は階層わけされている。魔法の力が弱い彼らは、穴の底へと階段を作って移動する。
坑道は崩落しないように支えられているが、時折落石が発生する。階段が落石により』……ええと、これは封鎖だから……『落石により封鎖された場合は、救助されるまで時間がかかる。
救助された例の一つが、ロッシーネ坑道の事故、救助されなかった例の一つが、ヴォルンクスス坑道の事故だ』」
「よく読めました。解説入れるけど、ドワーフは基本的な移動手段がワープクリスタルの悪魔とは違って、全部徒歩移動なんだ。
たとえ不便になったっていい、悪魔には恩一つ売りたくない、なら俺たち悪魔も協力しない、なんて喧嘩別れして関係を絶ったのがドワーフの国だからね。
坑道は教科書にあるように、たまに落石で崩れるよ。埋まったのを仲間が掘り返してくれれば助かるけど、無理だったら……わかるね?」
「怖いこと言わないでください。今度ティロウと一緒に、私もドワーフの国に行くって聞きましたよ。坑道の見学予定もあるって……」
「そう、ティロウの出張にアサちゃんも外交官としてついて行くことになるから、自分が足を踏み入れる場所のことは覚えておこう。
……君が自分一人じゃ移動できないのが、俺にとっても不安要素ではあるんだ。
アサちゃんは不死じゃない。だから何かあったときに引き出せる知識は多ければ多いほどいい。
いざという時に何か一つでも思い出して、自分の身を守る行動ができるのは大事だからね」
「先生……」
「ティロウがいるから、滅多なことは起きないと思ってるけどね。
それじゃ、続きを読んでみて?」
「はい……『ヴォルンクスス坑道の事故によって、ドワーフの国では定期的な避難訓練が義務化された。燃えるガスが充満した状態でツルハシを振り、爆発による多くの死傷者を出したためである。
ドワーフは毒の』……この単語は耐性……『毒耐性があるものがほとんどのため、呼吸できる環境が悪魔とは違っている。悪魔が崩落に巻き込まれて逃げ出せない場合は、呼吸が続けられる環境かを確認する必要がある』」
「そこまで。さて、アサちゃんが崩落事故に巻き込まれた場合、何より先にすべきことがある。何だかわかる?」
「……ティロウにどうすればいいか、指示を求める……ですか?」
「おっいいね、そうすれば君だけでも安全な場所に連れ出してくれるよ。ティロウもその方が安心して自由に動ける。
でも万が一離れていて、すぐに連絡が取れない場合はどうする?」
「教科書に書かれている通り、空気の流れがないか探したり、異臭がしないかを確認します」
「素晴らしい。君の体は人間に近いから、まず自分が吸える空気があるのかを確かめよう。
潰されずに助かってもガス中毒になったり、窒息する危険性があるからね。
合わせて救助に時間がかかることも覚えておこう。ドワーフの場合、全て手作業での落石撤去作業になる。そう簡単に外には出られないよ」
「はい。……うう、想像すると行くのが怖くなってきました」
坑道見学はご厚意だと聞いている。彼らにとっても大切な財産が眠る場所へ悪魔を入れるというのは、特別な扱いだ。
太一郎さんは用があって元から入りたかったらしいし、私もRPGでは定番のドワーフの坑道に入れると聞いて喜んでいたけれど、事故を想像すると怖くなってしまう。
先生は教科書を開きながら身震いした私を見て、明るく笑っている。
「勉強すると『本当に起こったらどうしよう』って身構えちゃうけど、安心して。崩落事故なんて毎日起きるわけじゃない。危険ならドワーフも簡単に招かないよ。
災害への心構えは大事だから、しつこく話してるだけ。ほら、三十八ページ。事故の年代も何十年に一回でしょ?」
つまり元いた世界の地震と同じことだ。いつ災害が起きるかわからないから、事前に身を守るための防災知識を学んでいる。
先生がわかりやすく説明してくれると私も理解できたから、安心して続きを読めた。
社会科の授業を受けると歴史には意味があって、過去を踏まえて新しい社会が作られていくのを実感する。
バルデル先生の授業はあっという間に終わって、今日の質問タイムが設けられた。
私も挙手して、ドワーフと仲良くなるために考えていたことを口にした。
「先生。実はドワーフの国に行くなら用意したいものがあるんです。
また魔石屋さんと金属加工屋さんに行きたいんですけど、先生も一緒に来てもらえませんか」
「おっ、いいよー? じゃあ明後日お休み取るから、俺とデートしちゃう?
前回はティロウの代わりに見守ってたけど、今度は先生じゃなく、男女として。……ね、どう?」
「流し目されても落ちませんよ。デートではなく課外授業でお願いします」
「えー。ティロウがやきもちやいて、アサちゃんともっと親密になっちゃうかもよ?」
「……じゃあティロウを誘います。デートした方が親密になれるので、今の話は忘れてください」
「待った待った、からかって悪かったよ、何がしたいのか興味あるから一緒に行かせて。
アサちゃんもティロウには秘密にしておきたいから俺を誘ったんでしょ?
そうじゃなかったら、最初からティロウにお願いしてるはず。違う?」
見抜かれたのが悔しいけれど、事実だから頷く。
バルデル先生は安心したらしく、背もたれに体を預けて笑っている。
「課外授業扱いで、俺が監督するからなんでも聞いて。
ところで何作るの? 前回は涼風のネックレスだったけど、坑道に持っていけるもの?」
「えっと、今はこういうのを考えてるんですけど……」
バルデル先生は社会科以外にも詳しいから、私が書いたものを見ながら添削してくれた。魔石も授業用の手持ちをいくつか持っているらしく、魔力を通してまで試させてくれた。
設計の話が盛り上がり、紙が足りなくなったから今日提出したばかりの宿題の裏にも書かせてもらったけど、それくらい何度も一緒に考えてくれた。裏紙に変わった課題に、ついに結論が書かれたことを見た先生は口の端を上げている。
「なるほどなぁ……金属加工部分は設計図に起こしてあげる。店主に伝えるにも構造が目で見てわかった方が早いからね。
出来上がったのを見たら俺も欲しくなりそう。試作が上手くいったら、ティルダーロでも作っていい? アサちゃん印の商品二つ目ってことで」
「先生の自由にして構いませんよ。
それに大したものじゃありません、手動でもできることですから」
上下に手を回して見せたけれど、バルデル先生はなんのことかわからないように首を傾げている。
説明すると「そもそも魔法があるから使わないなー」なんて言われて、魔力量が少ないことが悲しくなった。じゃあなんで先生はこの装置が欲しいんですか。




