異世界で、もう一度
ドワーフの宴会騒動が終わり、日常に戻った数日後。
「アサ。少し話がある」
お昼ご飯の後、黒髪碧眼の悪魔が、部屋でバルデル先生の授業準備をする私を呼び止めた。
「急な話だが、今日はデートに誘ってもいいか」
おばあちゃん、耳がおかしくなったのかしら。太一郎さんにデートに誘われている気がする。
予想外の言葉を発した背の高い悪魔は私に近づいてくると手を取り、守護の指輪を見つめた。
「夕食の前に、二人で出かけたいところがあるんだ。……忙しいか」
「え、い、いえいえ、予定はありませんよ?
ドワーフ族の宴会も終わりましたし、急いで勉強するようなこともありません。
ご飯の準備もメイドたちにお願いすれば良いですから、空いています」
「なら俺からも、夕飯の支度はしなくていいとメイドに話しておく。
……仕事が終わったら、また誘いに戻る」
アイドル顔の悪魔は、そのまま便利ワープで去ってしまった。
何があったのか聞けずにいたけれど……もしかして、あのことが関係しているのかしら。
太一郎さんは話そうとしないけれど気になっていたことはあったから、社会科の授業で『ドワーフ族についての歴史解説』を終えたバルデル先生にも打ち明けた。
「バルデル先生。ティロウはもしかして、神の寵愛を受けし者のことで、ティルダーロで追求されていたりしますか」
「ん、ティロウが? 何で?」
「今晩、デートしようって急に誘われたんです」
「ははぁん、のろけ? いつも仲良しだねぇ」
「違います。ドワーフ族とのお話し合いの中でレンコドリの話もありましたし……ティロウは研究が進んでないことを責められたりしていませんよね?」
太一郎さんはデートと言ったのにどこか深刻そうな様子だった。
のろけられる雰囲気ならいいけれど、気が張り詰めた様子に不安が勝ってしまう。おじいさんったら昔から隠し事が下手なんです。
「先生はティルダーロにも出入りされているので、何かご存知ではありませんか」
「んんー? 特にアサちゃんが心配することはないと思うよ。
研究の成果が覆ることなんてよくあるし、レンコドリもドワーフ族の口伝であって確定情報じゃない。
むしろ次はドワーフの国に二人で行って来いって話になりそうな雰囲気だから……あー……やべ、そういうことか。察しちゃった……」
「何かあるんですね!?」
前のめりになった私に苦笑したバルデル先生は、思い浮かんだことを確かめるように腕組みして考えている。
私も気が気じゃないから見つめていると、先生がふっと笑い出した。
「やっぱりティルダーロの中じゃ何もないよ、アサちゃん。
ティロウは自分のためにアサちゃんをデートに誘ってるだけ。
むしろデートなんだから気楽に行こうぜ? 警戒心が先に立ってると、ティロウも困るだろうからさ」
「でも……今生の別れの前にデートしたりとか、定番じゃないですか。
それくらい重い雰囲気だったんです」
「……んー……普段の俺ならちょっと引っ掻き回したくなるところだけど……ドワーフ族の食事会の恩があるから、ちゃんと教えてあげようかな。
ティルダーロの一柱は、研究結果が違ってたくらいじゃ降ろされたりしないよ。
故意に結果を改竄していたわけでもないし、ドワーフたちからさらなる成果に繋がる情報を得られた状態なのに、部門長を変えられるわけがない。
だから素直な気持ちでデートを楽しんでおいで。アサちゃんが笑ってたら、ティロウの表情も明るくなるよ」
「……宴席にも出席していた先生の言葉ですから、信じますよ?」
「あはは、やっぱり見えてたぁ?
そう。アサちゃんの言う通り、俺わりと偉い方だから。信じて大丈夫」
ドワーフの族長に呼ばれた時に、机の向かい側にスーツ姿のバルデル先生がいたことには気づいていた。
ティロウが立ったと思われる空席の隣だったから、先生もティルダーロの部門長くらいは偉いはずだ。
諭してくれる言葉も、納得できる話だったから頷いた。先生は笑って、宿題の山を机に取り出した。
「変なこと気にするくらいなら、勉強して気を紛らわせた方がいいな。そのほうがアサちゃんのためにもなる。
ってことで反論は認めません。明日の宿題提出、楽しみにしてるよ? じゃーあねー」
手を振って帰った先生が置いて行ったのは、何冊ものガイドブックと『ドワーフの国の旅行ルートを考えよ』と書かれた用紙だ。三枚ある。
明日の提出に間に合わせるためにも、ひたすら渡された資料を読んで、家にあった本も読んで記入していく。ガイドブックはイラストもあって、辞書片手でも理解はしやすい。
時間が経つにつれて宿題も終わって、ソワソワしながら迎えた夕方。
背の高い悪魔はワープで戻ってきて、ガイドブックを読み返している私に目を向けた。
「お帰りなさい、ティロウ。今日はどこに行くんですか?」
「……出た後から気づいたが、目的地も何も伝えていなかったな。すまない。
今日はホテルレストランへ行こうと思っている。ちょうど花盛りの時期だから、アサにも見せたかった」
「ホテルレストラン?」
「首都に会員制のホテルがあるんだ。ティルダーロで栽培した花なども試験的に植えてくれる。
花を見るだけで癒されるから、俺も気が向いた時に通っている。アサにも一度は見せておきたかった場所なんだ」
「まあすごい。会員制ということは、ご飯も美味しいですか」
「もちろん。一流ホテルだから料理の勉強にもなるだろうな」
あ、笑ってくれた。
少しだけ表情が柔らかくなった太一郎さんに安心すると、彼に手を繋いでもらった。
「じゃあ行きましょう。太一郎さんが通っている場所に興味があります」
夫婦で最初にワープしたのは、ブティックも併設している美容室だった。
服装指定のためにまずは髪を整えて、膝丈のドレスに着替える。
太一郎さんもスーツ姿で出てきたけれど黒髪を整えつつも遊ばせていて、フォーマルと言うよりおしゃれな印象だ。音楽祭に出てきたイケメンアイドルにすら見える。
彼が手袋に包まれた手を自分の胸にあて、もう片手を私に差し出した。背が高いから、悪魔らしい所作が映える。
「では行こうか。……よければお手をどうぞ、お嬢さん」
「あらあら、おじいさんは遊び人だったんですねぇ。随分スマートですこと」
「からかうな。……悪魔としての本来の俺など、あさの前では形無しだな。
ほら、アサ。今日は気取ったのはナシにする。行こう」
「そうやって微笑んでるほうが、一番格好いいですよ」
真っ赤になって照れる姿も可愛い。
腕を差し出してくれた太一郎さんに触れる。
するとまばたきの瞬間……周囲の風景が一面の青に変わった。
「え……っまぁ……すごい……!」
周囲を飾るのは『青藤』だった。
藤棚を枝が幾重にも這い、空から降るように花を下ろしている。
鉄塔のようなオベリスクにつるを伸ばしているのは青薔薇で、見たこともないほど咲き乱れている。
見渡すかぎり青の世界だ。
でも夕日を受けた部分だけは薄紫に変わり、影は青が濃くなっている。
「綺麗ですね……青藤が道いっぱいに植えられていて見応えがあります。ここまで徹底されている場所は初めて来ました……!」
花に夢中になりながら、エスコートしてくれるティロウと歩き始める。
しばらくしてたどり着いた噴水周辺には、あらゆる花が溢れるように咲いていた。
噴水から先には水路があって、流れる水の音が聞こえる。静かで、落ち着く音が続いていた。
「……」
隣には好意を持っている男性がいて、同じ景色を眺めている。
意識して心臓の音が早まるのを感じると、目の前にあるのは池ではないのに、彼と過ごした光景がよぎった。
「こうしておめかしして水の音を聞いていると、料亭のお庭を思い出しますね。
仲人さんに『あとは若い人たちだけで』なんて言われて、でも私はどう声をかけていいかわからなくて……太一郎さんがお庭に誘ってくれたから一緒に歩けたこと、覚えていますか」
「もちろん、覚えている。……覚えているから、誘ったんだ」
「え?」
「俺にとってもあの日は、特別な一日だった。
……だからアサともう一度、同じ時間を過ごしたかった」
私にとっても特別な日だった。
これから一生を過ごすかもしれない方とお会いして、二人とも印象は悪くはなかった。むしろ……良かった。
緊張でガチガチになっていた私が、料亭のお庭で彼に言葉をかけたりは出来なかったと思う。
今みたいに言葉も忘れて隣に立つしか出来なかったけど、それでもお互いに大切な思い出にしていた……そんな些細な事実が、何より嬉しかった。
「ティロウ。手を繋ぎたいです」
そう言いながら彼に指をほんの少し触れさせると、優しく手を取って繋いでくれる。
今は自然になったけれど、あの日は太一郎さんに触れるなんて考えつきもしなかった。男女がみだりに触れ合うのは、はしたない。そんな時代性もあったかもしれない。
「これでいいか。……いや、アサにはきっと、この方がいいな」
乙女心を理解してくれたティロウが、自分から恋人繋ぎに直してくれる。
触れ合う温もりが増えたのが心地よくて、胸の奥からくすぐったさが込み上げてくるから笑ってしまった。
「はい、とっても嬉しいです。
……本当に素敵なお庭……ティロウが癒されるのもわかります」
手を繋ぐ彼に頭を預けると、水の音だけを聞きながら、言葉も忘れて寄り添っている。
やがて薄暗くなってきた空を見上げた悪魔が、大きく息を吸って、吐いた。
「そろそろ決心もついたな。
……よし、アサ。悪いが俺に付き合ってくれ」
「決心?」
「デートに誘った理由があるんだ。
……アサのいう通り、俺は肝の小さいおじいさんだからな。こう見えてずっと緊張していた」
背の高い彼を見上げると、風景が変わる。
立っていたのは、石の壁に囲まれた静かな場所だった。
「あら、ここは……?」
周囲を見回しても、窓しかない。
壁に触れながら見下ろすと、遥か下に穏やかな農村の風景が広がっている。
「アサの復活の儀式をした塔だ。ここに二人で来たかった」
「いい景色……あの時は夜だったから何も見えませんでしたけど、畑や果樹園が向こうまで続いていますね。
あっくんにつれて行ってもらった、海外のお城から見た景色みたいです」
話しているうちにも、少しずつ太陽が地平線へと降りていく。
異世界らしく三つの月が、空に輝き始める……そんな幻想的な光景を二人で眺めていた。
……でも太一郎さんは、ただ景色を見たいだけ?
朝からずっと緊張していた以上、やっぱり悪い話かしら。
考えながら石の壁に触れていると、冷えた手に彼の熱が触れた。
「アサ」
驚いて振り返った私の手を、太一郎さんが包む。……背の高い悪魔がひざまずく。
スーツの内側から抜き出された彼の手には、青い箱が収められている。
軽い音を立てて開いた箱の中には丸いリングが二つ煌めいていた。
「どうか、俺と結婚してほしい」
アイドル顔の悪魔が照れくさそうに指輪を差し出す。
私が太一郎さんにもらって、きっと棺桶にも一緒に入った指輪だ。
「そう驚いた顔をするな。
彫金の得意な錬金術師に頼んで、ようやく出来上がったが……あさが『膝をついてプロポーズされるのにも憧れる』とドラマを見ながら言っていたのを覚えていたんだ。
叶えてやれるのは、こうして渡す時だけかと思ったからな。……受け取ってほしい」
「も、もしかして……今日はこうしてプロポーズするつもりだったから、緊張していたんですか!?」
「すでに結婚しているのに、改めてやり直すのも恥ずかしいだろう。
やめるかは何度も迷ったが、プロポーズの思い出を作ってやれるのは今日限りだ。……その顔を見れば、恥ずかしくてもやる価値はあった」
一度目は、隣り合いながら「幾久しくお願いします」と彼が頭を下げてくれた。
二度目は、跪いてリングを差し出しながら「結婚して欲しい」と願ってくれた。
きっとどちらも、すごく緊張しながら。
でも芯の強い人だから、覚悟しながら。
誰かの人生を背負うことを理解している彼が、真っ直ぐに私だけを見つめている。
「これからも生涯、俺はアサだけを愛し続ける。
……返事を聞かせてほしい」
異世界に転生した私の前で、恥ずかしそうに笑って。
尖った耳を赤くしている悪魔は、今も私だけを見つめてくれている。
「何度生まれ変わったって私と結婚してください、太一郎さん。
これからも、ずっと、ずーっと一緒ですよ……っ」
答えると安心したように微笑んだ彼が、左手の薬指に結婚指輪をつけてくれた。
私も立ち上がった彼の薬指に、緊張して震える手でも指輪を滑らせる。
指輪交換を終えた彼が抱き寄せてくれるから……薬指を見ているだけで涙腺が緩んでしまう。
「私の指輪……すごい、ずっと見ていたのと同じですよ。
傷ひとつないけれど、向こうで見ていたのと、全く同じなんです……っ」
「良かった。……これからも大切につけてやってくれ」
「はい……っありがとうございます、太一郎さん……っ」
彼と夫婦として結ばれた証。
――再び結ばれた証。
指輪を見るだけで嬉しくて、込み上げてくるものが抑えきれなくて、広い胸に頬を寄せていた。
いつもより早い鼓動。
堂々としていた彼の秘密を聞くと愛おしさが溢れてきてしまう。
「……弱った。また女泣かせと言われてしまうな」
「はい。泣かせていいのは私だけですからね」
「安心しろ。……ずっとアサだけだ」
近づいてくれた彼に目を閉じて、唇を重ねる。
悪魔に転生した大好きな人と出会った日のように、広い背中に腕を回した。
夫婦としてキスを繰り返すうちに、静かに夜の帳は下りていく。
優しい旦那様。ティロウ。
彼と再び生きていく、そう決めた日と同じように……塔に吹く風は穏やかで、優しかった。




