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異世界転生した九十八歳のおばあちゃんです。転生先で再びおじいさんと出会いました。  作者: 丹羽坂飛鳥


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苦い思い出

 ドワーフの国から使者がやってきて、歓待するお話はバルデル先生に教えてもらえた。

 まさか本当に、私にお鉢が回ってくるとは思っていなかった。


「ままま待ってください太一郎さん、これはなんですか!?」


 部屋で夫から渡された手紙の中身は、悪魔大帝の名前が書かれた依頼書状だ。

 正式な書類であることを示す魔法の刻印まで打ち込まれている。偽造した瞬間に息の根が止まるほど強い呪いでもあるらしい。

 今日も甚平を愛用してくれている太一郎さんだけれど、彼は気まずそうに私から顔を逸らしている。


「悪魔族とドワーフ族は、昔から犬猿の仲なんだ。

 二百年ほど前には国同士で戦争もあったし、百年前にはエルフ族が仲を取り持とうと宴会を開いてくれたが『力に頼る蛮族』『知恵ばかりにかまけた変態集団』などと、公の場でも罵り合った記録が残されている」


「……仲を取り持つ場でそれは、なかなかではないでしょうか」


 招いたエルフ側の心労が察される。太一郎さんも同じ意見らしく頷いている。


「その後は現在の悪魔大帝ディールに統治者が変わったが、溝は深く国交は断絶状態が続いている。

 だから悪魔大帝の料理人たちも『ドワーフに出すものはない』『陛下は敬愛しているため終わるまではお暇をいただきます。終われば戻ります』などと書かれた辞表を次々に出す始末だ。

 ……俺の妻は悪魔ではないから頼みたいなどと言われ、頼んだ証拠としてわざわざ依頼書状まで出されたから、持ち帰って相談すると伝えた」


 宴会料理が原因で、若い日に彼と大喧嘩した。

 そんな苦い思い出があるからこそ、アイドルみたいに綺麗な顔も曇っている。

 太一郎さんは私の感情を理解しているからこそ、目が合うと苦笑を見せた。


「異世界転生した先で、悪魔族の王である悪魔大帝にも会える。

 そんな機会だとアサが捉えるかがわからなくて尋ねただけだから、気にしなくていい。

 アサは今でも嫌なんだろう? 俺も断ると思っていたから、無理強いする気はない」


「……気の小さいおじいさんなのに、悪魔大帝にまでお断りを言えるんですか」


「もちろん言う。あさが傷つくのがわかっていて、受けるわけがない」


 依頼書状を握りしめている私の体を、彼は優しく包んでくれる。


「あさのためなら断るし、代役だって探す。うちにいる料理人に頼んだっていい。

 ……だからそんな顔をするな」


 優しい声に申し訳なくなって、うつむく。

 太一郎さんが慰めてくれるほど申し訳なくて、依頼書状のことで頭がいっぱいになってしまって、なかなか眠れない夜を過ごした。




「えっ、アサちゃん断っちゃったの?! なんで!?」


 翌日はバルデル先生の授業の日だった。

 ドワーフ族との関係性の話が本日の授業テーマだったから相談した私の前で、先生は目を丸くしている。


「お酒の入る宴会でお料理を出すのが苦手なんです。

 家族や親戚だけの場なら良いんですけど、見知らぬお客様をお迎えするのは良い思い出がなくて……」


 机の上で知らず知らずのうちに握りしめていた手がバルデル先生に包まれた。

 驚いて顔を上げると、ティロウと並び立っても遜色ないアイドル顔が真っ直ぐに見つめてくる。


「裏でお料理を作ってくれているだけでいいよ。表には一切立たなくていい」


「え?」


「悪魔族はそれすらしたくなくて、辞表提出が後をたたない。

 だからアサちゃんが出来る範囲だけ。自慢のお料理をドワーフのために、一度だけ。

 お願いっ、受けてアサちゃん。俺からも一生のお願いっ」


「……? どうして先生がそこまで真剣なんですか?」


「だって俺も関わってるからね」


「…………社会科の家庭教師の先生が、ですか?」


「うん。アサちゃんの推薦人が、そもそも俺。依頼書状の原因が、マジで俺」


 先生……。

 おうどんの時にやけに打診してくると思ったら、最初から狙っていたに違いありませんね。

 ティルダーロにもお勤めになっているから、ドワーフ族との仲を取り持つように命じられたのだろう。

 手を包まれたままそれでも頷かずにいると、先生も私もお互いに泣きそうになった。


「料理が好きなアサちゃんだから、腕試しで、とか軽い気持ちでもいいよ? ……そんな不真面目じゃダメ?

 んー……じゃあ……よければ作りたくない理由を聞かせてもらってもいい? 酒が入る宴会で何かあったの?」


「……では……私の友人のお話をしてもよろしいでしょうか」


「友人? ……わかった、話して」


 先生も薄々察しているように、友人とか言いながら百パーセント私の話です。

 けれど転生する前のお話なので、一応友人という設定にしながら口を開いた。


「昔々。あるところに結婚数年目の夫婦がいました。

 二人の間には子供もいて、旦那様はお仕事も順調でした。

 しかし気が弱かった旦那様は、会社の社員の家庭で、持ち回りで開いていた宴会の一軒に当たってしまいます。

 妻に相談し、彼女も旦那様の望みならと宴会の準備をします。

 当日も、子供を背負いながらもせっせと料理を作ってはお酒を出しました」


 長男は割烹着を握りながら私の後をついてきた。

 乳飲み子の次男を背負いながら、私はできる限りを作って出し続けた。


「終わった宴会場は、まさしく惨状でした。

 食べ残しの山、飲み残しのお酒、グチャグチャの和室、足元でも背中でも幼い子供は泣いています。旦那様はお酒に弱いため倒れています。

 ……それが何度も、何度も続きました。

 妻は内助の功と思って必死に尽くしますが、ある日、子供が泣きながら言いました。

 『お母さん、どうしてお父さんはお酒を飲めないのに飲んでいるの?

 どうして知らない人がうちに来て騒ぐの?

 ……どうしてお母さんは泣きながらお料理しているのに、お父さんは何も言わないの?』」


「……」


「ついに妻も、膝を突き合わせての話し合いを始めました。

 紆余曲折ありましたが、理解してくれた夫によって持ち回りから外してもらえたことで、彼女はようやく夫とも和解しました。大体七十年くらい前の話です」


「……ティロウが『俺の責任だ』って頭を下げた理由がよくわかった。

 あいつがアサちゃんの愛情をちゃんと理解して食べてる理由も、よくわかったよ」


「……友人の話ですよ?」


「そうだね。……じゃあ思い出して悲しい顔してるアサちゃんに、これは俺からのお願いなんだけど」


「お願い?」


「作ったご飯は残させないし、お酒も残させない。

 片付けは俺たちでやるし、食材の買い出しも何もかも俺たちがやる。

 だから宴会料理を考えて、メイドたちと作って欲しい」


「……先生、話を聞いていましたか」


「聞いてたから、お願いしてる。

 アサちゃんはご友人の話があるから受けたくないんでしょ?

 だったら問題がある部分は俺が解決する。アサちゃんには嫌な思いをさせずに、料理にだけ集中してもらえる環境に整える」


 全てを聞いたはずなのに。

 先生は、真っ直ぐに私と向き合っている。


「アサちゃん」


 普段はチャラいのに、こういう時は真剣な先生が、私の手を包んでいる。


「断っていいのか悩んでるから、ずっと浮かない顔してたんでしょ?

 だったら苦手な宴会料理、俺と克服しようよ。

 そのほうがずっと前向きで、アサちゃんのためにもなると思うよ」


 先生は教育者として、前に進めるように手を引いてくる。

 どうしてもお願いしたい気持ちを込めて、真っ直ぐに見つめてくる。


「俺のために、一度だけ。ドワーフと話し合いや仲直りができるような、アサちゃんの気持ちがこもった料理を作って欲しい。……お願いっ、本当にこの一度だけっ」


 ついに両手を合わせて頭を下げるのは、いつも授業をしてくれる先生だ。

 悪魔大帝の依頼書状なんて、なんだか圧を感じる紙じゃなくて。

 目の前で実際に先生が困って、頭を下げているのをみたら……私だって過去より前を向かなきゃって、悔しいけれど思ってしまう。


「……先生がそこまで言ってくださるのに、お断りできませんよ」


 パッと顔をあげたバルデル先生の前で、胸に溜まっていた古い埃を払い出すように、大きく息を吸って、吐いた。

 それだけの動作なのに、過去を思い出してブルーだった気分も飛んでいってしまった。


「では、私がドワーフの皆様に喜んでいただけるようなお料理を考えます。

 料理人やメイドたちと一緒にご用意して、当日は提供します。

 ティロウにはお断りするようにお願いしましたが、それでも大丈夫ですか?」


「もちろんオッケー!

 ……実は出勤してすぐ、アサちゃんに断られたことはティロウから聞いたんだ。

 だからぜひ一度、推薦人の俺からも本気の説得をしたい。させてください。

 ってことで今日はここに来てるから。まだお断りしてない状態だよ」


「……先生、社会科の教師なのに今日は授業する気なかったですね?」


「超大事な社会科の話してるよ?

 お互いにいがみあった状態の悪魔族とドワーフ族の、歴史的な和解の話ができるかどうか、なんてさ。

 大事すぎてそれ以外のこと話す気が出ないくらい、大事じゃない?」


 真面目なんだか不真面目なんだかわからない先生は、そう笑っている。

 ……全く、口が上手いんだから。

 乗せるのが上手なバルデル先生には敵わないと思いながら、私はドワーフの宴会のお料理を引き受けることになった。


 授業が終わったら、さっそく自主学習を開始した。

 先生はドワーフ族に関する本を持ってきていたからお借りして、読み進める。

 机に広げたドワーフの特徴はRPGと同様、鍛冶が得意。縁の下の力持ち。お酒は度数高めが好きで、おつまみは濃い味が好き。

 ふむふむ。だいたいお一人当たり、一食これくらい食べる……。

 お料理は飽きないように品数があった方がいいですよね……じゃあメニューは……。


「……アサ、話がある」


「あら? ……もう夕方!?

 太一郎さん、おかえりなさい。気付かずにごめんなさ……いっ!?」


 慌てて立ちあがろうとしたけれど、背の高い悪魔に椅子ごとバックハグされてしまった。

 滅多にない大胆さに何も言えずに鼓動を聞いていると、ぎゅっと強く抱きしめられている。


「ど、どうしたんですか、一体。

 まさか悪魔大帝に叱られましたか?

 バルデル先生は『うまくやる』とおっしゃっていましたけれど、間に合いませんでしたか」


「悪魔大帝のことは心配ない。

 ただバルデルがアサを説得したのは聞いたし……俺の妻になったことで、いつも苦労ばかりかけていると思ったから。

 ……二人で少しだけ、話したかったんだ」


 あ。

 溜め込んで抑えきれなくなった妻の涙を覚えているから、改めて話を聞きにきてくれたのかと……優しい太一郎さんの体にもたれかかった。

 バルデル先生が説得したけれど、彼は内容を知らない。

 私が無理をしていないのかと心配したから、こうして聞きにきてくれたなんて……わかってしまったら、胸の辺りが甘酸っぱく疼いてしまった。


「大丈夫ですよ、太一郎さん。ほら、ドワーフ族について今も調べていたんです。

 私も本物のドワーフをまだ見たことがないですから、お会いするのが楽しみになってきました」


「……あれほど宴会料理を作るのを嫌がっていたのに。いいのか」


「サポートしてくれるバルデル先生もついていますから、存分に頼ろうと思います。

 太一郎さんも、これからメイドたちにお手伝いのお願いをしなきゃいけないですよね。

 私もお料理のサポートや配膳をお願いしたいですから、一緒に頑張りましょう……あら?」


 腕がますますぎゅっと抱きしめてくるから、恥ずかしくなってしまう。

 どうしたのかしら、太一郎さん。なんだか悲しそう……はっ。


 ぴーん……もしかして太一郎さんったら、妬いているのかしら?!

 バルデル先生に説得されて、私は考え方を変えた。

 重要な話だとわかっていても、太一郎さんには甘えて断ってしまった……でもバルデル先生の言うことは聞いた。

 そんな事実があれば揺れてしまいそうな、複雑な男心に気づいたから……先ほどからずっと開いていた本に触れた。


「……あ、あの、では……心配してくださるのなら……一つだけ困ったことがあるので、ご相談してもいいですか?」


 太一郎さんが顔を上げてくれたから、手にしていた辞書を見せる。


「実は、まだ単語が読めないものが多くて。

 辞書を読みながらなんですけど、その辞書も読めなくて困っているんです。

 辞書の文字を辞書で引くという事態が何度も発生しているので、太一郎さんにも少しだけ、お手伝いして欲しいです……」


 読みたいけれど、その文字を読むための文字がわからない。

 致命的な問題を抱える私に気づいた彼が笑ったから、恥ずかしくなった私も笑顔を返した。


「太一郎さんが音読してくれてもいいですよ? その方が覚えられそうです」


「ああ……なら読もうか。聞きたいことがあればその都度、質問してくれ」


 快く引き受けてくれた太一郎さんと本を読んで、メモをとる。

 メイドたちに協力のお願いをしたら、晩ごはんの後もドワーフについてのお勉強を続けて……実はそのうち、心地いい声を聞きながら寝落ちしていた。

 昨日はあまり眠れていなかったから……太一郎さんに絵本を読んで優しく寝かしつけてもらえるような贅沢さを感じながら、目を閉じてしまった。


「……っ?!」


 気づいたらベッドの上にいて、暖かい腕の中にいる。

 三つの月と星あかりが照らす、幻想的な室内で。

 眠っている黒髪のアイドル顔を見上げながら。

 細いけれど力強い腕の中に包まれているから……もしかしてベッドまでお姫様抱っこしてくれたのかしら、なんて想像したら乙女心が止まりませんでした。


 どうやって運んだのか、おじいさんは恥ずかしがって教えてくれませんでした。

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