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異世界転生した九十八歳のおばあちゃんです。転生先で再びおじいさんと出会いました。  作者: 丹羽坂飛鳥


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料理は愛情

 ティルダーロで研究されていたネッククーラーは、無事に鉱山関係者などに販売されて大盛況だそうだ。

 太一郎さんと一緒に書いたレシピ本はメイドたちにも好評で、お味が控えめなのに美味しく健康的な食生活として流行った。海外で一時期、和食が取り上げられたのを思い出す賑わいだった。


 太一郎さんが一緒に本を書いてくれたから、お友達のツテもあって出版まで出来た。

 だから売り上げはすべて太一郎さんに渡そうと思っていたら、私の銀行口座が作られてそこに全額が振り込まれていた。

 部屋で通帳を渡されて驚く私の前で、背の高い悪魔は甚平に着替えて当然のようにしている。


「俺に渡さなくていい。

 突然のことで今は持て余すかもしれないが、いずれアサが自分でやりたいと思える大きなことができた時に使ってほしい」


「で、でも、生活費などは全て太一郎さんに頂いていますよ。

 自由にできるお小遣いだって頂いているのに、これ以上は受け取れません」


「食事を用意してメイドにも作り方を教え、暇があれば俺のために縫い物などもしてくれる。

 いつも俺のそばでアサがしてくれていることを考えたら、生活費などはほんのわずかなものだ。

 ……今まで苦労をかけてきた分だけ、この世界では自由に生きてほしい。だから持っておきなさい」


 昔から優しかった太一郎さんに苦労させられた経験なんて、ほとんどない。

 子育て中に仕事が忙しくて帰ってきてくれないことなどに不満があったって、彼にも事情があってのことだと、やがて和解した。

 涙腺が緩んだ私を抱きしめてくれる太一郎さんの温もりを感じると、止まらなくなって……やっぱり出会い直せて良かったと、細くてもしっかりした背中を掴みながら何度だって思ってしまった。


 彼を大好きな気持ちを伝えるためにも、私ができる一番のことは料理だ。

 今日も彼の好物を作ろう。

 そう考えた私は厨房にまで入っているバルデル先生と、私のそばでメモをとっているアイリーンの前に大きな白い塊を持ち上げてみせた。


「たくさんあるので、よければバルデル先生も食べていってくださいね。

 それじゃあ早速、伸ばします」


 布を取り外すと打ち粉を振って、伸ばし棒に上から力をかけていく。

 むむ、今日の生地はかなり手強い。

 それでも全身を使って少しずつ塊を押し伸ばし始めると、感心しながら見ていた赤髪の男性がニヤニヤした。


「アサちゃんがお昼ご飯を作ってる姿を見られるとか、感動するなぁ。

 次は何のムーブメント起こしてくれるの、アサちゃん?

 ネッククーラーを気に入ったらしくて、仲が悪いはずのドワーフ族がアヴィル帝国に視察に来たいって言い出してるらしいよ」


「まあ。他の国にまで伝わったんですか?」


「今が変革の時期だっていうドワーフの国の社会的背景もあるんだよねえ。

 暑いのを我慢して汗だくになりながら働くことこそ格好いい、ぶっ倒れたら粋だ、っていう従来の考え方と、体調と相談しながら能率的に働くべきだっていう新しい考え方がぶつかり合ってる真っ最中。

 そんな中で輸入して使ってたドワーフがいて、最初はバカにしてた周囲のドワーフも試しに使い始めたら意外に良くて……姑息で頭でっかちだって嫌ってた悪魔とも、ちょっと手を取ってみるか? って流れらしい」


 バルデル先生に言って良いのかわかりませんが、扇風機がついた服と似たようなものでしょうか。

 最初は重そうだとか色々言われていましたが、今ではだいぶ一般的になりました。出始めを孫のとしちゃんがお盆に着てきて、みんなで試着させてもらいましたっけ、懐かしい。


「悪魔族とはマジで仲悪いし、ドワーフの歓待をする時はアサちゃんが料理作ることになったりして。

 手際いいし、メイドまとめてもらえば可能?」


「いえいえ、歓迎のお料理は大事なものですから。私までお声はかからないと思います」


「そう? 最近流行ってる和食もアサちゃんのレシピだし。あり得なくはないと思うけどなぁ」


 こんな調子で軽いノリのバルデル先生と話しながら、さらに麺を大きく伸ばしていく。

 しっかり足踏みして寝かせた熟成うどんだから、伸ばすだけでも力が必要だ。

 それでも打ち粉を振って綿棒を転がすたび、調理台の上で塊だった生地は布のように広がっていく。

 厚みを確認してアイリーンがメモをとる手も止まったら、くっつかないよう何層にも畳んで、包丁で一定間隔で切り始めた。


「たまに行く料理屋が出してくれるのに切った形が似てる……でもパスタじゃないよね?」


「うどんです。私の実家は粉から手打ちする家でしたので、子供の頃からよく手伝っていたんです。

 食材なのに踏んでもいいのか迷いながら踏むんですけど、作るのも楽しかったですし……何よりティロウが大好きで。手打ちの大変さを実感したことがあるから、作るといつも褒めてくれます」


「へー。食べたことないな……」


「ぜひ味わってみてください。材料は小麦粉と塩、水だけなので、すごく素直な味です。

 でもその分だけ、おつゆが絡むと美味しいお出汁の風味が加わって、やみつきになりますよ」


 私も気合を入れて麺を切り続けた。

 どうやら手間のかかる食材は嫌厭されて廃れてきた歴史的背景があるようだから、このおいしさをぜひ味わってほしいとお出汁にもこだわった。

 しっかり茹でて味見し、もちもちツルツルした食感や喉越しなども味わうと、冷水で締めながらぬめりを落とす。

 上からお出汁をかけたら、そばにいた二人に早速差し出した。


「かけうどんです。ぜひお味見をどうぞ」


 アイリーンが真剣に状態を確認して、パクリと一口。咀嚼して味わったら、お出汁も一緒に飲んだ。

 バルデル先生はそんなアイリーンを様子見してから、自分も口にした。

 ……麺を噛み締めながら、紫色の瞳が丸くなった。

 お出汁もすすった彼から、見たかった顔が見られたからほっこりしてしまう。


「うっわ、うめぇっ……極太のパスタかと思ったら全然違う。別物……っ」


「生パスタも美味しいですよね。でも、うどんにはうどんの良さがあります。

 今日は肉うどんなので、ここからさらに味が変わりますよ。楽しみにしていてください」


「アサちゃんの手料理が毎日食べたくなる気持ち、わかったかも。

 ……ティロウのやつずるいなぁ、こんなまめなことしてくれる奥さんが俺にもほしい」


 私の隣でメモをとっているアイリーンに、バルデル先生が笑いかけている。


「アイリーンはアサちゃんの料理も勉強してるって聞いてたけど、今日も勉強熱心だね。

 どう、俺と結婚しない? 幸せにするよ」


「ゲストは早めに食卓へどうぞ。

 ご忠告申し上げますが、先ほどから厨房の邪魔になっていますよ」


 バルデル先生は肩を落としながら食卓へ向かった。先生、撤退が早いです。

 つまりそれだけ振られ慣れた彼を見れば、以前言っていた『思い人』が誰なのかを察せないはずがない。


 バルデル先生が好きなメイドって……アイリーンだったのね!?


 そういえばアイリーンからは貧しかった過去も聞いているし、バルデル先生も食うにも困っていたと太一郎さんから聞いた。

 二人は同郷なのかしら。

 飴玉のエピソードを思い出しながら振り返ると、何とか先生をフォローしたくなって、アイリーンの両手を包んでいた。


「あのね、アイリーン。バルデル先生は見た目はやんちゃだけれど博学で、教育者としても立派な方で……私も先生のおかげでティルダーロに見学にも行かせてもらえたわ。

 ティロウも信頼しているし、私も尊敬できる方だから、一度時間をとってお話ししてみない?」


「いいえ奥様、あれはただのロクでなしのクズやろうです。

 ご主人様の爪の垢でも煎じて飲めばマシになると思いますので、ぜひ奥様が飲ませて差し上げてください」


 ……あら? そういえば以前、お金がないからって、街中で遊ぶお金を寄付してもらっていたような……。

 遠い目になってしまった私もこれ以上は言えないから、今は美味しいものを提供するために盛り付けを始めた。

 お仕事から戻ってきた太一郎さんにも早速お出しすると、両手を合わせて食べ始めてくれた。


「……っ……」


 声も出ないほど美味しいみたいでよかった。仕込んでおいた甲斐がありました。

 大根おろしと肉皿を別添えにして味変できるようにしてあるけれど、思っていた通りに食べてくれるから、私も安心して席につける。

 ……うん、美味しい。甘辛いお肉も、和らげるようなセクシー大根の甘みも、お出汁と比率が変わるだけで表情が全然違う。

 バルデル先生も肉うどんは初めてだったみたいだけれど、見様見真似でも味わって息を吐いている。


「何この細かい芸当……毎日美味しいコース料理?

 アサちゃん最高の嫁すぎ。ティロウ、やっぱり俺にもらえない?」


「アサは絶対に渡さない、以前にもそう伝えたはずだ。

 ……それに女性は付き合う男によって変わると聞いたことがある。音楽の趣味しかり、食事もしかりだ。

 あさは俺の好みを把握して、俺のために料理をしてくれている。

 無理に手に入れてもここまで熱心に愛してもらえる保証はできないぞ。お前も自分の妻は自分で掴んだ方がいい」


「……こいつぅ……それって『アサちゃんがティロウを大好きだからこそ、美味しい料理を作ってくれる』ってこと? そう聞こえるけど」


 黒髪に碧眼のアイドル顔の悪魔が動揺している。

 おじいさんは苦手な話題でしょうから、私も薬味のネギを差し出して助けようかと思ったけれど……太一郎さんから聞こえたのは「そうだ」という肯定だった。


「料理は愛情とも言われる。

 アサが調理の手間暇を惜しまずにいてくれるのは、……それだけ俺に愛情を持ってくれているからだと思っている」


 感動しながら聞いていると、彼と目があった。

 必死に頷いたけれど、お互いに意思確認すると顔が熱くて真っ赤になってしまった。「あっちぃ」とか言うのやめてください先生。私は嬉しすぎて若い体なのに動悸がしそうです。


 ……ティロウは私の気持ちがお料理にこもっていることを、ちゃんと理解してくれている。

 準備が大変でも彼が「美味しい」と喜んでくれるだけで幸せになって、また作ろうと思う気持ちが湧いてくることも知っている。

 バルデル先生も私たちを見比べて理解してくださったらしく、うどんを啜って噛み締めている。


「嫁を掴もうとすると、ことごとく伸ばした手を叩き落とされるんだけど。

 どうしたらいい? なあアイリーン」


 呼ばれて案の定冷たい目を向けたアイリーンが、冷茶を机に差し出して睨みつけた。


「ご主人様がお食事中です。食事にそぐわない話題はお慎みください、お客様」


「……なあアイリーン、そんなに俺が嫌い?

 子供の頃からずっと好きだって言ってるのに、一度も靡いてくれないよな」


「ではヒントを差し上げましょう。

 メイドに話しかけてこないでください、お客様」


 けんもほろろとはこのことでしょうか。

 聞いているだけで喉が詰まりそうになっていると、ひと足さきに食べ終えた太一郎さんが難しい顔をしている。


「……正直に言えばいい。真剣に追いかけてやらないから進展しないんだろう」


「言っただろ、あれは最後の切り札だ。……何も言わずに落ちてくれなきゃ意味ないだろうが」


 切り札?

 もしかして何かエモいエピソードがあるのかしらと妄想が止まらない私の前で、バルデル先生もお出汁を飲みきり、器を置いて両手を合わせた。


「はー、ごちそうさまでした。マジ最高の昼食だった。

 アサちゃん、めちゃくちゃ美味しかったよ。食事に招いてくれてありがとう」


「いえいえ、お粗末さまでした。

 よければまたいらしてくださいね、バルデル先生。

 先生のためにも私、お料理を作りますから。是非とも遊びに来てください」


「じゃあ明日も授業だからよろしくぅ。楽しみにしてるよ?」


 あらあら、今日の明日ですか。

 有無を言わさずお帰りになったマイペースな先生を見送ると、太一郎さんも私に合わせて「ご馳走様」をして立ち上がった。


「アサ、悪いが少しだけ時間をもらえるか」


「あら? はい、なんでしょう」


 答えると、便利ワープで部屋に戻っている。

 つまり……これはメイドたちの前では話せない内容ですね? ピンと来ました。


 もしかしてアイリーンと先生のことかしら。

 太一郎さんをワクワクしながら見つめると、彼が気恥ずかしそうにそっぽをむいて……向かい合うとすぐに、ギュッと私を抱きしめた。


「いつも大変なのに食事を用意してくれてありがとう。……今日もおいしかった」


「へうっ!?」


 予想外のお礼が私を襲って、目の前が揺れる。

 ドキドキする私の体を抱き寄せている太一郎さんが、小さく笑ったのが聞こえる。


「アサの愛情はいつも伝わってくるが、俺からは滅多に意思表示しないからな。

 食事に見合うだけの気持ちが伝えられるとは思わないが……アサのことを、俺も愛している」


 太一郎さんが。

 愛しているって、言った。


 十分すぎるご褒美に腰が砕けて、細身の悪魔の腕の中で動けなくなってしまった。

 お料理はやっぱり、愛情。

 今日も太一郎さんが大好きな気持ちに胸が締め付けられて……晩御飯ももっと美味しいものにしようと思ってしまうのは、愛情の賜物だと思っている。

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