明治11年(1878年)6月 神奈川県横浜 ダスティ商会 伊達正
5月、維新三傑の最後の一人、大久保利通が紀尾井坂で暗殺された。
これは単に士族の恨みや、西郷の死に乗じた政府転覆を狙ったものではない。時代が次の役者を求め、それとは知らず舞台に乗せられた者達が演じた、『転』換期のように思えた。
『起』が幕末の混乱ならば、『承』は倒幕から新政府の勃興だろう。
そして西郷・木戸・大久保といった中心人物達が相次いで舞台を降り、新たな時代が切り拓かれてゆく。
そんな思いを抱えながら日々の仕事を片付けていると、いつしか良からぬ考えに囚われていた。
自分の事業も、ここで一度転換させるために身を引くべき時なのではないだろうか。
そうすれば、父として正宗との時間を作ることも出来る。
三井とて、利左衛門殿という大黒柱を失い、新たな時代へと向かいつつある。ならば、自分もそろそろ前線から退いても良いのではないか。
……と、むしろ自ずから後ろ向きな理由を探してさえいた。
だが、そんな思いを改めさせてくれたのも、学校に通い始めたばかりの正宗だった。
「父上、今日も色々な国の言葉を教えてください」
もう、言葉にあどけなさは無い。
代わりに、楓譲りの好奇心と、自分由来なのか、弛まぬ努力を続ける力を手に入れたようだ。
「異国の言葉に興味があるのか? 学校では教えては貰えぬと思うが」
「はい。だから父上にうかがうのが一番だと思ったのです。言葉が分かれば、アルビソで会ったアマデオとも自由に喋れます」
そうか。
この子には、あの時出会った少年と自由に会話出来なかったことが、心残りだったのだ。
「それに、言葉を自由に喋れないと、父上と一緒に仕事をすることが出来ません」
その言葉に、胸を突かれた。
そうだった。
アメリカに渡る決意を持ったのも、この子に恥じぬ父でありたい。その思いからだった。
時代の節目だ、転換期だ。
そんなことは、どうだっていい。
この子にとって、誇れる父親でありたい。
その思いは、何事にも代え難いものだった。
例え時代が『転』換期を迎えようとも、この子に――いや、全ての子供達にとって、より良い『結』末へと繋げられるように。
今という時代を、精一杯生きていかねばならない。




