明治10年(1877年)11月 静岡県駿東郡小山村 鈴木東一郎宅 伊達正
ここまで来たからには、鈴木東一郎殿に会い病状を確かめねば。これでも以前は蘭方医として、それなりに信用を得ていたのだ。駿東郡の小山村は東海道の小山宿だ、街道も賑わっている。村の者に聞いて探してみたものの、どうやらこの辺りには鈴木姓の者で溢れている。そこで、早矢仕殿に頂いた書付けを見せて場所を聞くと直ぐに家が判明した。
鈴木家に着き、事情を説明すると家人は東一郎殿が静養する奥の離れへと案内してくれた。閉めきられた入り口の戸を叩き、中に入ると…今まさに首筋に脇差しを当てようとしている最中だった。咄嗟に普段は持ち歩かない分銅を、脇差し目掛けて投げ放った。脇差しは、東一郎殿の手を離れ半間ほどの所に落ちた。すかさずその間に入り、脇差しを蹴って手の届かぬ所まで遠のけた。
「死なせてくれ、最早生きている意味など無い」
手加減無しに、思いっきり平手で頬を引っ叩いた。
「甘えるな!死ぬ気で生きたのか?…そんな訳は無いか、安易に死に逃げるような軟弱者には出来まいな。俺は見てきたぞ、必死で生きてそれでも叶わず死んで行った者たちを。それでも彼らは、後悔など微塵もしていなかった」
へなへなと座り込む東一郎が、弱々しく呟く。
「どうしろと言うのだ、労咳で先の無い俺に」
「喀血はしたのか?」
「…まだ、そこまでには至ってはいない」
目の充血を確認し、舌を出させて口内を見た。幾つかの問診をして、脈を取り判断した。
「まだ希望はある。静養して、栄養を十分に取れば生き永らえることは可能だ。咳を少なくすることが出来れば、抑え込むことが出来る」
以前読んだ洋書には、喀血する前であれば病勢を抑え、長く日常生活を送った症例もあると記されていた。
「もし、俺の言うことを守り病が落ち着いたなら、お主が学んできたことに相応しい職を用意して待っていてやろう」
「本当に治るのでしょうか?」
「…残念ながら完治は難しい。だが、病を抑え込み平素の生活に戻ることは可能だ。要は病と上手く付き合って行くことは出来る。死ぬ気で生きて、それで駄目なら諦めもつこう?」
「それで私は何をしたらよいのですか?」
「十分な睡眠と適度な運動、これは家の周りを散歩する程度でもかまわぬ。そして栄養をしっかり摂ること、それが病と上手く付き合うコツじゃ」
なんとか、東一郎を落ち着かせることは出来たようだった。
「本を読むのも、文を書くのも自由だ。ただし、疲れを感じたら無理せず休むこと。これを怠ったならば、病は途端にぶり返すと思え」
「ところで貴方はどちら様なのですか?」
そうだった、まだ名乗ってすらいなかった。
「私は横浜でダスティ商会を運営している伊達正という、伊達忠七を預かっていた男だ。礼を言うのなら、君を案じ続けた伊達忠七に言ってやれ」
そうだ、忠七が東一郎を心配していなければ、自分はここへ足を運ぶことは無かっただろう。これも人と人との縁、巡り合わせなのだろう。まことに不思議なものである。




