明治9年(1876年)7月 東京府芝区高輪 三井別邸 伊達正
盆にはまだ早いが、帰国の挨拶を兼ねて成仏寺に楓へ会いに行った。正宗もようやく理解出来る年頃となり、二人で参った。正宗が何を思い、手を合わせているかは分からぬ。だが、こうして二人で会いに来たことを楓は喜んでいることだろう。
忠七より具合が良くない、とは聞いていたが利左衛門殿は病床から離れられぬ程では無いらしい。瀬兵衛様、今は鋤雲殿と名乗られているのだったか…と共に訪ねた。
「起きて対応なさっても、大丈夫なのですか?」
そう自分が、利左衛門殿に聞くと。
「ええ、こうして無理にでも起きていなければ体力を失うばかりですので」
そう語る利左衛門殿は、お世辞にも良い顔色とは言えないものだった。
「うーん、そなたに倒れられては…いよいよ次はわしの番かと思ってしまうではないか」
茶化し気味に言われる鋤雲殿の言葉も、どこか寂しげに聞こえてしまう。
「今日お二方にお越し頂いたのも、私亡き後の道子様と国子様の処遇についてお話しておきたかったからでございます」
そう前置きすると、利左衛門殿は続けた。
「この利左衛門、小栗様の元を離れても心はいつも臣のままでございます。道子様親子を後見することは、臣としての勤め。死した後も、妹に頼んでお世話するよう言い含めてございます」
覚悟を持ったその言葉に、我ら二人に反論する余地などありはしなかった。
「ただ気掛かりは、国子様がお一人になられた時のことです。今はまだそれ程ではありませんが、道子様は大変な苦労をされてきたはず。それを思えば、それ程長く共には過ごせまい…そのように思っているのです」
言われる通りだ、自分や鋤雲殿がその後を受けても余り良い結果は齎されないであろう。その時を迎え焦るよりも、今3人が集う場で決めて置いた方が良いだろう。
「現政権の高官では、大隈様が小栗様を理解してくださる御人でございます。もし、何かの折にはそちらを頼るのが最善とは言えませぬが、善ではあろうかと」
なんと、そこまで考えて利左衛門殿は動かれていたのか。鋤雲殿と顔を見合わせ、互いに頷いた。
「確かにわしや正では、国子様に表立って事を成すことが出来ぬ。それが良いのかもしれぬ」
己に言い聞かせるように語るのを、頷くことで肯定して見せた。
「表向きはそれとして、いずれ正宗様がお育ちになれば、国子様をお支えする柱となってくださることでしょう」
まるで遺言を聞くが如く、神妙にそして厳かに利左衛門殿の言に聞き入っていた。まさかそれが、最後の会とは知らずに…。




